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結論はない [余談]

たかぎFさんのブックマーク経由でwackyhopeさんのニセ科学批判に魅力を持たせることは可能か?と云うエントリを読んだ。
で、なんとなくスキンを替えてみる(すぐ戻しちゃうかも)。

だいたいここは文字ばっかりなので(理由は「そうしたいから」と「そうしかできないから」の両方)、まずテキストが読みやすいスキンである必要があって。で、どこがリンクテキストなのか見やすいほうが望ましい。ブログタイトルが「クロムめっき」なのでそれっぽいほうがいいような気がする。…と云ったあたりが従来のスキンを採用していた理由。このあたりのことは、わりとTAKESANさんが入念にお考えですね。

ここはSo-netブログで、ブログサービスとしての性格はわりとYahoo!ブログなんかに近くて。「Nice!」機能なんてのはそのへんを如実に表していて、なんと云うかコミュニティ志向が強い。はてななんかとは如実に違ったり。
そのあたりがいいのかな、とか思ったりする部分もある。

ニセ科学批判、と云った場合に、ここで取り上げるような角度は結局のところ周縁なわけで。コアな議論はそれに適したところで進めてもらって、こっちはこっちで身の程をわきまえながらいろいろ考えていく、みたいにしかできないし。ぼくがいまのところはてなのIDを取っていないのはべつだんID取得の手続きができないくらいリテラシーが低いわけじゃなくて(いいわけじゃないぞ)、なんかそこで働く一種の強制力みたいなのが怖いから、だったりもする。
例えばはてなブックマークで罵倒されたり、なんてことも実際あるわけだけれども、ブックマークを利用できる状況があると、なんか返答しなきゃいけなかったりする(返答しないことを捉えて、それはそれで意思の表明だ、みたいな解釈をするひともじっさいけっこういるわけなので)。うっかりするとIDコールなんかかけられたりして(罵倒されて気分がいいはずはなくて、そりゃこちらにも言い分はあって。でもまぁしかたないか、とか思ってるときに見解とか求められたらたまらない)。

だいたいここでニセ科学について論じているエントリについては、突っ込みやすい要素がどっさりあるはず。それはそう云う文体を採用していることもある(それしかできない、と云う話もあるけど)。でも、例えばはてなで見られるような「ニセ科学批判批判」を回避しようとしたら、ぼくの力量では読んでもらいたいひとに読んでもらえない、風通しの悪い文章にしかならない。それでは目的にそぐわない。
ニセ科学批判批判は重要だと思うし、意義のある指摘には誠実に対応したいと思う。なによりも、自分自身が言葉を継いでいくために。でも、その対応の意義を自分で判断し、自分の行動を選択する自由はいくらかでも確保しておきたい。
もちろんウェブはつながりであるので、発言の自由・選択の自由は完全なものにはなりえない。このことはわきまえたうえで。

議論において自分の取りうるスタンスの自由度を最大限に確保しておいて、同時に相手のそれを可能な限り奪う、と云うのは重要な技巧なのだと思う。そう云う技術に長けた論者もおおぜいいらっしゃる。
でもそこに主眼を置くと、ぼくにはたぶん自分の目的に合致した発話ができない。腰抜けと云われればそうなのだけど、まぁ仕方がない。

逆に例えばここははてなではないので、はてなユーザの発言に言及したりしたとき、言及されたはてなユーザからすると黙殺しやすい、と云うメリットもある。たいていぼくの言及なんか黙殺されてもかまわないようなものだし(言及先本人より、やっぱりROMに向けて書いているわけだし)、はてなにいらっしゃるような議論巧者の方々にはぼくなんか到底及ばないので、黙殺してくれれば消耗が抑えられる。いや、黙殺されるより誠実な反応があったほうが嬉しいのはもちろんだけど、そこを期待するとひどく失望する結果になることが珍しくないのであまり期待しないようにしていたり。

ただ、例えばニセ科学みたいなテーマに感度が低い場所でやっているデメリットももちろんあって。ここの場合は、はてなユーザみたいな層にはあんまり読まれない、みたいな難点もある。ブックマークもほとんどつかないし(いや、実際のところ読まれない原因は書いていることの質にあるんだろうから、これはただの言い訳だけど)。

いろいろ考慮すべきことがあって、難しいのだった。結論なし。
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TAKESAN

