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冒涜がまたひとつ [世間]

坂井泉さんの『水はことばの鏡』と云うエントリを読んだ。この本は要するに「水伝4」で、この方は編集者として携わっておられたようだ。

信じる信じないは、あなたしだい。
書籍をつくっている側からこのようにおっしゃっている。つまるところ、提供しているものを「事実」だと思ったり「真実」だと考えたりするのは受け止める側の自己責任で、提供する側は免責される、と云う表明のようだ。
 「ニセ科学」だの「インチキ」だのと言う人がいます。
 実はぼくも当初、友だちのやることにケチはつけたいとは思いませんでしたが、正直「眉唾物」と思っていました。
 しかし彼の人柄から言って、ごまかしたり嘘をついたりするとは思えなかったので、ふつうに「ああ、こういうものもあるんだ」という程度に思っていました。
担保は「人柄」ですか。そりゃなんとも確実な担保ですこと。善意の有無を推測してものごとの真贋を判断するのと同じくらい確実ですね。
 しかし、水を凍らせて顕微鏡で結晶を見ると、ほんとうにこの通りの結果になるのですから驚きます。
 その証拠に、悪い言葉を見せると、どうやっても、何回やっても結晶になりません。
 なぜ、そういう結果が出るのかと言うと、

 わかりません。
わからないものに意味づけするなよ。
と云うか、ここで坂井泉さんがお書きのことは、ぼくの知っている「水からの伝言」関連の主張と相違していると思うのだがどうか。「水からの伝言」では、綺麗に出来た結晶をセレクトしているはずだと思ったのだけれど。
あ、そうか。その証拠に、悪い言葉を見せると、どうやっても、何回やっても結晶になりません。と云う部分が鍵なのだな(その証拠にもなにも、この主張ではなんの証拠にもならない)。
 江本さんはじめスタッフも、科学的な立証の元にやってるわけではありません。
 これは科学なのか、と問うと、当の江本氏は「これはポエムです。科学ではないですよ」
 科学ではないと言っているものを、「ニセ科学」とはこれいかに。
 絵に描いたお札を見て「偽札だ」と騒ぐようなもんですね。
この比喩に乗ると江本氏の主張は絵に描いたお札について「これは現代の経済がまだ未発達だから認められていないだけで、いつかはちゃんと流通する」と云うことになるわけで(参考:kikulog「AERAに批判記事が出ます」)。絵に描いたお札はお札じゃない、とか云うと、多分「財務省至上主義だ」とか云う反発が来る、と云うシナリオができあがる。やれやれ。
 江本氏は、「悪い言葉は世界を悪くする、よい言葉は世界を美しくする。戦争などの争いごとは、悪い言葉の投げ合いから始まる」と言います。
 
 そのとおり。
べつにそのとおりではないと思いますが。と云うか、それは誰がどう見ても戦争と云うものを単純化しすぎ、と云うか根拠不明の紋切型に押し込めすぎ。

個人的に一番許容しがたかったのはこの部分。
 これは、ゲバラの演説を聴かせた水の結晶写真。最初の方と終りの方では結晶が変わっています。
チェと云う一個の複雑で、多面的で、巨大な人格を、こんな一面的で底の浅いやり口で切り取ることができるなんて思い込めるような傲慢さを、ひとはどうすれば持ちうるのだろう。
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TAKESAN

ライターのお名前を見て、ドキリとしたのでした(ZARDが好きだったのです。ところで、「坂井」さんですね)が、それはともかくとして。

私は、信頼出来る友人の言った事であろうが何だろうが、本当だろうか、と疑います。その方がいいと思うんですけどね。

水の結晶がどうこうという話で人物を評価するなんて、物凄いと思いますね。自分が強く関心を持つ人がそのように評価されて、それを許容出来るのかな。私には考えられません。

 >悪い言葉を見せると、どうやっても、何回やっても結晶になりません。

というのは、まさしく科学の文脈なんですけどねえ。そういう現象がある、再現性がある、と言っているのですからね。何回やっても結晶が綺麗/汚い形になる、でもポエムだ、では通らないです。
by TAKESAN (2008-06-13 23:58) 

Narr

 坂井さんのエントリに、共感を感じる人も多くいるでしょうね。
 私がそういう人になったつもりでpoohさんのこのエントリを読むと、突っ込みどころが沢山あるように見えてしまいます。

>信じる信じないは、あなたしだい。

ttp://plaza.rakuten.co.jp/fujino/diary/200806020000
>その情報を自分が受け入れるか、受け入れないかは
>自分が選ぶことだから・・・・・

 「信じるか信じないか」「受け入れるか受け入れないか」で全てが片付く問題じゃないんですけどね。こう言われると、他人からは非常に干渉し難くなってしまう。(あぁ胃が痛い…。)
 もし坂井さんが、「個人が水伝をどのように理解するか」に他人から文句をつけられる筋合いは無い、と考えておられるのなら、

