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自覚と実践 [余談]

念波さんの「『ニセ科学批判』批判」問題、というかなんというか。と云うエントリを読んだ。こちらで念波さんがお書きのことは、ぼくみたいに議論の全体像のなかでは周縁部にいる人間にとってはけっこう重要なことだと思う。ので、1日迷ったけど言及することにした。

「『批判』批判」の人々の言い分にもきちんと耳を傾ける必要があるのではないか、とは、実は以前から感じていた。
ニセ科学批判にコミットしている論者が一般的にそうだ、と云う話として受け止められると微妙だけれど、ぼくについて云えばけっこう以前からきちんと耳を傾ける必要は感じていて。

でもこれ、言い訳めいて聞こえるのを承知で云うと、難しいんですよ。
まず、たいていの場合「『ニセ科学批判』批判」は、批判にコミットしているすべての人間を漠然と同傾向の一団として把握して、その一団を対象にした一般論としてなされる。論者側は(一団としてみられることについて自覚的ではあっても)それぞれ個別の論者で、基本的には共有しているのは批判の対象(とその概念)でしかない。もちろんおなじものについて論じているので、概念の解釈や論点の共有はあるし、ほかの論者の視点を取り入れて理解を広げていく、と云うのは常時なされているのだけど、逆に云うと(原則としては)そう云うつながりしか持たない。いやまぁそりゃ雑談とかしたりはするけど、もちろんそれはそれで、切り分けができていないわけではない。
そうすると、ちゃんとした対応をするためには、「で、それはどなたのことをおっしゃってるんで?」と訊き返すか、日頃から共有に努めている「ニセ科学の概念と既知の問題、およびそれに関連する議論」を出発点にするしかない(一般論として用いられる「ニセ科学批判者」と云う括りに対応させうるものがほかにないので)。対応がピンぼけだ、と見られがちだけど、そのまえに多くの場合、投げかけられた「『ニセ科学批判』批判」のピントがわからないので仕方がない。

で、きちんと耳を傾けると云うのが実際のふるまいとしてはどうすることを意味するか、と云う話もあって。どうもこの場合求められているのは、エントリを書いて「『ニセ科学批判』批判」の言説にていねいに対応する、と云うことではない様子なので(ぼくなんかなにをどれだけていねいに書いてもおおむね「ヒステリックな対応」としか受け止めてもらえない)。
それでもそう云うある意味本質的ではない議論については、ぼくみたいに議論の周縁で発言している人間が対応すべきなのかな、みたいに考えて発言することもある。そうは云っても例えばぼくごときがニセ科学を批判している人間を代表できるわけがないのは自明なので(そこまで夜郎自大ではないつもり)、仕方なくこのエントリみたいにひどく歯切れの悪い書き方になってしまう。

とりあえずそう云うわけなので、「ニセ科学批判一派」としてきちんと耳を傾けることができるのは「ニセ科学」そのものにまつわる部分だけ。「『ニセ科学批判』批判」をするひとに期待されていて、納得してもらえるような「市民運動団体として誠実な」リアクションをとるのは困難だ。だいたいそんなこと、おいらみたいな泡沫論者が考えるべきことかどうか、と云う辺りで迷ってしまうし。

ついでに云うとこの辺、「『ニセ科学批判』批判」を行う側にもそれなりにポリティカルな意図をもって「ピントを合わせない」ひともいるので、事情はより複雑になる。
追い込み」をかけるような行為に、どんな価値があるのか疑問に思う。
apjさんご本人がコメント欄に登場してご説明されているけれど。
ここでfinalventさんが試みているのは、「ニセ科学を批判する側が議論において勝ち負けのレヴェルに帰結させたがっている」と云う印象を形成することで、ニセ科学に対する批判と云う行為自体を相対的に矮小化すること。ディベートの技法としてはあり、なのかもしれないけれど(「『ニセ科学批判』批判」を行う側がけっこう頻繁に試みるテクニックでもある)、apjさんがわざわざそこに乗ってあげる筋合いはない、と云うだけの話だと思う。
少数のアクティブが、その内で濃密な議論やコミュニケーションを取り交わすとき、その少数に含まれない人から見て一見不可解な、興味の方向性が現れてくることがある。その少数の中ではきちんとした経緯があり、展開があるのだが、それが周りの追随をぶっちぎってしまうのだ。僕はそうした現象を「尖鋭化」と呼ぶのだと思っている。
この問題点には、自覚的でなければいけない、と思う。でもいいわけめいたことを書けば、さすがにぼくはニセ科学について言及するにあたって、例えばこの場所で行われた各個の議論までをまずは踏まえるべきだ、とは思っていない(念波さんだってお読みではないだろう、と思うし、もちろんそれは当然だと考える)。
ここはアクセス数も知れたものだし、そもそもが周縁部からの言説を発信する場所なので、基本的に展開されるのは「各論」で。ただ、その各論で得られた認識(ここの特殊事情としてその多くはエントリ本文ではなくコメント欄で収穫されるのだけれど)が例えばkikulogでの議論にフィードバックされることもあるし、FAQやほかの場所での議論に援用されることもある。
過剰に自分の言論を卑下するつもりもないけれど、それくらいでまぁ冥加かな、とか思っている。