今日は。

何か、眩しくていい感じです。何となくノスタルジィ。

とっつきやすさとか見やすさは、結構考えますよね。文体もそうだし、外観的デザインもそうですね。
私はしばらくケロロで続けたいと思ってます。新作のケロロテンプレートが出て欲しい…。
by TAKESAN (2009-02-22 15:10) 

pooh

> TAKESANさん

なんか白すぎて目にしみるような感じもします。なんか夏場のハレーションっぽい。
リンクテキストも見分けづらいなぁ。お褒めいただいて恐縮ですけど、あとでまた替えてみよう。
by pooh (2009-02-22 15:49) 

OSATO

あ、びっくりした(^^;)。一瞬別な所かと思いましたよ。
でも、こうしてイメージが変わると、何となくもの言いの印象も変わる様な気がしますね。知らない人にとってはとっつきやすくなったんじゃないですか? やはり第一印象というのは大事ですからね。
僕もそろそろ開設を考えているんですが、見た目のデザインの部分で止まっています。
by OSATO (2009-02-23 00:39) 

田部勝也

poohさんのおっしゃる通り、「コアな議論はそれに適したところで進めてもらって」という意識はますます重要になってくる――という事なんでしょうね。「コアな議論」の程度も含めて。
個人的には、「ニセ科学批判者」の看板を負わされた時点で(レッテル貼られて批判批判の人たちが群がってくる立場になった時点で)、「肝心の、“まだニセ科学にそれほどハマってないけど、キケンと隣り合わせにいる”という一般の人たち」に声を届ける人ではなくなってる気もしないでもなくて。
「肝心の、“まだニセ科学にそれほどハマってないけど、キケンと隣り合わせにいる”という一般の人たち」に声を届ける人たちが安心して声を届けるために、「“まだニセ科学にそれほどハマってないけど、キケンと隣り合わせにいる”という一般の人たち」に声を届ける人たちに声を届ける人――という立場というか……。
――もちろん、1人の人間が常に「コアな議論」をする「ニセ科学批判者」であるわけはなくて、1人の人間が、あるときは「ニセ科学批判者」であり、あるときは「“まだニセ科学にそれほどハマってないけど、キケンと隣り合わせにいる”という一般の人たち」に声を届ける人であるわけですけど、そのへんの立ち位置の意識は持っておこう――という自戒を新たにしました。陳腐な感想文を垂れ流すだけになってしまって申し訳ありませんが。

余談ですけど、「ニセ科学批判者」の活動がネット上の言動だけで評価される傾向が強まっている気がするのは、気になると言えば気になりますね。そんなわけで、リアルな日常生活で自分がどんな事をしているのか、いま、ちょっと少しずつまとめています。
どこの誰かも知らない会った事も会う事もない人と、リアルに毎日顔を付き合わせて一緒に笑ったり悩んだりしている人たちと、同じように接しているわけがないわけで、後者の生活に即して役立つ情報を、私は積極的に提供できる人になりたいなぁ……とか、思い始めています。
by 田部勝也 (2009-02-23 00:45) 

pooh

> OSATOさん

それでもこれはこれで問題がないわけじゃなくて。主要なものでは(1)うちの場合トップページは個々のエントリの目次なので、エントリ同士の区分がはっきりしなくて使いづらい、(2)2カラム構成で記事本文を広く取っているので、白さで目が疲れる、みたいな。
レンタルブログのメリットとしてスキン交換が簡単なので、しばらくあれこれやってみるかも。

> 僕もそろそろ開設を考えている

おお。
開設してから考える、と云うのでもいいのでは。
by pooh (2009-02-23 07:45) 

pooh

> 田部勝也さん

> 「ニセ科学批判者」の看板を負わされた時点で

これ、難しいじゃないですか。自分で背負うものじゃないんで。
まぁ、うちはまだ「批判批判者」はあんまりお越しにならないですけど、それはそれでいいことなのかどうか(読まれていない、と云うことの裏返しでもあるので)。

> 立ち位置の意識は持っておこう

ニセ科学周辺にかぎらず、たぶん一般論としてそのへんの意識は発言にあたって必要になるもののようにも思います。これは「誠実さ」の議論にもたぶんつながってくる。

> 「ニセ科学批判者」の活動がネット上の言動だけで評価される傾向が強まっている気がする

まぁ、ネット以外になかなか活動の場所が得づらい、と云うのもありますよね。ぼくがテレビに出て発言するなんて無理だし、あんまり意味ないし。
ぼくは「置いておく」ことができることのせいぜいかな、とか思ってあれこれ書いたりしています。
by pooh (2009-02-23 07:50) 

lets_skeptic

 はてなダイアリーでは、面倒な話に細かい説明をしなくても主題を汲んで補足をしてくれる人がいたりするので、楽な面もあります。文章のスタンスとは別で、自分の勉強のためとか、自省のためとか、そういう意味でのエントリの方が多いんですけどね。本当は。