>提供しているものを「事実」だと思ったり「真実」だと考えたりするのは受け止める側の自己責任で、提供する側は免責される、と云う表明のようだ。
と突っ込んでも、的外れな批判だと受け取られそう。「信じる信じないは、あなたしだい。」は、「押し付けるつもりは無いんですよ、読者の好きにしてくださいね」という意思表示だろうから。
 提供側の責任は、
> 科学ではないと言っているものを、「ニセ科学」とはこれいかに。
> 絵に描いたお札を見て「偽札だ」と騒ぐようなもんですね。
 ということで、提供側の責任はとっている、提供側にもともと無い責任を勝手に作って批判するな、という認識でおられるんでしょうし。

>悪い言葉を見せると、どうやっても、何回やっても結晶になりません。
 こういう科学の文脈も含めて、彼らは丸ごと「ポエム」と主張しているのかなぁ、と。科学を無原則な「ポエム(アート)」として鑑賞している。江本さんも、江本さんのスタッフも、坂井さんも、全員が本気で、真面目に、心から。(「ポエム(アート)」も読者が無原則に勝手に解釈して良いものじゃないと思うんですけどねぇ…。)
 彼らの主張は、「科学も個人が所有する私物に過ぎない」という主張に私には思えます。こんなこと言うと「読者一人一人が頭の中で信じる信じないは自由だと言ってるだけだ」と反論されそうですけど。

> これは、ゲバラの演説を聴かせた水の結晶写真。最初の方と終りの方では結晶が変わっています。
 彼らの主張は、この実験結果(?)は、「チェと云う一個の複雑で、多面的で、巨大な人格だからこそ、このような不思議で多義的な解釈が可能な実験結果が出たのである。さすがはお水様だ。」ということなのかもしれないですが。
 もし、私が坂井さんと議論をしたならば、話が堂々巡りになりそうな予感。
by Narr (2008-06-14 01:19) 

pooh

> TAKESANさん

ご指摘ありがとうございます。直しました。そう云えば音では同姓同名になりますね。

いや、まぁ、ある言説に触れる際にその発話者に対する評価が言説の内容を評価する材料になることはふつうにあるわけではあるんですよ。ただ、それだけでは主張の根拠にはなりませんよね。

> まさしく科学の文脈なんですけどねえ。

いや、これは漠然とした「ないことの主張」ですので、文脈(と云うか発想)は科学的でも、実際にはなにも云っていません。
by pooh (2008-06-14 05:35) 

pooh

> Narrさん

いやまぁ、ご指摘の通りだと思うんですよ。信念の問題だし、商売の問題でもあるわけですし。閉じたロジックに対して議論を持ちかけるのは難しいです。まぁ、だから多くの場合、直接の議論の対象者に向けては投げかけで終わる訳です。そこから先には踏み込めない。

チェに反応したのは、ぼくが個人的にファンだからで。で、ぼくがファンなのは、彼が神格化されるような聖人君子ではないからなので、それを一面的な「善き存在」みたいに扱われるのは頭に来る、と云うことでした。
by pooh (2008-06-14 05:44) 

ちがやまる

「悪い言葉を見せると、どうやっても、何回やっても結晶になりません」

著者がそう言ってます、じゃなくて(今後もエントリを編集しないなら)自分でも確認してみた結果そうなる、とふつうに読めるように書かれてます。ここまで言い切るとはいい根性してます。これで、嘘を平気でつける人間である、かどうかが誰にもわかる天秤にかかることになりました。
と書いたところで、この人もみごとに騙されてるかわいそうな人の可能性も考えなければならないことに気付きました。ふう。

どちらにせよ、詐欺師は自分のしていることを詐欺とはいいませんね。ニセ物のお札を行使することを示唆しないトリッキーな提示をしても、取引が成立すれば「偽造通貨の行使」になるでしょう。

水伝の人とは「議論」は成立することはないでしょう。議論は「言葉」に対する信頼が前提になります。平気で嘘をつく人、言葉と主体の主張が整合していない人(思い込み・勘違い・ここでは騙されてる可能性を考慮)とは議論にならないわけです。
by ちがやまる (2008-06-14 05:47) 

pooh

> ちがやまるさん

いや、もちろん議論の可能性を排除してなにか語りかけることはないんですけど、なんと云うかNarrさんのおっしゃることは構造的な悩ましさの根源なんですよね。どんな語りかけの方法を選択しても、届かない時には届かない。