例えば「ニセ科学を批判するときにそれまでの議論を踏まえるべきか否か」と云う点においては、ぼくとTAKESANさんのあいだの対話では、一見していつも意見が相違しているように映ると思う。ただこれは、ここまで書いたようなスタンスでこの場所からだけの発信を行っているぼくと、ゲーム脳Q&Aの公開をはじめとする、より幅広い手法によるコミットメントを行っているTAKESANさんのスタンスの違い(これは論者個人として「どこまで云っていいか」の違いを生む)と云うだけの話とも云えて。ニセ科学批判まとめwikiをはじめとして尖鋭化を回避するための試みは複数あるし、ここでも行われているある程度細密な尖鋭化した議論はともかくとして、もっと一般論的に放たれた言説に対しては、直接細部にわたって批判するより「こっち読んでください」と云う書き方をすることはぼくも多い。このへん、フィールドの違い、と云うことなんだと思う。

もちろん、念波さんの問題提議は冒頭に書いたように(ぼく個人は)重要だと考えるし、論者一般の念頭から離れてはいないとは思うけれども改めて語られることがそれほど多くなかったのも事実で。言い訳としては「できることしかできないんです」くらいしかないし、折に触れて自分の自覚を確認する、くらいのことはすべきだなぁ、と自省することにします。
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憂鬱亭

こんばんは。

念波さんの問題提起は、大事なポイントを含んでいる、と思うのですが、
今回の事の発端にあるfinalvent氏への評価は、私には同意できません。

念波さんの評価
>あえて突っ込んだ書き方をするなら、finalventさんは潜在的な「味方」であろう、と僕は考えています。少なくとも今後は「運動」の邪魔をするようなことはしたくない、とおっしゃっていますし、社会における科学の役割も積極的に評価していらっしゃるようです。

finalvent氏のことば
>これをいうと傲慢かもしれないけど、市民運動の人に科学論とかやりたくないというのもあるんですよ。これはもっと広義に、普通の市民に科学論とかやって益なんかあるわけないんです。
>ちょっと飛躍かもしれないけど、オウム真理教事件など、市民が普通に近代科学を「信」じていたらあれほど参加者はなかったのだろうな(もちろんそうでもないか、普通にカルトはあるかという議論もありうるけど)、ところが、彼らは比較的インテリで(つまり無知蒙昧だから麻原を信じたという簡単な話ではないんですね)科学論の限界とか意外と知っていた。>

 これは「潜在的な味方」の言葉とは思えないし、「社会における科学の役割も積極的に評価していらっしゃる」とも思えません。
 「ニセ科学批判」をひとつの「市民運動」と見て、一方「普通の市民に科学論は益はない」というのですから、論理的には
1 「市民運動」をするのは「普通の市民」だから、「ニセ科学批判」のような「科学論」にかかわるのは益がない。
2 「ニセ科学批判」は「科学論」であり、(普通の市民とは関係がない)「市民運動」なので、「普通の市民」がかかわる必要はない。
3 「ニセ科学批判」は、「科学論」ではない(ので「普通の市民」には益がないわけではない)。

 の3つくらいしか私には思えないのです。

 上記1か2ならば、氏は「潜在的な味方」ではありえません。
 上記3ならば、氏がこのエントリーで「科学論」に言及する理由がわかりません。

 もし、finalvent氏が、私が想像しているような吉本隆明亜流の人ならば、氏が考えそうなことは上記の2です。自己を「蒙昧で稚拙な素人、つまり大衆の一人に過ぎない」などと言われて、大喜びで、しかもえらそうに(尊大に、でも良いですが)認めている辺りも、吉本そっくりですよ。ただし、オリジナリティには欠けてますが。

 ブログでどれだけ評価されていても、活字媒体が主流だった時代の業績が忘れ去られた状態での「鳥無き里のコウモリ」(吉本の論敵の一人が、かつて好んで使っていた表現です。)に過ぎないのだろうと思います。


by 憂鬱亭 (2008-11-26 23:31) 

黒猫亭

>憂鬱亭さん

この論点はオレも何処かで指摘しようかと思っていたので、機会を提供してくださって有り難いです。

>>1 「市民運動」をするのは「普通の市民」だから、「ニセ科学批判」のような「科学論」にかかわるのは益がない。
>>2 「ニセ科学批判」は「科学論」であり、(普通の市民とは関係がない)「市民運動」なので、「普通の市民」がかかわる必要はない。
>>3 「ニセ科学批判」は、「科学論」ではない(ので「普通の市民」には益がないわけではない)。

オレの解釈は、実はそのいずれでもないです。おそらく、finalvent さんは市民運動と謂うものを合目的的な活動を捉えておられて、政治運動と同様により良い世の中の状況を到来させる為の具体的実践だと考えておられるのかな、と。

つまり、市民運動である以上は具体的な目的があるのだから、その目的に反するような意見を支持するわけにはいかない。一方、科学論と謂うのはどのような認識が真であるかを問う一種の「清談」であるから、市民運動の目的に反するような結論もまた採択され得る。「普通の市民に科学論は益はない」と謂うのは、市民にとって必ずしも益とはならない結論が採択され得る科学論は、市民にとって本質的に重要ではない、そう謂う意味にとりました。