 たまには「ホメオパシーFAQ」みたいな、普通の人でも読める(かもしれない)ものを発信していきたいなと思います。コアな議論があってこそFAQの深みも出るんだろうと考えています。
by lets_skeptic (2009-02-23 13:13) 

田部勝也

>lets_skepticさん「コアな議論があってこそFAQの深みも出るんだろうと考えています」

ちょっと前にフィクション作品について友人と話をしていて、「物語に使われない設定まで細かくしっかりと練り込んである事の大切さ」という話題で盛り上がりました。直感的に考えると、描かれない部分がどうであろうと作品の出来とは関係ないはずなんですけど、やっぱりその作品の厚みというか深みというか説得力というか、そういうモノに少なくない影響を与えている気がする……という話です。
教員をしていると、「1を教えるには10知っていなければならない――というよりむしろ、切実な実感として、10知っていて、やっと1教えられる」という事を嫌と言うほど痛感します。

「“まだニセ科学にそれほどハマってないけど、キケンと隣り合わせにいる”という一般の人たち」に声を届けるのにも、多かれ少なかれ、当てはまるような気がします。
――という事は、「“まだニセ科学にそれほどハマってないけど、キケンと隣り合わせにいる”という一般の人たち」に声を届ける人に声を届けるには、単純計算で100知っていなければならない……という事になりますよね。
そして、100知ってる人が1を――むしろ1だけを――届けるのは、またそれはそれで難しい事で。

ニセ科学批判批判者にいろいろ「教示」を頂いてる「ニセ科学批判者」ですけど、常日頃からいろいろ考えてる事はあるんですよね……って事で(苦笑)。


余談ですけど、私には白が強すぎて眩しいです。
by 田部勝也 (2009-02-23 19:37) 

pooh

> lets_skepticさん

いや、はてなのいい面ももちろんたくさんあるんですよ。ユーザ層的にも、はてなで発信をしていく固有の意義はもちろんある。逆に、ここみたいにSo-net blogでやっていくことのデメリットもあるわけです(けっこうたくさん)。そのあたり、スタンスですよね。ぼくの場合ここでやってきたのでこう云うスタンスになった、と云う部分もあるのかも。

自陣から発信する、と云うことの意味合いが、ぼくとlets_skepticさんではいくぶん違っています(このことについては何度かお話ししたことがあるので、認識が共有できていると思っています。ついでに云うと、ぼくのスタンスにlets_skepticさんが元来あまり肯定的ではない、と云うこともちゃんと念頭にあります)。なので、書かれるエントリの質もまるっきり違う。その意味で、lets_skepticさんのはてなの使い方は(へんな云い方で恐縮ですけど)適切なんだろうな、みたいに思いますし、逆にぼくにはそれはできないだろうな、みたいにも思います。
by pooh (2009-02-23 22:05) 

pooh

> 田部勝也さん

菊池さんや天羽さん、左巻さんなんかの場所を念頭に置くと、ここはある程度意図的に周縁部にいる、と云うのはあって。それは発話のポジションもそうだし、正直中心的な議論の場所で「そんな話はしていられない」みたいなところを拾っていく場所、みたいなのが当初の意識でした。そのあたりの原則にそれほど忠実にふるまおうとしている、と云うわけじゃないですけど。
だからおなじことを何度も云うし、けっこう最初の最初から話を始める、と云うことにもなるわけです。結果的にそのへんで馬鹿にされたり侮られたりするわけですが、それはまぁ仕方がない。わかってやっているので。
あと(こんな言い訳はいらないとは思いますが)もちろんコアな議論の重要性を軽視しているわけではないです。ぼくが登場する必要のないところにはあまり登場しないようにしている(でも議論の果実は頂戴する)みたいな感じですね。

> 100知ってる人が1を——むしろ1だけを——届けるのは、またそれはそれで難しい事で。

でも、1だけでも届けば冥加だったり。

> 私には白が強すぎて眩しいです。

そうですよねぇ。替えてみます。
by pooh (2009-02-23 22:09) 

pooh

替えてみた。

…なんかピチカート・ファイブとか連想するなこれ。
by pooh (2009-02-23 22:13) 