少し前のエントリで、例えばぼくは可能な限りやわらかなアプローチをしました。

http://schutsengel.blog.so-net.ne.jp/2008-01-17

じゃあぼくの意図が伝わったか、と云うと、多分そんなことはまったくない。批判する側に出来るのは、だとすればなんだろう、と云う話です。

> 嘘を平気でつける人間である、かどうかが誰にもわかる天秤にかかることになりました。

嘘をつくかどうかと人柄とは関係ない、と云うロジックも登場しそうです。
詐欺師はすべてすばらしい人柄をそなえているように見えるでしょうし、ひとのこころに響く「わかりやすくてよい言葉」を使うでしょう。そうしないと商売あがったりでしょうから。
by pooh (2008-06-14 09:02) 

hietaro

 ここで

「私はゲバラ演説のこの反応にはどうしても同意できません。どうやら私は水とは相容れないようです。水には愛想が尽きました。これから私は人間の複雑な機微を理解できる別の反応を示す物質を探す旅に出ます」

 とでもなれば、非常に人間らしくていいと思うのですが。(^O^)

by hietaro (2008-06-15 04:25) 

pooh

> hietaroさん

どうせチェのことはTシャツの柄くらいにしか思ってないんですよ。
by pooh (2008-06-15 06:04) 

mohariza

この頃、
<この世の現実世界では、「エネルギー保存則」は成り立たず、言葉がいつまでもそのエネルギー(波動?)が保存され、水の結晶(実は、氷<雪>の結晶)の形で残るのは、おかしいのでは?>と思うようになってきました。

ところで、今回の記事の中の「人柄」で、その人を信用することは、世の中、良くある事のように思います。
あの人の言う事なら、「そうかも知れない。信用できる…。」と云う人は、多いと思います。

しかし、poohさん達のブログを拝見して、如何に、一つ一つの「言葉」が大事か、そして「論理」が如何に大事か、知らされているところです…。

しかし、人間が、人間と接する時、その人柄で接することが多く、一々、その人の「言葉」の意味、「論理」の整合性をチャックする事が、如何に大変なことか…?

・・・取りあえず、その場で、その人柄からだけで判断せず、「言葉」及び「論理」を自分の心に留め、「判断を保留する」事が、一番の冷静な判断かもしれませんネ…。

by mohariza (2008-06-15 12:38) 

亀@渋研X

こんにちは。また、悩ましいエントリを見つけてくれましたねえ……(苦泣笑)。
同業者としては、本当に悩ましいです(ぼくはデザイナーまで兼務はしないし、「作家」とは名乗らないし、自費出版も扱わないけど、まあ彼も私も本質的に雇われライターで雇われ編集者なわけですから)。

「科学とは名乗っていないのニセ科学と呼ばれる」ことの意味がわからないそうですが、それは「言っていることのつじつまが合っていないという指摘でもある」と言えばわかりますか? 事務所のWebサイトでは、文法や句読点についての解説も書いておいでなんですから、わかりますよね? 

なんて書きかけました。けどまあ、「ってことは、わかってやってるんだよな」なんて思うと、スピードも上がらないし、ほかにも書きかけがたくさんあって止まってます……。元気が出たら書くかも。

ああ、ただの愚痴ですね。すいません orz
by 亀@渋研X (2008-06-15 16:55) 

黒猫亭

>亀さん

編集の仕事が多かった頃に、よくそういうことを考えました。仕事としてやらなければならないこと、喰っていく為に仕方ない仕事、そういう場合に、自身の個人としての信条に背くような案件が廻ってきたら、どうしたモンだろう、と。幸いにしてそういう状況に置かれることはなかったのですが、それはたまたまそういう巡り合わせだっただけのことで。

こういうふうに、どう考えても仕事と割り切って語っている言説を目にすると、編集やライターの商売って結構怖いなぁと思います。思想そのものを語るのではなく、その表現や容れ物を加工する商売ですから。
by 黒猫亭 (2008-06-15 17:53) 

pooh

> 亀@渋研Xさん

人柄の前では矛盾なんてささいなこと、なのかも。
by pooh (2008-06-15 20:32) 

pooh

> 黒猫亭さん

> どう考えても仕事と割り切って語っている言説

あらら、この文章、そんなふうに読めるものなんですか?
そうなると、もともと言及の仕方が的外れなんですかね。
by pooh (2008-06-15 20:34) 

taka

ああいうのを記事広告とかちょうちん記事というと思うのですが…
by taka (2008-06-15 22:49) 

pooh

> moharizaさん

いや、一般に人間は日常発話者の人柄で発言の内容の信頼性を判断するし、それはおかしなことではないんですよ。ただ、だから詐欺なんてのも成り立つ、と云うのも事実なんですよね。
by pooh (2008-06-15 22:58) 

pooh

> takaさん

そうなると、ぼくの受け止め方が素朴すぎる、と云うことかも。いや、だんだんそんな気がして来ています。
by pooh (2008-06-15 22:59) 

