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やっぱり不思議 [よしなしごと]

メカAGさんの多くの疑似科学批判はどこを間違えているか : 疑似科学ニュース と云うエントリ(と呼んでいいのかなasks.jpの場合)を読んで、不思議に思ったこと。

疑似科学や宗教の問題点というのは非科学的な部分にあるのではなく思想的な部分にある。にもかかわらず多くの疑似科学批判は思想の部分に切り込むのを避ける。
まぁここみたいな辺境ブログの存在をご存じないのは当然としても、Googleに「ニセ科学」と放り込むと最初に出てくる菊池教授のニセ科学入門は3年半近く前のテキストだし(ここの8章および9章でなにについて書かれているのか、を読み取るのは難しいこととは思えない)、天羽准教授のニセ科学を問題にするとはどういうことかと云うテキストも存在する。どちらも、インターネットと云うデバイスを使用できる環境にある以上アクセスが困難な情報ではない。

どんなものを読むと、思想の部分に切り込むのを避けると云う印象が形成されるんだろう。与える印象と実情の相違、と云うのはどのあたりから生まれてくるんだろうな。
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pooh

あ、環境を変えると「ニセ科学入門」は最初に出てこないや。
Google先生の機能はよくわからない。
by pooh (2009-08-21 23:09) 

メカ

俺は2つのブログの愛読者だよ。で、どうしてあなたが述べたような結論になるのか俺には理解できないのだが、おそらく「思想の部分に切り込む」ということが何を意味しているのかという点で俺とあなたでは認識が違うのだろう。
by メカ (2009-08-21 23:45) 

 apj

 しかし、メカさんが考えている「思想の部分に切り込む」どういうことなのか、引用元のテクストを読んでもはっきりしない。
 それで認識が違うと言われても、じゃあ説明してください、としかならない。

 「思想の部分に切り込む」のなら科学者じゃなくたってできるし、文系のどこかの分野の人の方が得意かもしれない。「思想の部分に切り込む」ことのニーズを呈示できれば、科学以外の分野の人にもっと入ってもらえるかもしれない。

 そんなわけで「思想の部分に切り込む」の具体的内容について追加説明がほしいところなんだけど……。
by apj (2009-08-22 01:06) 

huwahuwamohumohu

「思想」を信条、主義、スタンスという意味に広げれば、批判的思考や科学的懐疑主義は思想の一種ですよね。そして疑似科学批判を行っている人たちは、議論の端々で、あるいはまとまったエントリとして懐疑主義について述べているのではないでしょうか。ただ懐疑主義的な考え方はとても一般的なので何度も繰り返すような内容ではなく、疑似科学批判の議論の中心はどうしても個別の主張の問題を逐一指摘するという形になりがちかもしれない。その結果、科学的懐疑主義のような「思想」そのものは人々に伝わりにくくなるのかも知れませんが。

疑似科学批判の声が決して届かないビリーバーは確かにいますよね。科学的妥当性や主張の信頼性は全く気にしない人たち。もし全ての人が筋金入りのビリーバーだったら疑似科学批判は無意味かもしれない。それどころか、懐疑主義を伝えることも無意味だろうし、科学の授業自体も無駄かもしれない。でも決してそんなことはないですよね。ある面ではビリーバーな人も別の面では多少は懐疑主義的だろうし、超自然的な主張に科学的な裏付けをほしがっている人たちもいます。個別の批判がベストではないとは言えても、意味がないとは言えないのではないでしょうか。

個人的には、懐疑主義や批判的思考をたまにまとめて論じて、普段は個別の詳細な批判を行うという現在の疑似科学批判者のスタンスはベターだと思います。というか、それよりも優れたアプローチの代案が思いつかないし、疑似科学批判批判の側から提示されたこともないと思います。小中学校の理科の授業でセーガンやシャーマーあたりを必読図書にするとか、教育行政レベルではできることがたくさんありそうですが。
by huwahuwamohumohu (2009-08-22 01:37) 

メカ

> apj

> それで認識が違うと言われても、じゃあ説明してください、としかならない。

それは機会があればまたasksで書く。

> 科学者じゃなくたってできるし

その発想が自己目的化しているってことなんだよ。目的は疑似科学の被害を減らすことのはず。そのためにもっとも有効な手段を選ぶべき。それなのにあなたの発想は「科学者としては何が出来るか?」という話だよね。いくら「それぞれ人は自分が出来ることをやるべきだ」とは言っても、効果が乏しいことをやるのは自己満足でしかない。

> huwahuwamohumohu
> 懐疑主義的な考え方

懐疑主義の視点というのは疑似科学を批判している側のイデオロギーであり、それは相手(疑似科学側)のイデオロギーに切り込んでいるわけではない。

たとえていえば、キリスト教とイスラム教の教えを懐疑主義的に批判するならば、それぞれの教典の非科学的な部分や論理的な矛盾を指摘することになるんじゃない?俺が言うところの「思想に切り込む」というのは、イスラム教とキリスト教はどちらが人間のためになるか?とか、それぞれの教義を道修正すればよりよい宗教になるか?ということを考えるということだよ。

あくまで喩えの話だけれど、イスラム教が有害だと仮定しよう。その場合害をもたらしているのはたとえば自爆テロなどを助長する思想が教義のどこかに含まれているからかもしれない。その場合その部分を取り除くなり修正するなりすることが、無害化する唯一の方法だ。

キリスト教も同じこと。キリスト教徒が何らかの社会問題を起こしているなら、その教典の内容のどこかに原因があるはず。それに対していくら聖書の非科学的な部分を指摘して「キリスト教は疑似科学だ」と批判しても、意味ないよね?





by メカ (2009-08-22 02:00) 

TAKESAN

よく思う事なのですが、ある活動なりについて、
▼引   用▼
何の成果も何の意味もない。
▲引用終わり▲
とか
▼引   用▼
何ら貢献しないことだろう。
▲引用終わり▲
(いずれも言及先より引用)
よく平気でこんな類の主張が出来るよなあ、と。

あれは間違っていて何も貢献しない。こうすべきだ。と言うって事は、「こうすべきだ」と主張しているものが正しいと確信しているのを意味する訳ですが、ではその確信の根拠は、と思って見てみると、どこにもそれらしきものは書かれていないですね。

こうすべきだ、と言っているのに、「そうしてみた」結果どうなったか、を書いていないので、説得力は皆無でしょう。現行の活動を否定しながら自身の主張の妥当さをうったえる、というその意見の強さに比して、あまりにも論拠が脆弱です。

