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聴こえない場所から (「大衆音楽史」森 正人) [ひと/本]

どうもこちらのエントリに書いたようなことを考えるでもなく考えていて、でもってなんか示唆があるかな、とか思って読んだ。

文化、政治、経済の交点とそこに生じるダイナミズム、異なったものが交差する軋轢のなかで生じ、変容する音楽。この本で論じられているそうした視点はぼくの期待したものに、まぁビンゴだった。でも、なんかどうにも隔靴掻痒な感じが読んでる間ずっとしていたのはどうしてだろう、とか思った。

多分、著者には、いろんなものが聴こえていない。

リズム、ハーモニー、メロディ。音楽は単独で生じるものではなくて、だからそこには血脈があって。で、それは音楽を聴いて行くうちに感じ取れてくるもの。そこをちゃんと聴いていますか? みたいに思えた。

アフリカから奴隷が出荷されて、西インド諸島やアメリカ南部に着荷して。で、同時にナイジェリアあたりの文化や宗教、音楽も同じルートで伝播して。伝播の過程や、着荷した先でも、時間の経過や地理的・社会的・文化的条件の相違に影響されて変容して。そこをていねいに追っているのは好ましい。

ただ、その連続性と変容は、なによりも音楽そのもののなかに息づいているもので、だからそれは本来音楽として表象されるもののなかからもっとも強く見いだされる、はず。

そうしたものの流れを、外的な要素を再構成することによって可視化する、と云う試みに意味がない、とは思わないし、だからそれなりに面白く読んだ。この手法のおかげで、よくある音楽史めいた数々の著作とはだいぶ異なったパースペクティヴの語り口になっているし、それはそれで新鮮だ。

でも、なんと云うか「聴いていれば分かる」はずのことが、ごっそりと抜け落ちているようにも感じる。ブルースとジャズ、ソウル、ロックンロールの血縁関係はそうじゃないだろ、その音楽的なボディそのものを介して受け継がれる遺伝子は、そんなルートを通っているわけじゃないだろ、みたいな違和感が読んでいる間に始終つきまとう。

ひっくり返して考えると、逆にそこに意義があるのかも知れない、とは思うけれど。アマチュアの音楽好きが、好みの音楽を聴いて行くなかで感じ取りがちな「音楽史」とはまったく別な視点が、ここでは提示されている、とも云えるわけなので。
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