つまり、finalvent さんは依然として所謂「ニセ科学批判」が何であるかを理解しておられないと謂うことになりますが、ご本人に関心がおありでない以上、それ以上の理解を強要することは出来ないかな、と謂うのがオレの意見です。

市民運動である以上それを邪魔するつもりはないと仰るのであれば、今後ニセ科学批判批判には距離を置かれ言及も控えるおつもりだろう、と謂うことになりますから、まさしく合目的的に判断して、その地点で納得するしかないのかな、と考えています。
by 黒猫亭 (2008-11-27 00:27) 

田部勝也

ちょっと提案なんですけど……。

「『ニセ科学批判』批判」という言葉を使うのをやめてみませんか。せめて、本来の意味以外で「『ニセ科学批判』批判」という言葉を使うのは、もうやめたほうが良さそうな気がしてきています。

「ニセ科学批判」というのは、「明らかに科学でないのに科学を装うモノを批判する事」ですよね。ならば、本来の意味での「『ニセ科学批判』批判」とは、「明らかに科学でないのに科学を装うモノを批判する事、その行為自体を問題視し批判する事」になると思うんですよ。
この意味でのまともな批判がなされた事って、あんまり記憶にないんですよね(この意味での批判で思いつくのは、ふま君と論宅君くらいだけど、アレを「まとも」という人はいないですよね)。

なんだか現状では、こちら側には「あの人は“ニセ科学批判”ではないモノを批判している」という事が明らかになっていても、こちら側から「『ニセ科学批判』批判」ないし「ダメな『ニセ科学批判』批判」といった言葉を安易に使う事で、
(1)当事者に対しては、「今オレがしているのは“ニセ科学批判”批判であり、相手がしているのは“ニセ科学批判”擁護なんだ」
(2)ギャラリーに対しては、「なんだか“ニセ科学批判”が批判されているようだぞ」「これが“ニセ科学批判者”の“ニセ科学批判”擁護論なんだな」
──といった、間違った印象を振りまいているような気がしてきています。……というか、正しい「ニセ科学」概念の浸透、正しい「ニセ科学」概念を知ってもらう機会提供の妨げになっている感すらあります。

例えば、「『ニセ科学批判』批判」という言葉を使う前に、まず「“明らかに科学でないのに科学を装うモノを批判する事”を非難しているようには見えないんですが?」と聞いてみるとか、「あぁ、批判の仕方を問題視しているんですね」と同意を求めてみるとかしてから対話を始めるようにすべきなのかなぁ……とか。
「誰のどの行為を批判しているかを明らかにしない『ニセ科学批判』批判」についても、「『ニセ科学批判』批判」という言葉をこちら側から使う前に、「そんなバカな事言ってるのは誰ですか?」とか「さすがにそんな人いないでしょう。それは杞憂じゃないんですか?」とか振ってみてからでも遅くはないと思うんですよね。

言葉のセンスがないんで、うまい代替案は思いつかないんですけど、ほとんどの場合は「批判の仕方批判」か「藁人形批判」のどちらかのような感じなので、新しい言葉は不要かなぁ。
今回のfinalventさんの場合は明らかに「藁人形批判」ですから、相手が何と言おうと、こちら側から「『ニセ科学批判』批判」なんて持ち上げてあげる必要はないですよね。「藁人形批判」として、対話に臨む際の非常識極まる不誠実さについて問題提起していれば良いわけで(実際コメント欄などではそういった流れになっているようですけど、「『ニセ科学批判』批判」という言葉がその流れの理解を妨げているのかも知れないなぁ……とか思うわけです)。
by 田部勝也 (2008-11-27 03:20) 

pooh

> 憂鬱亭さん

まぁ敵・味方の議論でもないし、実際のところfinalventさんの危惧がどこにあるのか、については、ぼくには(以前から)ぼんやりとわかる気はしているんです。ぼんやりと、なので明解には書けないし、ミスティフィカシオンがきつすぎるのでちょっとなにか語るのには躊躇してしまうんですけど(なにを云っても的外れになりそうな気がする)。
そう云うわけでじつは今回の一連の議論については、ぼくの場所からはっきりと問題にできるのはその「やり方」だけで、だから一連の経緯にあまり口を差し挟まなかった、と云うのもあったりします。
by pooh (2008-11-27 07:39) 

pooh

> 黒猫亭さん(お、ご亭主が並んでいらっしゃる)

推測されているfinalventさんの考え方の部分については、全体としてかならずしも同意するものではありませんが、

> 市民にとって必ずしも益とはならない結論が採択され得る科学論は、市民にとって本質的に重要ではない、そう謂う意味

こう云う部分はあるんだろうな、とは思っています。

なんとなく気になるのは、今回の彼の一連の行動が、どこかしら防衛的な意味合いを匂わせている部分だったりはするのですけどね。そう考えると、今後距離を置く、と云うことになるのかどうか。置いてほしい、と特段思っているわけではないですけど。
by pooh (2008-11-27 07:44) 

pooh

> 田部勝也さん

うむむ。
「『ニセ科学批判』批判」と云う言葉はいつの間にやら自然発生的にできあがったものなので、ちゃんとした定義はないんですね(最初に使ったのはだれだろう。もはやわからない)。定義が緩い部分ではニセ科学と云う言葉そのものとも似ていますが、選ばれた言葉でないだけ意味合いも漠然としている。
もしこの言葉がレッテルとして機能するようなことがあれば、そこは確かに留意すべきだ、と思います。その意味では、おっしゃるとおりあまり使うべき言葉ではないのかも。