「思う」のレベルでどんどん論を進められても、というのが率直な感想です。
by TAKESAN (2009-08-22 02:32) 

TAKESAN

あ、論拠が脆弱、以前に、そもそも何を言っているのか、言いたいのかがほとんど判然としない、というのがあります。
by TAKESAN (2009-08-22 02:35) 

黒猫亭

それ以前に、

>>菊池教授のニセ科学入門は3年半近く前のテキストだし(ここの8章および9章でなにについて書かれているのか、を読み取るのは難しいこととは思えない)、天羽准教授のニセ科学を問題にするとはどういうことかと云うテキストも存在する。

ここがスルーされているのが気になりますね。ここを踏まえれば、そもそもこう謂う議論が必要かどうかがハッキリすると思いますが。
by 黒猫亭 (2009-08-22 02:56) 

メカ

> TAKESAN

あなたの話はなんかすごい基礎的なダブルスタンダードにみえるよ。じゃあ、あなたが現在行っている疑似科学批判が成果を上げている証明とかできるの?

それに「そうしてみた結果」がないとダメというなら、新たなことは一切認めないということだよね。そもそも最初に疑似科学批判を始めた人は前例も実績もないのにどうやって正当化するのか。

このような詭弁を使う人に疑似科学を批判する資格があるのだろうか?と思ってしまう。
by メカ (2009-08-22 02:56) 

メカ

> 黒猫亭

> 必要かどうかがハッキリすると思いますが。

そんなに簡単にハッキリするというなら、それを使って俺の話に反論なりしてほしいものだね。あなたの方が論点がわかってないとしか思えない。分かっているというなら的確に説明し尽くせるはず。
by メカ (2009-08-22 03:00) 

黒猫亭

>メカさん

多分、今説明すべき順番はそっちに廻っています。と謂うか、メカさんはこれまで求められた説明に何一つ答えていませんよ。
by 黒猫亭 (2009-08-22 03:14) 

pooh

> メカさん

いらっしゃいませ。管理人のpoohです。

> あくまで喩えの話だけれど

おっしゃる結論に至った、たとえではなくてもっと具体的な考察の過程を示していただけるとありがたいです。

> 的確に説明し尽くせるはず

説明責任は相手にだけあるものではありません。
by pooh (2009-08-22 05:23) 

pooh

> huwahuwamohumohuさん

いらっしゃいませ。

いずれにせよ、メカさんによるもう少し具体的な説明を待たないと、議論は先には進まない、と云うように思います。
by pooh (2009-08-22 05:27) 

pooh

> みなさま

いずれにせよメカさんはそうとう強い主張をされています。
主張の強さに伴うだけの観察範囲や論拠をお持ちだろうと思うので、それが提示されるのを待ちましょう。
by pooh (2009-08-22 05:33) 

zorori

以前から、多くの人が言っているし、私もそう思っていることは、「ニセ科学批判は、社会的(道徳、企業倫理など)な行為であり、科学の世界の活動ではない」ということがありますね。

科学の世界では「ニセ科学」は間違いということで簡単に決着がついていることで、ほとんど誰も相手にしていませんね。ところが、そんなものが社会にはびこり、金儲けの種になったり、被害者を出したりしているという現実があります。これを何とかしようというのがニセ科学批判だと思います。科学者も科学だけやっているんじゃなくて、社会的なことも考えるべきだみたいな。

それで、その方法の一つとして、科学的間違いを指摘するというのがあるだけですね。これは間違いだと知らない一般人がいるからであって、そういう人向けに情報発信しているのですね。ニセ科学提唱者が指摘を受け入れ改善するなんてことはほとんど期待などできませんから。

あるいは、倫理や道徳について踏み込んで批判することもあります。「水伝」の教育への悪影響とか、「ウソ」の問題とか、健康や経済的被害問題とかいろいろあるんですけどね。




by zorori (2009-08-22 07:12) 

zorori

poohさんの捌きに従い、メカさんからの具体的なニセ科学批判の観察に基づいた論拠を待つことにしますが、待つ間に私の方から具体的な批判の例をだします。といっても「ニセ科学批判」ではなくて、「宗教批判」です。

ドーキンスはキリスト教が社会的な問題を起こしているとして、その教典や布教方法の問題点を指摘しています。しかし、非科学的なニセ科学だと批判しているのではありませんね。キリスト教に非科学的な部分があっても、一部の極端な宗派をのぞき、それが問題の原因ではないからです。

一方、日本のニセ科学批判者でそういう批判をしている人は私は知りません。(多分いるかもしれません)例えば、「インチキ浄水器」などが批判されますが、これが社会的問題を引き起こすのは、浄水効果があるというのが科学的にはウソだからです。だから、そういう方面に詳しい科学者が批判しているわけです。歴史的事実を曲げて流布する輩に対しては歴史学者が批判するでしょうし、経済犯罪には経済学者が批判するのが適任でしょう。(そうでなければならないというわけではありませんが)

社会的問題のフィールドは歴史、経済、教育、などいろいろあって、それぞれに批判活動があります。科学にかんする場合がニセ科学批判と呼ばれているだけじゃないかと。「水伝」などは自然科学だけでなく、いろんな分野からの批判がありえます。たまたま「ニセ道徳批判」とか「ニセ言語学批判」という用語がないというだけで。
by zorori (2009-08-22 07:48) 

pooh

> zororiさん

> 以前から、多くの人が言っているし

ぼくもそう云う認識なんですよ。と云うか、ニセ科学に対してなんらかもの申そう、と云うひとが、そう云う認識をしていないことが不思議だなぁ、みたいな感じです。

とは云えどうやら、メカさんのおっしゃりたいことはそのあたりにはないようです。
じゃあどのあたりにあるのか、と云うのは現時点ではよくわからないんですが、まさかこう云うことではないはずだよなぁ、と思いたい。
http://www39.atwiki.jp/cactus2/pages/13.html#id_346a758f
by pooh (2009-08-22 07:49) 

pooh

あ、コメントのタイミングがかぶった。

> zororiさん

例えば、kikulogのこのエントリなんて、もう4年近く前に書かれたものですよね。愛読者を自称されるのなら当然踏まえていらっしゃるはず。
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1131020708

自然科学者がアプローチするのは自然科学からの切り口が最適、餅は餅屋、と云うお話なんですよね。ニセ科学の問題はひとえに自然科学だけの問題ではないし(個別のニセ科学で問題を生じさせる領域も相違はあるし)、切り口は複数あって当然で。問題意識としては共有していても、別の切り口からは別の人間がやるほうが有効なアプローチが可能だったりする訳で。