きくち

「科学の問題であるかどうか」は、提唱者が「科学」と呼んでいるかどうかではないですよね。再現可能な客観的事実として提示されているのであれば、ポエムと呼ぼうがなんと呼ぼうが、科学者の検討対象になります。「物質の性質についての事実の言明」であるかぎり、そうなります。
もうひとつ言うと、彼らの白衣と顕微鏡と冷凍室というセットアップは「科学に見せかけるための道具立て」なわけだから、「ニセ科学」と呼ばれてもしょうがないでしょう。
自称「ポエム」なだけです。
 
人柄と関係あることなら、人柄を根拠に信じればいいですが、「物質の性質」は研究者の人柄と関係ないものねえ。
もちろん、「あの人が嘘をつくはずはない」と考えるのはかまわないのだけど、仮に嘘をついているのでないとしても、間違っているかもしれないし

by きくち (2008-06-15 23:54) 

TAKESAN

今晩は。

きくちさんがお書きの事について。

たまに、血液型性格判断も、同じような感じの議論になる場合がありますね。
信じる人は「科学だと言っていない(科学であると信じていない)」からニセ科学と呼ぶべきでは無い、能見説を知っている訳でも無い、という(誰が言ったかは忘れましたが)。

ところが、血液型で性格が判るのだ、というのは、きくちさんの表現をお借りすると、「社会の性質についての事実の言明」なので、それは即科学的な言明になる訳ですよね。つまり、心理統計的な、分布の問題に還元出来る(性格がきちんと測定出来るか、とかは措いといて)。
私は、その事自体を「科学的だと信じている」と表現したりしますけれど。
「科学」という言葉を一々意識しなくとも、科学的な話かどうかは判断出来る事もあるんですよね。

一方ニセ科学には、科学であると言っているにも拘らず、定義が不明確で概念をきちんと論証出来ないタイプもありますね。ゲーム脳とか。

そういう所も考えるべきだ、と思っています。
by TAKESAN (2008-06-16 00:48) 

きくち

TAKESANさん:

血液型でもありますね。
あからさまに占いなら少し話は違うのですが、血液型で性格が(少なくとも、ある程度は)決まるという話だとすれば、「科学」と呼ぼうが呼ぶまいが、客観的な事実の言明ですから、科学の話をしているはずなんですよ。


by きくち (2008-06-16 00:54) 

黒猫亭

>poohさん

>>あらら、この文章、そんなふうに読めるものなんですか?
>>そうなると、もともと言及の仕方が的外れなんですかね。

いや、この方の言説を批判するなら、「ネタにマジレス」と言われようが何だろうが、ガチンコで正面から批判すべきだと思いますから、こういう形以外ないと思います。

単に、poohさんが指摘されたような性格というのは、都合の好い要素を組み合わせて口当たりの良いストーリーを作り上げるという意味で、窮めて商売人の売り口上的だな、と感じるということなんです。

イヤな意味で売り口上として「洗練」されていて、「科学ではないと言っているものを、『ニセ科学』とはこれいかに」なんて、ナイーブに「水伝は素晴らしいんだ、だから出版に協力するんだ」と思っている人から出て来ない言い回しですよね。その辺、水伝がどうこうというのではなく「本を作って売る」という合目的性が目立つ言説だな、と感じるんですね。

まあ、亀さんとオレが認識を共有している保証はないですが(笑)、普通ニセ科学商売と言えば、たとえば水伝なら江本勝氏という「作家的ポジション」の方を想定するわけですよね。つまり、ご自分の名前で本を出版されてニセ科学言説を主唱される方ですね。他のニセ科学でも、ニセ科学言説を主唱する、という条件でニセ科学商売の直接当事者の範囲を特定するような部分はあると思います。

しかし、言及先の方は編集者として江本氏の著作の出版に関わっているわけですが、編集という商売は基本的に言説の中身じゃなくてパッケージを用意する仕事なので、逆に謂うと中身は何だって変わらないというところがあるわけです。それでも、この場合、この方がニセ科学商売の直接当事者であることも間違いないわけじゃないですか。

で、プロフィールを拝見すると、ニセ科学と割と近縁性のあるニッチを得意なフィールドとしておられるわけで、ああ、こういう形でニセ科学商売に荷担するという形も在り得るんだな、というのが、似たような商売をしている人間としてちょっと怖いなと思ったわけです。

この方の場合、編集・ライターとして主にこういう仕事をされているわけで、そのニッチを意志的に選択されている側面がありますから、一種作家的ポジションに準じると見做して良いと思います。その意味で、仕事として割り切っている部分もあるでしょうし、この方ご自身にこういう言説を語るだけの資質乃至思想があるという言い方も両様に出来ると思います。