OSATO

変えたの見た第一印象は、
「何じゃこりゃ?」
です(^^;)。
本文はすごく見やすくなりましたが…う~ん。
by OSATO (2009-02-24 00:50) 

pooh

> OSATOさん

そんなふうに云われるだろうなぁ、とは思ってました(^^;。

テキストが黒で、リンクテキストが青系で、と考えた場合、文字の背景に敷ける色は無彩色か黄色・オレンジ・ベージュ系、もしくはそのあたりのテクスチャに収束しちゃうんですよね。
by pooh (2009-02-24 07:38) 

pooh

どこがと云うわけじゃないけどさすがに違うなみたいに感じたので、スキンを入れ替えてみる。
by pooh (2009-02-24 22:17) 

田部勝也

>poohさん「替えてみた」

あぁ、なんか文句ばっかですんません。私にとっては、今の状態は本当に良い感じです。

ところで、色覚の問題を考えるボランティアグループ『ぱすてる』のホームページ(↓)
http://www.pastel.gr.jp/index.html
のなかに「見え方の特徴」(↓)
http://www.pastel.gr.jp/weare/miekata.htm
というページがあって、「間違えやすい色の組み合わせ」が紹介されています。自分の事を棚に上げてこんな事を言ってるのは、読んでもらいたいモノは、できるだけたくさんの人に読んでもらいたいからで、別に誰も読まんで良いようなものは、どうでも良い(苦笑)。
by 田部勝也 (2009-02-24 23:55) 

TAKESAN

今晩は。

このデザインは、イイですね。

いや、一つ前のはぶっちゃけ、背景の円に目が引き寄せられてしまって、さらに、サイドバーの最近のコメント欄のテキストが見にくかったのでした。
換えた後だから言えます(笑)←既製のテンプレートから選ぶのが難しいのは、私もよく解るので、あれが見にくい、これが見にくい、とはなかなか言えないのです
by TAKESAN (2009-02-25 03:07) 

pooh

> 田部勝也さん

いや、正直面白がってやっている部分もあります(^^;。

リンクテキストは青系、と云う原則を重んじると、ウェブサイトの配色は意外と自由度が少ないんですよねぇ。
by pooh (2009-02-25 07:36) 

pooh

> TAKESANさん

しばらくこれで廻してみます。
どうしても気になるのは、リンクテキストの色とサイドバーの項目タイトルの色がよく似ている部分で(タイトルはリンクテキストではないので)。
なんかどんどん元のデザインが意外とよかった、と云う気がしてきました。そのうち戻すかも、です(一瞬またケロロに化身してみるのもいいかも)。
by pooh (2009-02-25 07:38) 

技術開発者

こんにちは、皆さん。

過去に何度か「防衛戦」論を書いたことがあります。ニセ科学批判というのは「負け戦から始めている」ものという認識ですね。ボーっとしている間に、国土の色んな所に敵軍の侵入を許してしまい、放っておくと首都すら危うい状態の中で、首都からわずかな兵力が出ていっては、抵抗戦をしているという状況認識が私なんかはあるわけです。だからこそ、「科学主義の侵略だ」みたいなニセ科学批判批判に「冗談じゃないよ」と言うし、「もっとうまい戦い方をしろ」にも「相手に言ってくれ」みたいな気分があるのね。防衛戦なんて、政略・戦略的に負けた後の戦いだからね、何一つ選べるものなんてありゃしないんですよ。

余談だけど負け戦論をしていたら誰かが「今に首都は船の上に移るってか」なんていうから、「文天祥が皇帝かついでね」なんて答えたんだけどね。こういう話ができる仲間がいるというのはステキなことだったりします。

by 技術開発者 (2009-02-25 08:25) 

ちがやまる

負け戦と言われると、タイミング的に映画 "Che" を思い出したり。
また唐突にルグウィンの短編(Otter)を思い出して、欠乏と弾圧のもとでも人のつながりのありうることへの希望、そこに何らかの寄与のできる可能性を想像している人が米国市民にも確かにいるんだな、と思ったり。

私も感想に参加させてください。文字の背景が白い時のタイトルの画像は、「中村線」を思い出させるものでした。柑橘系のは、"Blog is Cool" と書いてありましたが本当は "Sour" と言いたかったのかな、という気がしました。今のは赤褐色の液体が何かが問題ですね。一見フレバリーティーのようにも見えますが、poohさんのことですから、きっとリキュールとかブランデーとかの類いなんですよ。
by ちがやまる (2009-02-25 15:27) 

pooh

> 技術開発者さん

> 政略・戦略的に負けた後の戦いだからね、何一つ選べるものなんてありゃしないんですよ。

そうなんですよね。元来、負け戦なんです。ただ、いかに撤退戦にしないか、みたいな。
兵力も極端に限られているし、ぼくみたいな民兵もけっこういるし、みたいな感じで、組織化も難しい。独立部隊によるゲリラ戦、みたいになっているのは、一面しかたない部分もあるんですよね(その形式じゃないと参加できない民兵とか、支援者とか、もいるわけで。なので中枢に統括されていない、と云うことによるメリットももちろんある)。