ここのサイドバー常駐リンクとかぶりますが、じっさい以前からこう云うものは存在しているわけです。ほかにも多数ありますよね。

中国文学者による、「芸術」と云う切り口からの批判
http://puzhai.cocolog-nifty.com/zazhi/2007/02/post_f593.html

言語学者による批判
http://d.hatena.ne.jp/dlit/20070521/1179748496

あと、「成果」と云うものをどう捉えるか、と云う部分もありますよね。ここも提示していただかないと、議論は始まらないかと。
by pooh (2009-08-22 08:13) 

TAKESAN

お早うございます。

poohさんの仰るように、論拠を出されるのを私も待ちたいと思います。

しかし、私が「意見の強さに比して」論拠が脆弱、などの書き方をしているにも拘らず(当然ですがこれは、「新たなことは一切認めないということだよね。」(メカさん)などという反論が予想されたから、先に敢えて書いた訳です)、そこら辺は全然読んでくれていないのは、残念と言うか何と言うか、ですけれども。

いずれにしても、その内にきちんと示されるでしょうから、それに期待しております。
by TAKESAN (2009-08-22 10:55) 

pooh

> TAKESANさん

まぁきっと、メカさんにはメカさんの理路が存在するんですよ。
その理路を示さずに筋違いのたとえ話だけで自分の主張をうらづけることができる、なんて本気で考えているはずはないでしょうから(現時点でそこまでぼくはメカさんを見くびってはいません。ご自分の言説に対するそれなりの矜持も責任感もお持ちだ、と信じます)、お待ちするしかないのかな、と思います。
by pooh (2009-08-22 11:18) 

きくち

「水伝」が科学的に間違ってるなんてことは当然の前提で、かつ、この問題のもっとも易しい部分です。この部分は、本来なら議論不要なはずです。これを議論しなくてはならないのは嘆かわしい事態であると思います。

僕があのエントリーで言いたかったのは、「科学者は科学面のみ議論していればよい」and/or「科学者は科学面しか議論しないからだめ」という偏見に対する異議申し立てです。
多くの人が「科学者は人間ではない」と信じているらしいので。

「水伝」に関して僕が一番言いたいのは、「道徳を自然科学で基礎付けようとするべきではない」のほうです。

by きくち (2009-08-22 19:32) 

pooh

> きくちさん

科学者が自然科学の視点を提供するのは、なんと云うか責務、みたいなもんですよね。それは、かならずしも問題意識としてそれで充分だ、と考えていることを意味しない。
ある意味当たり前のことだと思うんですけど、でも、メカさんのような主張をされる論者は順次登場する。不思議だなぁ、と思うわけです。
by pooh (2009-08-22 20:25) 

apj

メカさん、


>その発想が自己目的化しているってことなんだよ。目的は疑似科学の被害を減らすことのはず。そのためにもっとも有効な手段を選ぶべき。それなのにあなたの発想は「科学者としては何が出来るか?」という話だよね。いくら「それぞれ人は自分が出来ることをやるべきだ」とは言っても、効果が乏しいことをやるのは自己満足でしかない。

 だから?話がずれてますよ。

 科学者がやってることの効果が乏しいってのがあなたの主張でしょ。それなら、何も科学者が何かすることに期待する必要はないし、科学者に何かを求める必要もないわけで、「効果的な手を打てる人」が「効果的な方法」をとればいいだけの話になる。
 私は「科学者としては何が出来るか?」なんて話はしてないから、あなたの誤読だよね。私は「効果的な手を打てる科学者以外の人」をどうやって説得して、実際に動いて手を打ってもらうか、という話をしてるんだけど。
by apj (2009-08-22 21:08) 

pooh

> apjさん

とりあえずメカさんには、主張されている内容の前提となる、メカさんご自身の現状認識だけでも述べていただきたいですね。
論点を示さないまま「論点がずれている」とか云ってこと足れり、とするような、矜持を欠いた論者ではないことを期待したいです。
by pooh (2009-08-22 21:38) 

きくち

責務とは思わないし、言う必要もなかったのですよ、本当は。

......................
水伝は科学的にはまったくのでたらめです。それは自明なので説明する必要はないでしょう。問題はこれが"道徳を自然科学で説明しようとする"ものであるという点です。これは、「美醜」について画一的な価値観を押し付け、また「美=善」であるとし、さらに言葉の善し悪しがあたかも文脈と無関係な普遍的性質であるかのように主張するものです。「水伝」に限らず、物質科学で道徳を基礎付けようとするのは、道徳を文化や歴史と無縁な普遍的なものと主張することであり、それはまた例外を認めない不寛容なものでもあることを理解すべきです。
..................
くらいでいいはずだったんだよ、本当は。

正直、「科学的にどう間違えているか」なんてことを詳しく議論しなければよかったと後悔したことをここで告白しておきます。「自明」にしておけばよかったと思いました。あれが混乱のもとだったんだよね。
いろいろな問題点を提起したつもりだったのだけど、「科学」の部分が多すぎて、本質的な問題が目にはいらなかったんだよね。まあ「どうおかしいか」のほうが面白いしね。

多少は学習しました。

それから、ニセ科学問題は科学の問題じゃないというのは、僕も含めて多くの人がずっと言い続けてると思うんだよ。伝わらないとすれば、言い足りないのかもしれないけど、言ってるよね。それもたくさんの人が。僕も含めて。くどいくらいに。

by きくち (2009-08-22 22:05) 

TAKA

こんばんは。
poohさんの御言葉
>論点を示さないまま「論点がずれている」とか云ってこと足れり、とするような、
>矜持を欠いた論者ではないことを期待したいです。

以下は、一読者の余談です。
その昔、山本弘さんを批判している人々の中に、「メカAGLA」と名乗る御方を見かけたことがあります。
その時の私は、メカAGLA氏の主張内容を理解することは叶わず。

もしも、メカAGさんとメカAGLA氏が同一人物ならば、この将来、poohさんとの間に幾許かの共通理解に達するのは、かなりの時間が必要(通常の三倍か?)と、私は想像する次第です。