しかし、たとえば普通のしがない編集プロ所属の編集・ライターのところに廻ってきた仕事で、「水伝を軸にして喰い物商売を語る」「小学生向けに水伝実験をわかりやすく解説する」みたいなコンセプトの企画があった場合、普通はそれを拒絶出来ないですよね。たとえばオレだったら、渋々でもやると思うんですよ。で、今のマスコミの現状を考えると、そういう状況って幾らでも在り得るよなぁ、と。

それって、なまじニセ科学批判の言論にコミットしていると、結構物凄いストレスだよなぁ、と想像したわけで、この辺はこの方の言説とは直接関係ない話になりますね。すいません(笑)。
by 黒猫亭 (2008-06-16 03:13) 

田部勝也

>黒猫亭さん「しかし、たとえば普通のしがない編集プロ所属の編集・ライターのところに廻ってきた仕事で、「水伝を軸にして喰い物商売を語る」「小学生向けに水伝実験をわかりやすく解説する」みたいなコンセプトの企画があった場合、普通はそれを拒絶出来ないですよね。たとえばオレだったら、渋々でもやると思うんですよ。で、今のマスコミの現状を考えると、そういう状況って幾らでも在り得るよなぁ、と」

自分、それで一度、辞表を叩きつけた事あるよ。「水伝」じゃなかったけど。
まぁ、「普通はそれを拒絶出来ないですよね」「今のマスコミの現状を考えると、そういう状況って幾らでも在り得るよなぁ」には、反論の余地なく同意しますけど。

本当にうまい編集者・ライターは、拒絶せずに引き受けておいて、クライアントにはうまく言いくるめて満足させて、でも最終的にはしっかり否定になっているような記事に仕上げるんですけどね……。
本当に力のある編集者・ライターというのは、そのくらいの事を平気でやる。そんなわけで、自分は編集者・ライターではないと痛感して、その道をすっぱり諦めたわけです(苦笑)。
by 田部勝也 (2008-06-16 03:49) 

黒猫亭

>田部勝也さん

田部さんとオレは割とリアルの職歴で重なる部分がありますので、おそらく共有出来ている問題意識もあると思うのですが、ちょっとpoohさんの元エントリの論点とはズレてくると思いますので、この論点はオレが引き取って早急にエントリを立てたいと思うのですが、お附き合い戴けますか。亀さんにも参加して戴いてご意見を戴けると有り難いです。

>>自分、それで一度、辞表を叩きつけた事あるよ。

オレはそこまでの度胸はないし、職業的実践によって支えられている自分の個人生活に愛着もあるので、多分、逃げるでしょうね。で、田部さんが辞めてもオレが逃げても誰かがそれをやるわけで、編集という職業の倫理においてはそれが正しいという言い方も出来ます。

そこが悩ましい。

つまり、編集という職業領域においては、「水からの伝言」という言説にニーズがある以上、それが出版されることは正しいわけで、出版された上で批判を受けるという形でしか「表現の自由」が確保されることはないわけです。そして、本来編集者という職域は、弁護士と同様に原著者の「一番の味方」でなければならないのだし、田部さんの仰るような論点というのは、公の社会正義と個人の職業倫理の軋轢を職業的スキルによってバランスするという観点の問題性ですよね。

でも、たとえば田部さんが仰るような形でバランスしたとしても、それは原著者に対して「一番の味方」として誠意を尽くしたとは言えないわけで、そこは編集者個人の良心と自己責任の問題に投げ返されてしまう。そこがこの職域固有の問題性として悩ましいわけです。

ですから、本来ニセ科学の蔓延問題というのは、編集者的な視点においては「そういう一般的ニーズがある」という社会的な趨勢の問題に還元されるわけで、オレ個人のニセ科学に対するスタンスというのは、そういう職業経験と満更関係ないわけでもないわけです。

ここの言及先の方のように、個人事業主的な性格が強くて自己責任における意志的選択の問題がクリアな場合は寧ろわかりやすいんですけど、もう少し労働者性の高い編集者の場合は、かなりデリケートな問題になってくるんですよね。

とまれ、出来るだけ早いうちにエントリーを纏めますので、その節はよろしくお願い致します。
by 黒猫亭 (2008-06-16 05:03) 

亀@渋研X

みなさま、こんにちは。

きくまこ氏
> 自称「ポエム」なだけです。

ああ、そうか。「ニセポエム」「ニセファンタジー」でもあるんだ。そこは、くだんの編集者にもわかるはずで、目をつぶっているか、口をぬぐっているはずで、そうでないならば「その程度の編集者でありモノカキだ」ということになるんだ。そこにナントナク気づいてしまえるので、すごくイヤなんだな、ぼくは。
と、いまさら気づいたりしました。