ただ、その種の言説に対応するにあたって問いかけから始めてみる、と云うのは、すでに行われているんじゃないですかね。ぼくはあまり弾劾のスタイルはとらないし、たいていの場合「本意の確認」から話をはじめようとするので、あまりこれをレッテルとして用いている自覚はないです。ぼくだけじゃなくて、たいていの論者がそうじゃないかな(もちろんこのあたり、その対象になる言説にある「主張の強さ」で変わってくる部分ではありますけど)。

ただまぁ、なにかうまい言葉を探してそれをあてはめることで理解を明晰にすべき、と云う種類の話ではないだろう、とは思います。
by pooh (2008-11-27 07:53) 

黒猫亭

>poohさん

>>(お、ご亭主が並んでいらっしゃる)

apjさんのところでもオレのほうからニアミスしてしまいました(笑)。

>>推測されているfinalventさんの考え方の部分については、全体としてかならずしも同意するものではありませんが、

何処にどのように同意しないのかは、現時点では剰りハッキリさせる必要はないかなと思うのですが、多分オレが読み解いた部分よりも「ちょっと飛躍かもしれないけど」以下のほうにあの方の論のキモがあるんだろうとは視ています。

で、これを推測すると謂うことは、おそらくfinalvent さんの結論を早手回しに推測することになってくると思うんですね。しかしそれは、これだけ物議を醸しいろいろご自分もデメリットを蒙りながら、それでも「隠し事をしつつメッセージを送る」と謂う手法に拘って表明しようとしている論の総体を二、三行に纏めてしまうと謂うことなのだから、流石に失礼に当たるかな、と思います。

ただ、多分「『科学的に正しい』と謂うことの本当の意味は、市民にとって望ましいものではないかもしれない」と謂う問題意識が含まれているのかな、とは予想しています。「科学者集団に信を置く」と謂うことがキーワードなんでしょう。
by 黒猫亭 (2008-11-27 11:21) 

apj

黒猫亭さん、

 失礼でも何でも良いので、finalventさんの結論の推測、出しちゃっていいと思いますよ。

 隠し事をせずにメッセージを送ったって、文化も背景も違う人達の間ではきちんと伝わるかどうかがわからないのに、「隠し事をしつつメッセージを送る」じゃあ、余計に失敗する可能性が上がるだけですよね。わざわざそうすることのメリットが思い当たりません。「隠し事をしつつメッセージを送る」という方法でないと伝えられないものがあるとは思えないんですよ。また、この方法は、推測する側に余計な手間と労力を押しつけるというやり方でもあるわけですから、読者に対して失礼なことをしているのはfinalventさんの方です。
 ですから、二三行でまとめちゃってまったくかまわないと思います。

 あともう一つ、市民にとって云々の部分ですが、私は、講演や講義では「技術の目的は人に利益をもたらすことだが、科学の役割は人に真実を突きつけることである。たとえそれが都合が悪い内容であっても」とやっています。不都合であっても事実に向き合って考えるのは、突きつけられた側の仕事です。突きつけられた側がどうするべきかなどということは、科学の範疇ではないでしょう。
by apj (2008-11-27 16:58) 

pooh

> 黒猫亭さん

すいません。ぼくのほうが、ちょっとはっきりしていないので。
finalventさんの「偽科学」論に対して反応したのは記憶にある限りぼくが最初だったと思うんですが、ちょっとその含意のなかには(ぼくの立ち位置的に)切り捨てられないものがあるように以前から感じていて。なのでちょっと申し訳ないんですが、その部分はぼくには論じられません。
by pooh (2008-11-27 21:21) 

pooh

> apjさん

と云うわけで、上のコメントに書いたような理由で、黒猫亭さんはpoohに免じてくれてる部分がある、と云うふうに思ってください。
と云うか、apjさんはおわかりかと思うんですけど、finalventさんが問題意識を持っているとおぼしき部分って、ぼくの立ち位置からも検討すべき要素はあるのかな、と思うんですよ(いや、例のメソッドのせいではっきりしないわけなんですが)。で、ここってぼく自身が捕捉仕切れていない部分なので、ちょっと待ってほしいな、みたいなところがあったり。

ちなみにこんな感じで意見の相違や立ち位置の違いみたいなのが表出すると、「ニセ科学批判一派の内部分裂」とか見なしたがる向きもおありのようです。面白い(^^)。

> 不都合であっても事実に向き合って考えるのは、突きつけられた側の仕事です。

このことには同感します。で、その「不都合でありうる」ことが、科学の存在意義のひとつでもあるわけで。こちらで書いたようなことだと考えます。

http://schutsengel.blog.so-net.ne.jp/2008-09-26
by pooh (2008-11-27 21:24) 

黒猫亭

>apjさん

ちょっとpoohさんのご意見を伺ってからお返事を差し上げようと思いましたので、お返事が遅れました。

ニセ科学批判の言論に関心を持つきっかけをつくってくださったのがpoohさんだったと謂うことがありまして、こちらでやりとりを交わす機会も多かったんですが、早手回しに結論を求めるオレの性急な部分についてやんわりお叱りを頂戴する機会も多かったわけですね(笑)。そう謂う経験則から、結論の忖度については一旦留保しておこうと。