以上、一読者の杞憂でした。恐縮です。
by TAKA (2009-08-22 22:16) 

pooh

> きくちさん

いや、やっぱり「どういんちきなのか」を示すのは必要で。そこは起点になるわけだし。で、「いんちきを騙ってまで主張したいこと、というのはどんなことなのか」と云う議論につながるので、起点はやっぱりそこなんですよ。
最近は「現代社会において科学の占める位置はどこか、それを騙ると云うことはどう云うことか」と云う点について考察を提示されているすぐれた論者もいらっしゃいます。そう云う方が出てくる基盤としても、重要な部分ではありますよね。

> 伝わらないとすれば、言い足りないのかもしれないけど、言ってるよね。

正直、けっこうみんな云ってます。ぼくなんか3年くらい云ってる。
なので不思議だなぁ、と思うわけです。さすがにニセ科学に関してなにかいまの時点で語ろうとするときに、なにを語るべきかロジックを練るにあたって、その観察範囲にそれらの言説が目に入らないわけはない、みたいに思うし。まぁ、実情を無視して云いたいことだけ云う、みたいなスタンスのひともいるのかもしれないけど、すくなくとも人前でなにか口にするにあたってそんなスタンスを取れるような厚顔なひとはあんまりいないと思うし。
by pooh (2009-08-22 22:24) 

apj

poohさん、

>論点を示さないまま「論点がずれている」とか云ってこと足れり、とするような、矜持を欠いた論者ではないことを期待したいです。

 同感です。
 現状のやり方が役立ってないというのなら、どうすりゃいいかを具体的に出してほしいですね。その部分の納得いく説明があれば、私の方は、メカさんの主張を受け入れるつもりがあるわけですから。

 被害を減らす方については、足りないかも知れないけど、現行法のもとでやれることをやってるつもりです。東京都からの相談に応じたりとか、その他の取り締まりの方から相談されたときにちゃんと応じたりとか。この問題に新たに関心を持ってくれた人の一人は、最近は、公取への告発の常連になってますし。
 インチキ宣伝業者の言い分がは通らないという実績を作るために、神戸の裁判では弁護士費用もかけて争って勝ったし。
 もっと摘発しやすくしろということなら、現行法をどう改正するか案を出して、議員さんを説得に行かなきゃならないでしょう。予算と人員を増やせといった交渉もしないといけないんだけど……。メカさんから改正案が出てくると議論しやすくなるんですけどね。

#民主党優勢が伝えられてるけど、マルチ商法の連中から献金もらったヤツは落選してもらわないと困るよなぁ。取り締まりを甘くする法案を通されたりしたらたまったもんじゃない。


きくちさん、

 学校で水伝を道徳に使う状況については、科学の部分は自明、とやっても足りたでしょうね。

 私の方は、水伝が浄水器の評価に使われる、といったものまで相手にしてたから、そっちの方向では科学の部分を外せなかったんですけど。
by apj (2009-08-22 22:29) 

pooh

> TAKAさん

いや、メカさんはご自分の認識について問われている状態ですから。共通認識に達する、達しない以前の段階です。
ご自分がなにを見て、どう認識して、どう考えて、結果ある主張をすることとなった経緯を尋ねられているだけなので、答えられないはずは絶対にないんですよね。そこから共通認識に達しうるかどうか、と云うのは、そのあとの話です。
by pooh (2009-08-22 22:33) 

pooh

> apjさん

> メカさんから改正案が出てくると議論しやすくなるんですけどね。

思想の部分にフォーカスすべき、と云う主張のようなので、法的な部分についてはあまりご提示はないかも、です。

いずれにせよ、メカさんはご自分のなかに相応の内的な切実さがあって、有用と判断した言説を提示されたのだと思うんですよ。ひとりのおとなの論者として、その部分をつまびらかにしてくださるのをお待ちしたいと思っています。
asks.jpの方は更新もされているようだし、お忙しくて返事ができない、と云う状況ではないようなんですけどね。
by pooh (2009-08-22 22:41) 

apj

TAKAさん、

 久しぶりに名前が出たので、山本弘氏のウェブサイトを見に行って、AGLA騒動の記述を漁っていたら、こんなのがありましたよ。
http://homepage3.nifty.com/hirorin/agla08.htm
--------------------------------------------------
●自分の間違いを絶対に認めない。
●平気で嘘をつく。
●相手の主張をねじ曲げる。(例:「山本弘は磁力靴は技術的に不可能だと断言した」)
●勝手に定義を発明する。(例:「スペースシャトルは宇宙船ではない」)
●「証拠を示せ」とうるさい。
●証拠を示されると逆ギレする。
●そのくせ自分は証拠を示さない。(例:「だーすとAGLAは別人である」)
●どう見ても常識ではないことを「常識」と主張する。
●論破されていないことを「論破済み」と主張する。
●議論に負けているのに「勝った」と主張する。(例:「今日も俺様大勝利」)
●比喩になっていない比喩を持ち出す。
●都合の悪い質問には答えない。
●些細なことで「プライバシーの侵害」「名誉毀損」などと針小棒大に騒ぎ立てる。
●そのくせ、自分は人を中傷することを平気で言う。
●トラブルが起きると「自分は被害者だ」と主張する。
●法律に詳しいふりをする。
●科学に詳しいふりをする。
●態度がえらそう。
●とにかくしつこい。
--------------------------------------------------
 一人でこれだけとり揃えている人はまあ滅多に居ないと思うんですけど、もしこの中のいくつかにあてはまる人がやって来たとしたら、poohさんの労力は3倍じゃ済まないと思いました。

※メカAGさんがそうだと言っているわけじゃありませんよ。あくまでも一般論としての話です。
by apj (2009-08-22 22:47) 

pooh

> apjさん

こちらにお越しのメカさんと、TAKAさんが挙げられたメカAGLA氏が同一人物か、と云うと、そこはわからないですけどね。

まぁ、かつてどうだったか、ではなくて、これからどうされるか、をぼくはお待ちします。
by pooh (2009-08-22 22:56) 