黒猫亭さん
>編集という商売は基本的に言説の中身じゃなくてパッケージを用意する仕事なので
というのは、まあ、確かにおっしゃる通りで。「基本的に」ですもんね。

>しかし、たとえば普通のしがない編集プロ所属の編集・ライターのところに廻ってきた仕事で

うぅん、そうですねえ、一般に拒絶は困難なのでしょう。でも、次善の策はないのか、なんて考えてしまいます。今も昔も。

田部勝也さん
>本当にうまい編集者・ライターは、拒絶せずに引き受けておいて、クライアントにはうまく言いくるめて満足させて、でも最終的にはしっかり否定になっているような記事に仕上げるんですけどね……。

実は、ぼくは会社員時代に何度か「えー?」と思う企画に関わったことがありまして、それを目指して仕事をしたこともあります。
しかし、後に上司になった人にこの話をしたら、「それは背信行為だ」と言われました。もちろん、すべての作業は全部上司や版元にオッケーをもらって進めたわけですけど、誰もオレがそんな面従腹背だとは考えないだろうから、背信行為と言われてもしかたがないわけです。

それでも、当時はできる範囲ではあれ、善行かなんかをした気でいました。いい気なもんです。そうやって作れたものは、やっぱり穴だらけだったんですから。
それは早期幼児教育とかのムックだったんですが、制作を進める過程でドーマン法だの七田だのを知りました。当時はまるでわかってなくて載せちゃったんですよ。七田は怪しい話にはたどり着かなかったんですが、ドーマン法はおかしいとは思わなかった、むしろいい話だと思ったんですよね。

飽くまでゲリラ的にやってたわけで、真っ正面から「おかしな話」に立ち向かう企画をやってるわけじゃないので、専門家の選択肢もズレるというような問題があるんだと思います。つまるところ、「力量の足りないぼくの理解の範囲」に留まっちゃって、限界がすごく低いんですよね。でもまあ、教育産業の薄気味悪さは、改めて知りましたけどね。

今でもどうすればよかったのかを考えます。「そんなもんやめろ」と言ったって止められない可能性の方が高いわけだし、ぼくが降りたり放っておいたりすれば、ぼくではない誰かが、忠実にトンデモ推進をするということはわかっているわけですから。
まあ、正面から「やるべきじゃない」と言って、おろされちゃえば、あとは自分の責任ではないわけなので、「個人の身の振り方」としては、その程度が限界だろうなとは思います。面従腹背なんてややこしいことをやって、最前を尽くせても、それでゴミを作っちゃう可能性は低くないんだし。
by 亀@渋研X (2008-06-16 05:10) 

亀@渋研X

あ、書いてるあいだに黒猫亭さんが(汗
へい、お引っ越しに賛成。エントリ立ったらお邪魔します。自分でもなんか書きたいと思いつつ、うまくできなくて(汗
by 亀@渋研X (2008-06-16 05:13) 

pooh

> きくちさん、TAKESANさん

この辺り、例えば科学に関して「信じる、信じない」の問題みたいに捉えられている向きがある、と云うことにも関連してくる気が。
by pooh (2008-06-16 08:06) 

pooh

> 黒猫亭さん、田部勝也さん、亀@渋研Xさん

論じられていることは非常に重要な要素を含んでいると思います。ただ、その議論の器としてはここはちょっと納まりが悪い気も、どうもします(そちら方面での議論の主題と、ぼくもぼくで無関係だったりはぜんぜんしないんですけど)。

> 黒猫亭さん

エントリを立てられたら、トラックバックをお願いします。
by pooh (2008-06-16 08:09) 

黒猫亭

>poohさん

諒解致しました。

>田部さん、亀さん

そういう次第ですので、今しばらくお待ちくださいね。
by 黒猫亭 (2008-06-16 08:30) 

きくち

編集者が「嫌だけど、仕事だから」やることについては、否定しません。もちろん、誰が見ても倫理的に問題のある仕事なら別ですが、「水伝」の本だけであれば、それほどのものだとは思わないです。「こんなのは嫌だけど、しょうがないか」と考えたとしても、それはそれでしょうがない程度のものではある。
 
ただ、それならそれで、それについては「口をつぐむ」のが筋でしょう。自分がかかわったことを黙ってればいいだけの話だよね。

by きくち (2008-06-16 09:09) 

taka

>poohさん
お返事ありがとうございます。

自分もミニコミ誌の編集に触ったことがあるので。

でも1番に思ったことは
「次にやるのは他の演説を聞かせることじゃなくてゲバラの演説の全後半における周波数分布の違いを調べることだろ!」ですけどね。
by taka (2008-06-16 09:14) 