> 「文天祥が皇帝かついでね」

あわわ、この話題はぼくには乗れません(調べちゃった)。

どこから話を始める、と云うのにはやっぱり状況による違いがあると思うんですよ。上でlets_skepticさんがおっしゃってるみたいに、最初から話を始めなくてもいい、と云う場では、なんと云うか経済的に議論を進めることが可能になる、と云う大きなメリットがあります。逆に、その議論はメタな方向に向かいやすい傾向もあるのかも、とか思います。
でも、ぼくは基本的に最初から話を始めます。そう云うことかと。
by pooh (2009-02-25 22:26) 

pooh

> ちがやまるさん

> 映画 "Che" を思い出したり。

あぁ、それはぼくには禁句です。まずい連想にしかつながらない。

> 中村線

この路線は知らなかったです。でもおっしゃることはわかるような。
夏休みな感じはよかったんですが、いかんせんまぶしすぎでした。

> 柑橘系

なんと云うか小西康陽系統を連想させて悪くなかったんですけど、TAKESANさんご指摘のような問題点も気になって。それに、どうにもやっぱり、えと、似合わなかった(^^;。

> リキュールとかブランデーとかの類いなんですよ。

いちおう「ティータイム」って云うスキンなんですけどね。
そうか。そうだったのか。そのほうがいいな。色目的にはロッソのベルモットあたりでしょうか。
by pooh (2009-02-25 22:38) 

技術開発者

こんにちは、 pooh さん。

>なので中枢に統括されていない、と云うことによるメリットももちろんある)。

中枢統括されていても不自由なことは同じですね。防衛戦というのは「攻め方」の決定権は相手方にあるんです。こちらには「守るか」「捨てるか」の決定権しかない。例えば国が武力侵攻を受けるときに、空爆されるか、地上部隊が侵入するかの決定権は守る側には無いんですね。空爆の規模や地上部隊の兵力構成も決定権は責める側にあるのであって、守る側には無い訳です。空から攻撃されれば、どんなに乏しかろうと地対空ミサイルや迎撃機で迎えるしかないし、地上部隊がやってきたら得意だろうが下手だろうが地上戦をやるしかない。国に幾つかの地域があって、どこに責めこむかの決定権は責める側にあって、守る側には無いわけです。その地域が戦いに向こうが向くまいが「捨てる」と決定しなければそこで戦うしか無いのが防衛戦です。

ニセ科学が社会に浸透すると言うときに、「環境系」「健康系」「教育系」なんて攻め口があったとして、どこに新たなニセ科学が導入されるかを決定する権利は我々にはありません。まったくのヨタ話で話を構成して浸透させるか、わずかな影響を針小棒大に画期的と言う話に構成して浸透させるかの決定権もニセ科学を言いふらす側にあるのであって、我々には決定権は無いんです。環境系に針小棒大型の戦力で浸透されれば「そんなわずかな影響にたよっては環境が守れないよ」と反撃し、教育系にヨタ話で浸透されれば「このヨタ話で育った子供は将来大丈夫ですかね」と反撃する。それくらいしか自由度が残されていない訳です。前にも書いたみたいな「嘘はどんな話とも結びつくことができるが、真実は一つしか言えない」なんて不自由さもあるんですね。

なんとなく、船に乗る日も近い気がしてきた(笑)。というか、書いていて、それでも仰ぐ旗を変えるという発想が湧いてこない自分が不思議だ(笑)。

by 技術開発者 (2009-02-26 09:09) 

pooh

> 技術開発者さん

まぁ、技術開発者さんは直接侵攻を受けている立場ですからね(そこにしか視点をお持ちではない、と云うわけではないのはもちろん承知していますけれど)。
ぼくみたいな民兵とは、視点に若干の違いはあるのかも。ただ、民兵や草の根の支援者を増やす、と云うことについては当然考える必要はあるのかな、とも思います(上のちがやまるさんのたとえともつながります)。なによりもまず「そこは観客席ではないよ」と云うのを伝えたい。