きくち

apjさん:
水伝の本質は道徳だから、科学の部分は完全スルーでもよかったんですよ。
インチキ浄水器をどうするみたいな話は「なぜインチキか」を示してあげないといけませんね。

pooh:
いやあ、「科学者は人間じゃない」と思ってる人は多いんだよ、きっと。
いずれにしても、あれはかなり消耗したしがっかりしたので、「水伝」の話をするときには、科学についてちょっとしか語りません。少なくとも、発言量に対して科学の占める比率をぐっと小さくしないと、本質が理解されないことは学習したですよ。本質が伝わらないくらいなら、語らないほうがよい。所詮、「科学」の話ではなくて「ニセ科学」の話なわけだし。あ、ポエムか。

by きくち (2009-08-22 23:13) 

pooh

> きくちさん

> 「科学者は人間じゃない」と思ってる人は多いんだよ

だいぶ脱線するけど、ニセ科学への支持めいた言説を持ち出すひとって、妙に自分の「人間性」に信頼を置いているように見える言動をすることが多いんだろう、とか思う。
科学も人間の営みなのにね。
by pooh (2009-08-23 04:51) 

mohariza

一個人の「人生の価値観」は様々で、その一個人の考え方(:価値観)を批判し、変えさせることは、なかなか難しいと思います。
特に「宗教」や「政治信条」など・・・。

「水伝」等、「似非(ニセ)科学」の分野から、一種宗教がかった<「道徳(or 真理)」まで昇華した組織>にはまった人間に対して、
信奉してしまうと、「科学論理」で説明しても、その組織の「ドグマ」から脱せないことだと思います。

「宗教」においては、<「科学的」間違い>は関係無く、「信じる<心>」が第一義で、「科学論理」での否定行為は、徒労でしか無いと感じています。

しかし、「似非(ニセ)科学」において「科学的事実」と称する「ニセ」部分は、やはり、「科学論理」で持ってしか、否定し、説明せざるを得ないか・・・?と。
(「科学論理」を持っている常識人なら、そこで分かる<理解する>と思います。)

それでも、納得されない場合は、「人間倫理」からでしょうが・・・。
「人間倫理」:「人間性」は、個々人違い、「人間真理」は一般論で<総括>出来ないと思うので、かなり難儀かと・・・。

by mohariza (2009-08-23 11:42) 

pooh

> moharizaさん

やっかいなのは、科学が個人の価値観を超えたところにある、と云う性格を持つことです。この部分をたばかるのは相当に悪質で。逆に、その部分で混乱している相手には、科学的な論理からの否定は届かない。ただ、ニセ科学を「信じる」行為の根底には科学的価値観への一種の信頼があるのは確かなので、まずはそこを示す必要はやはりあるんです。

おっしゃる「人間倫理」的な角度からの説得も重要だと思います。ただ、科学の論理に対して混乱がある、と云うことは、裏返すと事実上倫理に対しても明解な理解がない、と云うことですから(客観的な視点がない、と云うことなので)、そちらだけでも難しいのでは、とは感じます。
by pooh (2009-08-23 13:28) 

FSM

こんばんは。
別の角度から一言だけコメントさせてください。

狭い範囲とはいえそれなりに大勢の人々と顔を合わせて話をしてきた経験をふまえて言えば、信じていた人の大半は、事実関係での間違いを指摘されれば信じなくなります。たとえば「水伝」の場合なら、中谷ダイアグラムを引き合いに出して、言葉や意識や「波動」の介在する余地はない、ということを説明すれば、今まで信じてきたことに大してショックを受けたり動揺したりすることもありますが、まず信じなくなります。

逆に、事実関係抜きに道徳の問題の話から入ると、なかなか納得はされない場合が多いようです。

事実関係の指摘で納得されず、さらに深みにはまる人もネットを見ているといらっしゃるようですが、ネット上ではなくリアルでの実感で言えば、そういう人はごく少数です。そういう人々はネット上ではエキセントリックな主張をされるので目立ちますが。

血液型性格判断のように、日常的に誤った情報にさらされている問題の場合はなかなか納得しきられない場合も多いのですが、それでもある程度は懐疑的に見るようにはなってくれるようです。

ネット上での議論の場合は、信奉者が自分の信念を強化するようなサイトのみを見てまわるという行動がありますのでまた難しいのだと思いますが、一応、両手両足の指では足りないくらいの人々に「今までは信じてたんですが…」と言ってもらった経験をふまえると、客観的事実を把握してもらうのがもっとも効率的な道であるように思います。

> いや、やっぱり「どういんちきなのか」を示すのは必要で。そこは起点になるわけだし。

本当にそうだと思います。そして、信じちゃってる多くの人は、その起点のところで引っかかってるのだと思います。
by FSM (2009-08-24 01:51) 

zorori

FSMさん、

>信じていた人の大半は、事実関係での間違いを指摘されれば信じなくなります。

私自身がそうですし、多分そうだろうと思います。
大半の人は、大した興味もなくなんとなく信じている場合が多いような気がします。インターネットが普及してきたといえ、ネット上でコメントを発信する人は社会全体からみれば少数で、肯定派でも否定派でもどちらかといえば両極端に近い方だと感じます。ですから、事実関係での間違いを指摘されても信じなくなる人は少ないですが、それが世の中の平均的な反応であるとは限らないわけですね。

by zorori (2009-08-24 06:52) 

pooh

> FSMさん

ほとんどの場合は、その主張がロジックのなかに正当でない要素を持っている、と云うことを指摘するだけで足りるんだと思います。そのことが伝われば、仮に「でも信じるんだ」と云うことになったとしても、そこに(発芽していなくても)懐疑の種は蒔ける、と思います。
ときおりそこで「その正当性は真正か?」みたいなメタな方向に議論を持っていくひともいるわけですけど、ニセ科学の場合本来の主張のなかに「正当な方法にのっとっている」と云う要素を含んでいるわけですから、どれだけ論理的なミスティフィカシオンを施そうと、もともとの構造のおかしさは糊塗できないんですよね。
by pooh (2009-08-24 07:33) 

pooh

> zororiさん

某所での(なんかぼくは無視されたので顔を出さないことにしましたが(^^;)一連の議論のなかで、確かzororiさんが「ウソはウソだって指摘するだけでおおむね事足りる」とおっしゃっていて。
ぼくはこの見解に同意します。
by pooh (2009-08-24 07:37) 

メカ

ずいぶんコメントがついてるね。さすがに一つ一つ答えられる量ではないので全体的に話させてもらう。まずこういっては何だけれど、この手の「疑似科学批判vs疑似科学批判批判」の論争は、あなた方も層だろうけれど俺も初めてではない。ネットでも忘れた頃にたびたび盛り上がるよね。だから全部とは言わないけれど俺もたいていのその手の論争には目を通しているので、それらで既出の論点を繰り返すのはお互いに時間の無駄だ。