ちがやまる

「口をつぐむ」、そうです。poohさんが取り上げたブログは明らかに「個人ブログ」と見えるものでした。
商売に対してなら舌鋒を鈍らしても、というなら、贈収賄、インサイダー取引、、、厖大にある事象には口出しできなくなりますね。
新聞の文芸時評を書く人が、不遇な知人のためにその知人の近著をとりあげてあげた。ただし、その近著というのが金返せのひどい駄作だった、とします。動機がヒューマニティから発しているにせよ、書評書いた人は一般読者の信頼を裏切る行為をしたことになります。書評書いた人の言説の信頼性はその程度のものであるという評価は受けて当然でしょう。
その程度のことなら大概の人に思い当たることはあるだろう、と言われればそうかもしれません。他人をそしる前にわが身を思い見よということも必要でしょう。でもそれらはもとの問題、ある行為を社会的規範に照らしてどう評価したらいいか、を考える場合には一旦切り離さなければ。
by ちがやまる (2008-06-16 11:59) 

黒猫亭

>きくちさん、ちがやまるさん

いや、田部さんにせよ、亀さんにせよ、オレもそうですが、この方を擁護する意図というのは誰も持っていないと思います。そういうふうにミスリーディングする可能性があるから論点を引き取らせて戴いたわけですので、ひとまずウチでエントリーを上げるまでお待ち戴けませんか。

>>商売に対してなら舌鋒を鈍らしても、というなら

という話では決してないんですよ。
by 黒猫亭 (2008-06-16 12:09) 

ちがやまる

>>商売に対してなら舌鋒を鈍らしても、というなら
黒猫亭さんの議論がどういうものになるか知りませんが、poohさんが、ここでの議論と切り離す方向を明確にされましたので、黒猫亭さんの意図と関係なく(独立に)提出しました。
文芸時評の例は、私が前のコメントをするときに頭の中でころがしていたもので、私が坂井氏に対して「いい根性してます」ということばを出すにあたって考慮する必要のあった事項でした。黒猫亭さんへの応答・反応ではありませんのでよろしく。

by ちがやまる (2008-06-16 14:55) 

きくち

僕が言っているのは、この人は口をつぐんでいないんだから、自分で信じて本を作ったわけでしょ、ということね。
  
不本意ながら作ったというなら、黙っていればいい。著者じゃないんだから。個人ブログで「実は、信じてないけど」と書いてもいいですが、それは自分が決める問題。
でも、そうじゃなくて、信じて作ったということなんだから、批判は受ければいいんじゃない?
 
文芸批評は批評者自身の主張として書くのだから、違う話だと思いますよ。

by きくち (2008-06-16 15:59) 

ちがやまる

私の言わんとしたことの説明です。この人は「本を作った」だけでは済まずに自分のブログに、確かめたところそうなった、と読めるような自身の主張を書いた。真相を知っていて書いたのなら、読者への裏切りであろう、口をつぐむこともできたであろうに。ということです。

例に挙げたのは文芸批評一般の話ではないです。別の例を挙げるなら、人物にそぐわない立派な推薦状を書いてしまった場合とか。
by ちがやまる (2008-06-16 18:32) 

pooh

いずれにせよ、ぼくは書かれたエントリの内容以外の批判はしていません。
で、それが不当な批判だとも思っていません。
自分の主張として書かれたものなら、それが心底そう思ったゆえのことであれ、ポジショントークであれ、本質的には同じ扱いをします。
by pooh (2008-06-16 22:08) 

田部勝也

>黒猫亭さん、亀@渋研Xさん

私は常々強調しているように感情だけで生きてる人間ですから。ここの別エントリのコメントで書いたように、自分の人間としての矜持とか誇りとか愛とか(まぁどんな言葉でもいいです)に忠実に生きたいだけで。自分の「愛」の対象に忠誠を貫き通したいだけで。他人がどう生きようが正直どうでもいいです。ただ、そういう人たちに向かって、私がどういう感情を抱くかというだけで。

職業倫理とか面従腹背とか、難しい事はよく分からない。私の「愛」の対象よりも、家族とか自分とかのほうが大事だと思う人だっていっぱいいるだろうし、それは私にだって理解できます。

ただ、あからさまに他人に対して影響力を行使したのですから、その結果として罵倒されたとしても賞賛されたとしても、編集者という立場を理由に他人から擁護される筋合いではないでしょう(編集者という立場なら影響力を行使するという事を意図・意識していなかったとしたら、そのほうが軽蔑に値する)。堂々と非難された内容について反論なり肯定なりすれば良いわけで。

正直言って、私には、この件についてはそれ以上でもそれ以下でもないです。この件について、黒猫亭さんのところでなされるであろう厳格で深遠な議論や理屈には、あまり興味が持てないかも知れません。
by 田部勝也 (2008-06-17 00:24) 