> それでも仰ぐ旗を変えるという発想が湧いてこない

旗印の意義をどう捉えているか、と云う話になるのかと。で、これって(現時点では)どうしても個々人に還元される話なのかな、と云う気もします。
by pooh (2009-02-26 22:09) 

技術開発者

こんにちは、poohさん。

>ぼくみたいな民兵とは、視点に若干の違いはあるのかも。

そうですね。私の場合、中小企業とかの技術相談に乗っている部署とかOBから「最近、トンデモな話に乗り気になった会社からの相談が多くて、相談者が信じ込んでいるので『そんなの商品化しても評判を落とすだけだよ』と言っても聞いてくれなくて困る」なんて情報が入ってくる面があるんですね。

>ただ、民兵や草の根の支援者を増やす、と云うことについては当然考える必要はあるのかな、とも思います

実のところ「負け戦」の場合、「勝ち馬に乗りたがる心理」というのは軽視してはならないんですね。これは「沈黙のスパイラル」論でよく言われるんだけど、トンデモな勢力でもある程度の勢いで伸びていると、群衆の間に「勝ち馬に乗りたがる心理」が働いて一気に大勢力になるという事なんです。我々がやっているのは「負け戦」だから、この心理が働くのは相手側、つまりニセ科学を言いふらす側に賛同者や支援者が集まりやすいという現実があるわけです。

例えば、血液型性格診断のTVでの扱いでも、出演した専門家が明確に否定しているのに他の出演者が「でも、あるよね」とこだわったり、ナレーターが「楽しむ程度にした方がよい」なんていうのは、TVの視聴者全体に「勝ち馬」であるところの「血液型と性格は相関する」に対して「乗りたがる心理」が働いているためなのね。

この「勝ち馬に乗りたがる心理」というのをきちんと組み入れて考えないと、「なんで、これだけハッキリしているのに賛同者が少ないんだろう、自分たちのやり方に問題があるのかな」になってしまう面があります。私に言わせると、もともと我々は「負け馬」ですから「乗りたがる者が少なくて当然」なんですね。その前提で見ると、驚くほど多くの義勇軍も集まっているし、シンパもいる訳です。つまり、「戦い方」としては問題は少ないんですね。この前提を考えずに「戦い方」を変えたりしていると、本当に「政府は地上にはなくて船の上にある」に成りかねないんです。

by 技術開発者 (2009-02-27 08:17) 

どらねこ

 はじめまして、どらねこと申します。
 はてなIDは取得しつつも、あえて過疎っている場所で書いているもので、「結論無し」に共感するところがありました。
 共感すると言っても、自分の場合は、脆弱な精神なので、一度折れてしまったら立ち直ることが出来ないかもという、情けない理由と、議論に参加してしまうと、リソースのすべてをそちらにつぎ込まないと対応出来なくなるであろう、能力不足という、これまた更に情けない理由です。
 ニセ科学批判、批判批判などの言葉をほとんど知らない、あるいは意識しない人が書き込んでもらえるようなページを作りたいんですよね。難しいけれど。
 自分の事ばっかり書いてスミマセン。

>いろいろ考慮すべきことがあって、難しいのだった。

 そうなのです。参考になりました。
 お礼を言いたかったのです、私は。
by どらねこ (2009-02-27 22:05) 

pooh

> 技術開発者さん

> 我々は「負け馬」ですから「乗りたがる者が少なくて当然」

それはまぁそうですよねぇ。優越感が云々、とか云う批判をくださる方は、どのあたりを見ておっしゃってるのだか。

> 「戦い方」としては問題は少ないんですね。

まぁでも戦い方は(戦術レベルでも)考えていくわけです。ここみたいな場所で、そう云うことをしていくのは適切だと思っています。
by pooh (2009-02-27 22:07) 

pooh

> どらねこさん

いらっしゃいませ。ときおりそちらは拝読させていただいてます。

割けるリソース、と云うものには限りがあるんですよね。で、ニセ科学に触れているとふつうはもらわないような罵声ももらうことになるので、けっこうな痛手もあったりして。

コアな議論ももちろん重要です。でも、誰に読んでほしいか、と云うと、それはひとそれぞれの動機や立ち位置で違ってくる。で、方法も違ってくるんです。
明確に有効な方法は、ないんです。Try&Errorしかない。Errorを云い立ててTryへの筋道ひとつ示さないひとたちの罵声を受けながら、ですけどね。

できる範囲で、できる程度にやっていきましょう。
by pooh (2009-02-27 22:17) 

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