あえて一つだけ苦言を言わせてもらえれば、なぜ疑似科学批判側の人は、ここのブログ主さんもふくめて、相手を先ずは「○○を知らないのだろう(きくちさんのブログとかね)」と始まるのだろうね。これは失礼だと思うよ。「相手がムチだから自分と意見が違うのだろう」という前提に立っているのだから。まあ、実際に無知は人は多いし、俺もそういう決めつけを全くしないわけではないけれど、どうも疑似科学批判の人たちは度を超えてこの傾向が強いように思う。どこか「自分たちは賢いんだ」という思い上がりがあるんじゃない?もし疑似科学を科学的に批判する立場なのであれば、もう少し謙虚さが必要だと思う。

   *   *   *

今俺は「疑似科学を科学的に批判する立場」という言葉を使ったけれど、今回の俺の話は既に述べたとおり「疑似科学を思想的に批判する立場」の話だ。で、これについて「もっと具体的に述べよ」という意見を頂いた。これは既に述べたように今後も機会がある毎にasksなどで書いていきたい。疑似科学批判が一言で終らないように、俺の疑似科学批判批判もまた一言では語り尽くせないし、それで伝わるものではないだろう。気長にやるしかない。「疑似科学vs疑似科学批判vs疑似科学批判批判」の戦いは永久に続くのかもしれない。

ここでも一つ言いたいのだけれど、疑似科学批判はずいぶん長い間大なわれている。と学会の「トンデモ本の世界」が出た頃から数えても15年近いし、疑似科学批判はそれ以前から行われている。しかし疑似科学はなくならないよね?となれば普通それはアプローチに何か問題があると考えない?疑似科学批判を科学的に批判しても、疑似科学はなくならない。これは事実として謙虚に認めなければならないと思うけど、そこのところどうなのかな。それとも15年ではだめだけど、もう15年ぐらい続ければ成果が上がるのだろうか。

   *   *   *

もう一つ重大な問題と俺が考えているのは、これも既に他の疑似科学批判批判論者も述べていることだけれど、疑似科学批判論者の言動がしばしば新興宗教の信者のように思えること。先に述べたように「あなたは○○を知らないでしょう」から始まって、いくつかのコメントの中でも見えるようにkikulogをまるで教典のように扱っている。そういう姿勢はしばしば自分で考えること、自分の言葉で相手と論争することを放棄した宗教の信者に見えてしまう。

宗教の信者も、あれこれ議論して論破していくと、そのうち「これ以上知りたければ講習会に来て教典を読め」みたいな話になるよね。何を信仰してもいいけど、やっぱ自分の言葉で最後まで相手と対峙すべきだと俺は思う。それができないのは思考停止をしているからで、宗教の特徴の一つが思考停止だと俺は思っているので、その意味では疑似科学批判者も「思考停止している=宗教の信者」みたいに思えてくるんだけどね。

もちろん自力でものを考えて疑似科学批判をしている人はそれには当てはまらない。きくちさんなんかはそうだろう。しかしその教典kikulogを引用するだけしかできない人たちは、教祖「きくち」に群がる信者でしかない。俺にはそう見えるよ。自分で思考できずに教祖様のお言葉を「そうだそうだ」とありがたがって、単に布教している人は、「自分も微力ながら社会のために働いているんだ」という使命感によっているだけだ。それは新興宗教の信者も同じだろう。単にあがめ奉る神が別なだけだ。「宗教じゃない!」というなら何事も自分の思考力と自分の言葉で主張すべき。

もう一つ宗教っぽいところを指摘させてもらえれば、仲間内で「そうだよね」「うん、そう」「なんでこの人理解できないんだろうね」みたいな雰囲気があるところ。ここのコメント欄もそんな雰囲気が漂ってるよね。仲間内でいくら同意しても、それで異なる意見の人間は説得できない。疑似科学論者や宗教の信者が同じ事を仲間内でやっているのを外から眺めたらあなたたちからはそれがどう見える?同じ事をやってるわけだよ、あなたたちも。そういわれたくなければ、仲間に依存せずに自分だけで相手を説得できるようになるべき。

   *   *   *

きくちさんの「道徳を自然科学で基礎付けようとするべきではない」については、これ自体は何の異論もないし、それについて啓蒙活動をしているのは立派だとは思う。しかし俺がいいたいのはそれだけでは疑似科学(の有害な部分)は社会から排除できないという点。非道徳的な事柄は、その口実が科学を使ったものであろうがなかろうが、非道徳的なことには変わりない。

科学を非道徳的な思想の口実に使われるのは我慢できないというのはよいとしても、じゃあ科学を口実にしない非道徳的な思想は不問なのか?という話。あくまで科学という視点から疑似科学の問題をみているから、科学を口実にしているか否かが重要に見えるだけで、全体をみればそれは一側面に過ぎない。むしろ取るに足らない側面だ。問題なのは思想そのものなのだから。

そんな本質的でない取るに足らない部分をいくら(科学で)攻撃しても、疑似科学はびくともしないだろう。だからそれは自己満足だと言っている。俺も最初は少しはダメージを与えられると思って科学的な疑似科学批判に賛同していた時期もあるけどね。現在ではむしろそのような自己満足は本当に有効な対処方法から目をそらすという意味で有害なのではないかと思うぐらいだ。

   *   *   *

apjさんについては、本人を前にして言うのも何だし、個人攻撃になって気が引けるのだけれど、と学会のメール暴露問題に対して詭弁や我田引水の主張を繰り返すあなたの思考は、疑似科学批判者として相応しくないように見える。水伝などと身を張って戦っている点については敬意を表するけれど、なんというか武闘派であって、論理派ではないよね。

話し方をみていても、なんというか、ん~、2chの厨房を相手にしている、みたいな低レベルな議論にとどまっている。繰り返しになるけれどあなたを尊敬している面はある。これからもがんばってほしいと心から思っている。でも非常に失礼ながらあなたの思考力はそこが見えているように思う。それこそあなたが言うようにそれぞれ得意分野で力を発揮すればいいのだろう。武闘派としてこれからもがんばってほしい(皮肉ではなくてね)。

   *   *   *

再びきくちさん。「それから、ニセ科学問題は科学の問題じゃないというのは、僕も含めて多くの人がずっと言い続けてると思うんだよ。伝わらないとすれば、言い足りないのかもしれないけど」。これは違う。「科学の問題じゃない」としか言ってないから伝わらない。それぞれの疑似科学に対して「じゃあどこが問題なのか」を指摘し、その点に踏み込まなければ、誰も実感してはくれない。それが「思想に切り込む」ことだ。