「隠し事をしつつメッセージを送る」と謂うのは、オレがfinalventさんの言論姿勢について、そうじゃないかと思っていると謂う意味の表現ですが、そう謂う言論姿勢については、あんまり褒められたことじゃないだろうとは思います。

別のエントリのコメント欄で申し上げたことですが、やっぱり後出しジャンケンはまずいわけで、論をきちんと言い切ると謂うことは言論の信義則上重要なことであって、とくに他者批判が絡んでいる場合なんか小出しにチマチマ論を進めて行くのは狡いんじゃないかと思います。

ただ、言い切らないことが狡いとは謂っても、言い切っていない段階で結論を推測すると、相手の論の展開に影響を与える可能性があるわけで(こちらを読んでいるとも思えないですが)、論述が終結した段階で非当事者的な立場で言及することが難しくなると謂うことがあります。

そう謂う次第で、ちょっと結論についてはご本人の論述を俟つとして、性急な推測は控えさせて戴こうと思います。ただ、今までの仄めかしからの推測で謂うなら、ニセ科学批判の言論の積み重ねの中ですでに提示されている論点なのではないかと謂う予感はあります。

finalventさんは「おそらく驚かれると思いますよ」と期待を煽っておられますが、それは単にニセ科学批判の言論の総体をご存じないからで、蓋を開けてみれば多分左程驚くような内容はないだろうと踏んでいます。

で、関心領域の近似と謂うことで謂えば、poohさんの提示された論点の幾つかを組み合わせたものになるんじゃないか、と謂う気がするわけで、おそらくfinalventさんの論述が一段落した段階でpoohさんの言及ルールに絡んでくるんじゃないか、と。
by 黒猫亭 (2008-11-27 23:25) 

念波

 poohさん、こんにちは。

 「できることしかできないんです」というのは、実感として、僕自身も完全に同意します。

 僕は今まで、ウェブでニセ科学関連の発言はあまり行ってこなかったのですが、その理由は、今の自分の生活にそれに裂く余力があまりないこと――端的に言って、「めんどくさいから」でした。

 今回、僕はたかがエントリ一つと数回の応答を行っただけですが、やはり大変な時間と労力を要しまして、これは大変だな、とあらためて実感しているところです。

 できることしかしない、っていう方針で僕は今後もやっていくつもりです。
by 念波 (2008-11-27 23:55) 

pooh

> 黒猫亭さん

汲んでいただき、ありがとうございます。

いや、finalventさんからこれから出てくるものが、はたして理解できるもの、納得できるものなのかは正直わからないんですけどね。
なので出てきたからと云ってぼくが言及するとは限らないんですが、すくなくとも「ちょっと待ってください」と云うことにはならないかと思います。
by pooh (2008-11-28 07:44) 

pooh

> 念波さん

いらっしゃいませ(ぜんぜん「はじめまして」と云う気がしませんが)。

「できることしかできない」と云うのはまず前提としてありますよね。持っている時間的リソースとか、(ぼくの場合は)能力的リソースとか。でも。それでもやる以上は「なにができるのか」についてはやっぱり考える必要もあるわけで。

まぁ自分で考えなくても「できてないこと」については指摘してくださる向きが(確信的な誤解やシンプルな悪意にもとづくものを含めて)そこそこあるので、それはそれでありがたいと云えないこともないのですけどね。

お書きのエントリにもトラックバックが送られている、lets_skepticさんのこちらのエントリにある示唆も受け止めながら、です。

http://d.hatena.ne.jp/lets_skeptic/20081127/p1
by pooh (2008-11-28 07:51) 

技術開発者

こんにちは、皆さん。議論を発散させてしまうかも知れないけど、社会の基本的動き方みたいな概念が私にはあります。

以前にもロジャースの普及理論なんかに言及しているのだけど、まず新規なものが世に出たときに一部のマニアが飛びつく訳ですね。でもってマニアはその新規な物を「しゃぶりつくす」面があって、「なぜこれが便利か」についてはかなり詳しく知っている。でもってやがてマニアとまでは言えない「新しい物好き」が使い始める時期があって、その時期にはマニアほど「なぜ、これが便利か」は適当になっていくけど、まだマニアが嘆くほどではないのだろうと思います。やがて、社会の半分くらいが使い始めると後は加速度的に普及が進むのだけど、その段階ではマニアが理解している「便利さ」みたいなものは「なんとなく便利そう」に過ぎなくなって、マニアを嘆かせるような使い方をする人も出てくる訳ですね。例えばワープロの普及に関して、マニアの「便利さ」は「編集の容易さ」だったと思うんだけど、或る程度普及すると「清書機」としてしか使わなくて、編集を手書きでやって最後にだけワープロで清書するなんて使い方をする人も出てきてマニアを嘆かせたという経験があります(笑)。でもそういう流れを経ないと普及そのものが起こらない面があるんですね。つまり普及によりきちんとした合理性は或る程度バーターされ得るのじゃないかないかと思うんですね。