黒猫亭

>ちがやまるさん

>>黒猫亭さんの議論がどういうものになるか知りませんが、poohさんが、ここでの議論と切り離す方向を明確にされましたので、黒猫亭さんの意図と関係なく(独立に)提出しました。

文脈上、オレの発言を誤解されたともとれるご発言だったので真意を確認させて戴いたわけですから、そのように言明して戴ければ異存はありません。
by 黒猫亭 (2008-06-17 00:53) 

黒猫亭

>田部さん

再度確認させて戴きますが、オレは誰かを擁護する意図は持っていませんし、編集者という職域固有の事情に基づいて何らかの特別な免責があるべきだという話をしたいわけでもありません。

編集者固有の立場として、職業倫理と社会正義の軋轢があり、それはかなりデリケートな問題である、という話をしたいと考えていますし、その観点に照らして言及先の方のご意見を批判する考え方も出て来ると思いますが、それはこの元エントリーの論旨から逸脱した問題性なので、こちらで引き取ろうと考えているわけです。

勿論、関心を覚えてくださってご意見を戴ければ幸いですが、興味が持てないのであれば無視してくださって結構です。
by 黒猫亭 (2008-06-17 01:03) 

田部勝也

>黒猫亭さん

私にとっては、「編集者という職域固有の事情に基づいて何らかの特別な免責があるべきかどうか」という問題提起と、「編集者固有の立場として、職業倫理と社会正義の軋轢があり、それはかなりデリケートな問題である」という問題提起とを峻別できる理由が恥ずかしながら全く想像できない──という事です。

いや、黒猫亭さんがおっしゃるのですから、現実的・論理的には分けて論じられるべき問題なのでしょうけど、この件についてかなり強く感情的にならざるを得ない事情のある私には、心情的に冷静・客観的にそのへんを峻別して論じる自信はないし、その議論を眺めているだけでも心理的な苦痛を覚えるでしょうし、そもそも何の貢献もできないと思います。

この件に関する私の見解は、上の(2008-06-17 00:24)のコメントに何一つ余すことなく述べられていますので、そういう事でご了承頂ければ幸いです。
by 田部勝也 (2008-06-17 01:55) 

黒猫亭

>田部さん

ああ、いや、ちょっと書き方が素っ気なかったのかもしれませんが、勿論その辺は田部さんのご自由ですので、お気遣いなさらず。田部さんのご意志については諒解致しましたので、また他の話題ででもお附き合い戴ければ幸いです。
by 黒猫亭 (2008-06-17 02:02) 

pooh

職業倫理の問題は、このエントリの主題と関係ないわけではもちろんなくて。
ただまぁ、ぼくが取り沙汰しているのはそこではないので、ちょいと器としてはふさわしくないのかなぁ、って思ったので、黒猫亭さんのご提案に乗らせていただいた感じです。

> 田部勝也さん

峻別できないから、論じる意味があるのかと。現実は存在するわけですので。
by pooh (2008-06-17 08:00) 

TAKA

>結晶、言葉、そしてビジネス

作ってみました。
『ファンキー・アイス』参考:FUNKY TOWN(安室奈美絵恵)(但し簡略版です)
エブリバディ 結晶 もう病み付きになる 響いた言葉(感謝の言葉) 凍らずに はてな? メカニズム はてな? 考えずに 次の氷だす!
編集中の氷本 感動覚えた 本気じゃない これも仕事 許されるのかも 出しても良いかな 私のブログ 水にも氷も内緒で!
エブリバディ 結晶 儲けに繋がる 売り出せファンキー・アイス(ハドウ、ハドウ…)

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「チェ」って一瞬poohさんが、舌打ちしたのかと思いました。私自身は、ゲバラさんはよく知らないですが、時々耳にします。結構日本でもファンが居るようですね。私としては、禿を売りにしているお笑い芸人コンビ「トレンディエンジェル」の、「チェゲラッチョ、ハゲラッチョ」を想起するのが、精一杯なのでした。
by TAKA (2008-06-18 19:57) 

pooh

> TAKAさん

えぇとですね。つまらない説明をします。
キューバの国家元首だったフィデル・カストロの弟、ラウル・カストロはずっと閣僚だったんです(いまは国家評議会議長として、ラウルが国家元首になっています)そう云うわけで、キューバのことを書くときに苗字で「カストロ」と呼ぶとややこしいので、名前で表記してたんですね。

でもって、カストロを名前で表記するなら、ゲバラのほうも名前で表記しないとなんかバランスが悪い、と云う文体上の要請もありまして。でも「エルネスト」と書いても誰のことだかよく分からないので、通称の「チェ」と書く、と云う仕組みなのでした(本人もサインに使っていたりしたので、まぁかまわないだろう、みたいな感じです)。
by pooh (2008-06-18 22:25) 

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