たしかきくちさんは、善悪の判断を他人(水の結晶)に委ねることが、子供の善悪の判断能力を奪うと述べていたと思う。俺もそう思う。そう思うのだが、じゃあ宗教はどうなのか?神託によって善悪を神に判断してもらう宗教は有害ではないのか。それともきくちさんは宗教全般を水伝と同じように有害だと主張しているのか。あるいは程度の問題で、キリスト教は水伝ほど信者に思考停止を強要していないからOKだ、とかそういう問題なのか。イスラム教は(略)。

要するに水伝による善悪の思考停止が問題だというのは、有害さだけみるならおかしい。それでも水伝は批判し、宗教は批判しないのは、水伝は科学との接点をもっていて、「科学を口実にするべきではない」というきくちさんのこだわりに帰結するのだろう。

しかし、やっぱりそういう区別などせずに、水伝も他の宗教や思想も一度同列に並べて、思考停止はどこまで許されるか?というテーマに取り組まなければ、水伝信者をせっとくすることはできない。そうでないと水伝信者は「なんで俺たちだけ」と思うことだろう。

もちろんあらゆる宗教や思想まで手広く広げて、思考停止の問題を論じるとなるとそれは容易なものではない。一つの学問になるのではないかと思う。50年、100年議論しても答えが出ないかもしれない。しかし疑似科学の問題の本質とはそういうものなのであり、それゆえなかなか撲滅できない。壮大な、もしかしたら人間の心理の根本につながる一大テーマなのだ。(宗教なんて一番人間の原始的な部分に関わっているよね)。

疑似科学の問題はそれほど人間の心理の深淵に根ざしているものであり、それ相応の心構えで取り組まなければならないものだと思う。それをちょっと科学との接点部分の揚げ足を取っていれば、撲滅できると思うのは、楽観的すぎる。

   *   *   *

FSMさんの話。「信じていた人の大半は、事実関係での間違いを指摘されれば信じなくなります。」これは俺の見解とは全く逆だね。確かにある一つの事柄については、完膚無きまでに反論し否定すればその点についてはしぶしぶ認めるかもしれない。しかしそういう人は直ぐにまた同じような別な事柄を信じ込んでしまう。

最初の方で述べたけれどそういう人にとっては、特定の事柄が事実かそうでないかは重要ではない。なにか限られた秘密を自分たち少数の「選ばれた」人間だけが共有している、という状況に価値を見いだしているのだから、次から次へとそういうものにはまる。

だからそういう人が疑似科学や新興宗教ににはまるのを避ける方法はない。可能なのはせいぜい「あまり有害そうでない」モノにはまらせることぐらいだろう。宗教だってオウム真理教にはまるのとキリスト教にはまるのでは有害さが天と地ほども違うはず。

人が求めているのは、秘密を共有しているという連帯感なのだと思う。アイドルがまだ駆け出しで売れない頃から目をつけて、人気が出たときに「俺は、このアイドルを昔からずっと応援してたんだぜ」みたいに自慢する心理とあまり大きく変わらないのではないかと思う。

別に科学的事実などどうでもいいのだ。科学的な考え方を啓蒙することそれ自体は非常によいことだし、その題材に疑似科学を使うのも面白い試みだと思う。手品の種明かしをするような楽しさがあるだろうから、興味を持ってくれる人も少なくないだろう。しかし、それと疑似科学を信じてしまう人が出続けることは別な問題だ。なにしろ目的がそもそも違うのだから。

疑似科学の種明かしに興味を持つ人は「科学的な考え方」に興味を持っている。一方で疑似科学にはまる人の大部分はそういうことには興味がない。上述のように「秘密を共有する連帯感」を求めているのだ。彼らにとって科学的側面など取るに足らないものでしかない。理由さえあればいいというだけだ。










by メカ (2009-08-24 08:13) 

pooh

> メカさん

> なぜ疑似科学批判側の人は、ここのブログ主さんもふくめて、相手を先ずは「○○を知らないのだろう(きくちさんのブログとかね)」と始まるのだろうね。

失礼に思われたのならお詫びしますが、認識の相違を単純に疑問に思ったのがエントリの主旨です。相応の観察範囲をお持ちのなかで言及先のような主張をされるのであるなら、それだけ断言する根拠をお持ちのはずなので、その部分をご教示願いたいなぁ、と云うことです。
もちろん、論拠を立てつつごゆっくり論じていただくのもけっこうだと思います。ただ、ここのコメントで直接問われていることはそれほど多くもないし、また返答するのにそれほど難しいことではないのではないか、と思います。

> しかし疑似科学はなくならないよね?

なくならない原理、についても、多くの考察が出ています。論者によって違いますが、現時点で「なくせる」と考えている論者はそれほど多くないのではないか、と思います。思想、と云う角度では、「蔓延」の部分にフォーカスしている論者が大勢ではないかと。この部分についても、見解をお聞きしたいところですが、まぁ急ぎません。

> それをちょっと科学との接点部分の揚げ足を取っていれば、撲滅できると思うのは、楽観的すぎる。

こう云う言明をされるにあたって、「それはだれのどんな言動に対する見解なのですか?」と云う問いに対して回答するのが、それほど時間や分量を要することとは思えないんですが。

> 人が求めているのは、秘密を共有しているという連帯感なのだと思う。

これはありうることだと感じますし、この点はこれまでになかった切り口からの有益な議論になると思います。この部分は、今後の論旨の展開を期待します。
by pooh (2009-08-24 08:35) 

メカ

> 認識の相違を単純に疑問に思ったのがエントリの主旨です。

ん~そういうごまかし(取り繕い)はよくない。あなたの冒頭の文章は「なんでこんなことも知らないんだ」だろう。別に俺に謝る必要はない(俺もかなり他人に対して失礼な言動をする人間だからね)が、あなた自身でこれまで自分の言動に問題がなかったか省みるといいと思うよ。

> ただ、ここのコメントで直接問われていることはそれほど多くもないし、また返答するのにそれほど難しいことではないのではないか、と思います。

それこそ問題の表層だけをみて過小評価している証拠だ。上記に書いたように疑似科学の問題はあなたやきくちさんが考えるほど小さな問題ではない。人間の心理の根本に根ざすものだ。宗教と同じ性質のものだからね(少なくとも俺はそう考えている)。

健全な宗教とはどういうものか?そもそもそういうものがあり得るのか?そういう大きなテーマの中のほんの一部が疑似科学の問題として表層にみえているだけだ。学問の世界ってそういうものがあるよね。ほんの小さな綻びで、直ぐに解決できるだろうと研究していくと、実は次の時代を担うような大きなテーマの発端だったりする。

まあ、新たな視点を探してその視点でものを考えられる人とそうでない人(与えられた視点だけでものを考える人)がいて、失礼だけどあなたやここでコメントしている人の多くは、後者のタイプに見える。その意味で宗教の信者だな、と思う。どうせなら新たな宗教の開祖になるぐらいのタイプでないと、このテーマは主体的に扱えないと思う。

> 現時点で「なくせる」と考えている論者はそれほど多くないのではないか、と思います。

ならば「既存の方法ではなくせないね」という俺の主張に異論はないはずなんだけど?何を問題視してるの?