或る意味でニセ科学の普及も同じ過程を経ているし、それに対するニセ科学批判の普及も同じ過程を経ざるを得ないのかも知れないと思うんです。ニセ科学批判批判の中には「それじゃあ普及の過程がニセ科学の普及の過程と同じじゃないか」という問題意識に基づいているものもある気がします。その通りなんだけど、それが社会への普及という事の本質だと考えると、「仕方ないじゃないか」という気もするんですよ。


by 技術開発者 (2008-11-28 11:07) 

pooh

> 技術開発者さん

> ニセ科学批判批判の中には「それじゃあ普及の過程がニセ科学の普及の過程と同じじゃないか」という問題意識に基づいているものもある気がします。

このあたり、いまひとつわからないんですけどね。と云うか、その角度からの実感はないです。どうなんだろう。

こう、マーケティング的な部分については典型的にはここみたいな議論の周縁部で論じられてきた、と云う部分があって(おつきあいいただきながら)。適切なバランスとか、決定的な結論がでていない(だせない)論点もある。ただ、出された論点とかその場での当座の理解とか、別の場所で援用されることもありますよね。
ぼくがこの場所で「無知な素人」と云うポジションのまま議論を続けているのは、そのことがなんらかのエクスキューズをもたらしてくれることを期待しているのではなくて、そう云う意味で有益な貢献ができるかもしれない、みたいに思う部分があるからです。
by pooh (2008-11-28 21:58) 

pooh

言及先のコメント欄での念波さんのおっしゃりように「ちょっとそれは」と思ったのでここに追記。いや、自分のコメント欄なんかに書いてもしかたないんだろうけど、先方に出向いていって困惑されたら嫌なので。

> もしapjさんが、相手が僕らの取り組んできた「ニセ科学」について無知であるないし勘違いをしている、と気づいたのであれば、それを解くという方向性を考えられてもよかったと思いますし、id:lets_skepticさんはそれに成功されたのです。

これはけっこうひどい「批判のしかた批判」かな、と思う。だいたいapjさんとlets_skepticさんではそもそも対話の目的も違うし、finalventさんの提議のなかで反応した部分も違う。力量とか方法論的な部分の話ではなくて、論点が違うんだから、べつの反応を引き起こしたとしても「どちらのやり方が正しかった」と云う話ではないんじゃないかな。

これはこれで、ぼくがlets_skepticさんの文脈をある程度知っている、と云うバイアスに支配された意見なのかもしれないけど。論者には論者固有の議論の文脈があるし、その文脈からの発信が届く場合も届かない場合もある。届かないからこの論者の議論には欠陥がある、みたいな判断をされるのだとしたら、上でご本人が掲げられている「できることしかしない」と云う方針と整合しないんじゃないかな。

finalventさんはこの国のネットの上でもトップクラスの信頼を集めている論者なので、apjさんがその一般的な評価を信用して「おとな扱い」したことについては、特段apjさんの責任じゃないと思うし。
by pooh (2008-11-28 22:00) 

apj

poohさん
>finalventさんはこの国のネットの上でもトップクラスの信頼を集めている論者なので、

 信頼度までは意識していませんでしたが、読者数の多いblogをやっておられるというふうには思っていました。
 しかし、http://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-abc2.htmlに、TAKESANさんが2008年11月28日 (金) 19:06になさったコメントのように、finalventさんがどうやらidでコメント書き込みをブロックしているらしいというのを見て、別の疑問が湧いてきました。自分トコのエントリーにも追記したんですが、
・自分から先に出題しておいて
・自分に都合の悪いことを書くidからの書き込みはさせないようにし
・都合のよいコメントだけを集め
・しかもその議論の進め方は、皆で検討できる証拠を出すことを引きのばしまくり、曖昧な質問を繰り返す
ということを現在進行形でやっていることになります。
 これは、不誠実というより、卑怯だと思います。
 なぜfinalventさんが論者として信頼を集められるのかということが大変に疑問なのですけれど。finalventさんがこういうことをするのは、今回が初めてなんでしょうかね?
by apj (2008-11-29 01:51) 

TAKESAN

今晩は。

念波さんってもしかして、私達が、「finalventさんが”ニセ科学”概念を理解していない(誤解していた)」事に後で気付いた、と思っておられるのかなあ。そうじゃ無くて、前から指摘したのに聞き入なかった上に、まだそんな内容を書くのか、という事で、私は採り上げた訳ですね。
私は直接finalventさんに、対話する気は無い、と言われたのですし。
つまり、finalventさんが「解っていて」論を展開している可能性、というのをそもそも念頭に置いて言及した訳ですね。
念波さんには、経緯を見て下さい、とお願いしたのですが…。

ぶっちゃけ、何故lets_skepticさんの説明をきちんとfinalventさんが読まれたか、というのが最大の疑問だったりします。私のやり方がまずかったのだ、と言われればそれまでですけど。

ブロックの件については、apjさんの所にコメントを入れました>apjさん
by TAKESAN (2008-11-29 03:38) 

pooh

> apjさん

うむむ。
それほど熱心な読者じゃないので(「極東ブログ」のほうはそれでもわりと読むかも)推測が適切かどうかはわからないですけど。

finalventさんは論を張る方ではありますけど、あまり「議論をされる方」と云う印象はないんですね。弾さんみたいに基本姿勢としてコメント欄には対応しない、と云うわけじゃないんですけど、対話からなにかを生み出そうとする方ではない。
なので(好意的な解釈ですが)今回は手法を誤ったんだと思います。ご自分で投げかけたんだから対話も始まるし、対話が始まったら相手からも自分が問われるんだ、と云うことをあまり認識されていなかったんじゃないかな、みたいな。コメントについても、自分の論の展開に沿ったもの(都合のいいもの、と云う認識があるかどうかはわからないです)についてだけ、意義のあるものとして採用する、って感じじゃないんでしょうか。

微妙なところだと思うんですけど、まぁ「管理者のブログ運営上のルール」と云うところなんでしょうね。ルールはルールとして、その正否はギャラリーがジャッジしてくれるんじゃないか、と思います。
by pooh (2008-11-29 05:50) 

pooh

> TAKESANさん

上でapjさんにお返事したことともつながってくるんですが。

あの種の対話をするのがlets_skepticさんは上手だ、と云うことはあると思います。ケーススタディをたくさんお持ちなのかな、みたいな。で、それはそれとして。

finalventさん側からすると、自分の進めたい論旨の展開に、内容・タイミング的にちょうどよかったんだろうな、と云うあたりじゃないでしょうか。なのでやっぱり、外からどう云う体裁が見て取れても、実質的にはやっぱり対話じゃないんですよ。対話するつもりもないだろうし、そこに価値は認めてないんだろうな、と思います。
そう云うわけで「こっちの出方を工夫すれば対話が成立した」と云うことはないだろうと思ったりもします。finalventさんがそんなにナイーヴだとは思えない。

難しいなぁ、と思うのは、結局対話と云うのは相互の信頼にもとづいて成立する、と云う部分で。絶対的な誠実さではなくて、「この程度の誠実さ」と云うのを見極めて(同時に示しておいて)対話の水準を見極める、と云うのはあるじゃないですか。そこをあいまいにすることで場をコントロールする、と云う技法は、まぁテクニックとしてはあるのかもしれないです。対話コストを上げておけば、面倒になって引っ込むひともいるでしょうし。

念波さん、SSFSさんに居着かれて気の毒です。あの方も一見対話可能に見えるので質がわるい。
by pooh (2008-11-29 06:05) 

黒猫亭

>poohさん、apjさん

>>微妙なところだと思うんですけど、まぁ「管理者のブログ運営上のルール」と云うところなんでしょうね。ルールはルールとして、その正否はギャラリーがジャッジしてくれるんじゃないか、と思います。

apjさんのところにも書き込ませて戴きましたが、やってること自体は権限論の範囲で謂えば一応おかしなことや不当な横暴とまでは謂えないんですね。ただ、それはやり方次第で性格が変わるところがあって、言論姿勢として不誠実と視るかどうかと謂うのはまた別問題ですよね。

権限として認められていることを行うのでも、第三者視点での公平さを心懸け、相手が不公正に扱われたと感じるか感じないかにどの程度の配慮を払っていて、具体的にどのような説明上の手続を踏んでいるのかによって印象や意味合いは全然違うわけです。

そこがpoohさんの仰る「ギャラリーのジャッジ」と謂うことになるのかな、と。

あの方が、ご自分の論の展開に有効かどうかと謂う基準を最も重く視ておられて、逆にそれ以外の基準に徹底して無頓着だと謂うのは、オレもまったく同様に視ています。
by 黒猫亭 (2008-11-29 12:15) 

pooh

> 黒猫亭さん

その辺りのクライメイトと云うか、なんと云うか受容のされ方の流れみたいなのは、まぁはてブ辺りで示されてきてるのかな、とか思ったり。
by pooh (2008-11-29 22:20) 

TAKA

今週の、気なったご意見【敗北宣言している人に対して、さらなる追い討ちは如何なものかと思いますの。】

念波さんて、finalventさんをマトモな論者とは認めていなかったのかしら?
私の場合、「おお、今まさに、識者同士の中身の濃い遣り取りが始まる!これは興味深い。論に強い人たちは、一体どういう終着点に読者を導くのであろうか?」と思って、成り行きを注目していました。

その後、「さてこの辺で、心の広い謙虚な私を、訪れる70億人の読者にアピールしておくか。それっ、負けるが勝ちよ。」というfinalventさんのボケに対し、「そうそう、会話が面倒に感じてきた時は、遣り取りの矮小化を試み…。って、何でやねん!」と乗りツッコミな私orz。

もっとも、あのfinalventさんが、「最初に言明しておきますね。私はニセ科学批判の実情に関しては、一切知らないド素人です。暖かい目で見守ってくださいね。という訳で、ニセ科学批判クイズです(^^」
と、お気楽に始めていたのであれば、私も念波さんと同じくfinalventさんに、同情を寄せていたのかも知れませんね。

蒙昧な私としては、今はこんな感じです。
「論に強い人でも、詳しく知らない対象をうっかり批判する事が、時にはある様だ。やはり、ある程度の下調べは必要なのだ。」
「この私も、将来ブログで批判を展開する時には、対象の議論がどう進んだのかを、じっくり見ておく必要がある。その後、読者から返って来る反論に対しても、『全面的に、私の負けなのデース♪(^^』などど逃げず、真正面で受け止めよう。」
「そうしない場合、会話に付き合ってくれた読者から、『お疲れさま。浅い考えの披露とお気軽な姿勢をアピールした事に対して、お疲れさま。』と返され、論者としての信用を落とすのであろう。」
「その後はコメント欄に、『こんにちは。思考のお花畑とやらは、ここですか?(^^(^^」とばかりに、スパムと荒らしが横行し、私は暖炉に自ブログを放り込み、後悔の眠りに着くのである。」
by TAKA (2008-12-02 02:42) 

pooh

> TAKAさん

まぁこれ、話の流れ、と云うのはあるんですよ。認識の順番、と云うか。それはまぁ、ままあることとして認めたうえで。

議論と云うのは相手あってのものなので、自分の主張をなすにあたって相手の主張をいかに生かすか、ということでもあるじゃないですか。で、誠実さ、と云うのはそこでどんなスタンスを相手に示して、全体としてより有用な方向に話を持っていくために(より有用な発言を相手からもらうために)必要なもの、なんですよね。それがないと、勝ち負けにしかならない。
勝ち負けにするのなら、最初からそう示さないと。そうすると、だれも相手にせずにすむので、リソースの節約になるわけですよね。
by pooh (2008-12-02 07:40) 

技術開発者

こんにちは、皆さん。

>今週の、気なったご意見【敗北宣言している人に対して、さらなる追い討ちは如何なものかと思いますの。】

敗北宣言はしても反省はしていないから、皆が突っ込みたがるだけの様な気がしますね。

上の方に、秋の蓄えを少しづつ食って冬を越そうとしている原始人の村が「今年は春が早い」という希望的観測が優位になって蓄えをよけいに食い始めた場合なんて例を出していますが、そういう場合にその流れを止めようとすると、「春が早いなんて根拠も何も無いんだぞ」といった部分から始めざるを得ない面がありますよね。それを言わずに止めようとする方法があるなら誰か教えて欲しいんですね。

でも、その全体像を見ずに「春が早く来る」「そんなことは無い」の議論だけ見るなら、それは単なる長期予報の議論に過ぎなく見える訳です。でもってそう見てしまった或る人が、「自分の言いたい事表すのにちょうど良さそうだ」と「そんなことは無い」と言っている話を批判する形で自分の言いたい事を言い出した様に見えるんですね。でもって「ああ、単なる気象予報論ではなくて、群れの問題なんですか、それは失礼しました、でも自分が言いたいのは・・・」なんです。ここで欠落しているのは、その人も蓄えを食って冬越ししている中の1人だと言うことですね。もしも、「春は早い」派が優勢になって蓄えを食い尽くしたころに寒波がくれば一緒に飢えなくてはならない1人だという認識は無いわけです。こういう感覚を私は「リアリティの欠如」と思うわけです。

なんていうか、血液型性格診断というニセ科学で将来希望の仕事に就くのを血液型のせいで断られるのはその人のお子さんかも知れないし、学校で水伝を教育されたことで社会が「悪口言うのも暴力ふるうのも身体に悪いことは同じ」と悪口に対して傷害罪を適用することになって、懲役刑判決を貰うのはその人のお子さんかも知れないなんてね。まあ極論ではあるけどね、これは。

単に「市民運動」と位置づけておられるけど、市民運動って社会の将来にやはりきちんと問題を感じて行われるものでしょう。それを「自分の意見を言うのに都合が良いから」と貶めるというのは、その市民運動が感じている将来問題を「自分は無関係」と宣言し、「そんな問題意識は自分の意見よりはるかに劣った事だ」と言っているのと同じなんですよ。

by 技術開発者 (2008-12-03 13:13) 

pooh

> 技術開発者さん

> ここで欠落しているのは、その人も蓄えを食って冬越ししている中の1人だと言うこと

たぶん、そうなんだと思います。
ただ、その欠落は偶然でもないし、意識されていないことでもないんだろうな、と思うわけです。むしろ意図的に、その視点を排除している。あるいは、そのレイヤーからご自分の議論をはずしている。「それはそれとして」なんです(それほどナイーヴな方であるはずはない)。

これは、finalventさんの投げかけを正直に受け止め、反応した人間から見れば、不誠実です。でも、ここにおいて「誠実にその反応に応えること」よりも「その反応を利用して自分の論旨を進めること」を選択することは可能なわけです。禁じられているわけではない。
だからやはり、受け手の問題なんです。そう云うある種ポリティカルなふるまいのなかで行われた言説であることを、ぼくたちは見抜けなかった。finalventさんがそう云う質の言説をものす論者であることを見抜けないまま、信頼してしまった。そう云うことだと思っています。

> 「そんな問題意識は自分の意見よりはるかに劣った事だ」と言っているのと同じ

finalventさんは、そうおっしゃっているわけです。実際のところ。

弁護をするつもりはないのですが、finalventさんの影響力の強さとか読者の多さが彼に通常のブロガー以上の特別な矜持を課す、とはぼくは考えません(それは結果論なので)。彼はそう考えて、そう書いた。そこを超えて批判するのは不当だと思います。
彼の言論がポリティカルなものである、彼の問いかけもまたそのような種類のものである。これが今回あきらかになったことのひとつです(もちろんTAKESANさんやapjさんをはじめとする方々の問いかけがあって、ですが)。今後彼の言説に接するときにはこのことを念頭に置く、それで充分だとぼくは思います。
by pooh (2008-12-03 21:29) 

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