> 思想、と云う角度では、「蔓延」の部分にフォーカスしている論者が大勢ではないかと。

フォーカスというのは「思想の問題だね」といってるだけだよね。繰り返しになるけれど、「思想のどの部分が問題なのか?」、宗教でいえばどういう宗教は健全でどういう宗教は不健全なのか、キリスト教とオウム真理教を分け隔てるのはどういう部分なのか(もしくは両者は同じなのか)を考え、有害な要素を発見し、それを宗教や疑似科学の部分から取り除かなければ、疑似科学の問題は解決しない。

それは同時に「よい思想」と「悪い思想」を選別することに他ならない。いいかえれば思想の制限や統制でもある。思想統制というとどうしても足が竦んでしまう人が多いだろう。俺もその一人だ。一歩間違えば大変な方向に人類の歴史を導いてしまうだろう。しかしそういうことにいずれ人類は取り組まなければならないと思う。

>> それをちょっと科学との接点部分の揚げ足を取っていれば、撲滅できると思うのは、楽観的すぎる。
> こう云う言明をされるにあたって、「それはだれのどんな言動に対する見解なのですか?」と云う問いに対して回答するのが、それほど時間や分量を要することとは思えないんですが。

ん?よくわからないのだけど、個別の事例を挙げて何か意味あるの?たとえば俺が例を挙げたとして、あなたがそれは違う、メカAGの認識不足だ、というやりとりを延々とやりたいわけ?俺はそんな消耗戦をやりたくはないな。あなたがもし俺がいうような「揚げ足を取っていれば撲滅~」に当てはまることが一つもないと本当におもっているなら、それでいいんじゃないの?メカAGってヤツがとんでもない認識不足のあげくに、妙なことをほざいていた、と思えば。

そもそも俺が完璧な事例を挙げたところで、「それは一部の人たちだけです」とあなたが言ってしまえば、意味ないじゃん?そういう相手をやっつけるためだけの下らない方法を相手に押しつけるのは、それだけで健全な思考ができず、この問題を真正面から取り組むよりも、単に自分と違う意見の人間をやっつけたいと考えている人間だと相手に思わせてしまう。

たとえあなたが本当はそうでないとしても、相手にはそう受け取られてしまうだろう。そうでないなら、もう少し別な問いかけを工夫すべきだと思うよ。不健全な論法を使う人間は、疑似科学を批判する資格がない。わざとやっているとは言わないけれど、それと気づかずに不健全な論法を便利だと思って使っている人がネットには多い。強力で便利な論法は落とし穴があると警戒した方がいい。


by メカ (2009-08-24 09:04) 

メカ

嗚呼、あと、「そのうち機会があればまたasksに書く」と言うのは、今日明日という話ではない。数週間先とか数ヶ月先とか、そういうスパンの話なので、念のため。俺も「トンデモ本の世界」の頃から疑似科学(批判)に関わっているのだからライフワークみたいなものだ。そういう気の長い話。
by メカ (2009-08-24 09:11) 

pooh

> メカさん

> あなたの冒頭の文章は「なんでこんなことも知らないんだ」だろう。

あぁ、そう読み取られたのならぼくの書きかたのつたなさによるもので、お詫びします。
「なんでこんなことも知らないんだ」じゃなくて、それなりにお詳しそうななのになんで伝わらないんだろう、と云うことです。結局のところ、ニセ科学に関連する議論と云うのは最終的には一般に届かなければ意味がなくて、エントリで取り上げたお書きの内容はその「届いていない」事例だと思ったんですね。
で、届かないことは(発話側としても)問題であるわけで、そのあたり示唆のあるご意見を頂戴できるかな、と考えたわけです。

> ならば「既存の方法ではなくせないね」という俺の主張に異論はないはずなんだけど?何を問題視してるの?

問題視している、と云うことがあるとすれば、上記の「どうも届いていないようだ」と云う部分です。
ニセ科学の蔓延問題にコミットしている論者すべて、と云うわけではないですが、ぼくを含む数人は「人間の心の中にあるニセ科学を生み出すしくみは原理的に根絶できない」と考え、そのうえで「蔓延を防ぐのにはどうすべきか」と云う議論を展開しています。もちろんこの意見に同意しない論者もいるとは思いますが、とりあえず「ニセ科学そのものをなくせる新たな方法」と云うものがある、とは考えていません。
そうするとメカさんの主張は、これらの議論を踏まえずに断言するものか、あるいはこれまでの議論を超える新しい見解を追加してくれるものか、いずれかだろうな、と推測するわけです。前者だと「届いていないのかな、どうしてだろう」と悩むところですが、後者はまさに歓迎すべきものです。

> そもそも俺が完璧な事例を挙げたところで、「それは一部の人たちだけです」とあなたが言ってしまえば、意味ないじゃん?

そう云う水準の議論をしているつもりは、ぼくには最初からありませんが。
完璧でなくても、事例を挙げていただければ、議論そのものは可能になります。そう云うお話です。
論法の印象、と云う話をすれば、論拠を揃えずに断言をして、そこへの問いに対してさらに論拠を提示しないまま反論する、と云うのも、傍目にはそれほど健全な論法とは見えないのではないでしょうか。

> 数週間先とか数ヶ月先とか、そういうスパンの話

もちろんその方のペースがあるので。
by pooh (2009-08-24 09:35) 

メカ

ついでにもう少し書こうかな。水伝の有害さの話。善悪の判断を水の結晶に委ねてはいけない。何にでも懐疑的な視線を向け、自分で考えることを心がける、それはそれで正しい。確かにその通りだけれど、我々はいろんな部分で善悪の判断を他のものに委ねているよね。

法律や常識、道徳もそうだ。「なぜ人を殺してはいけないのか」みたいなのが話題になるように、深く考えずに「常識だから」「道徳だから」「法律でそう決まっているから」と、鵜呑みにしている事柄は多い。

その中でとりわけ水の結晶に判断を委ねることが突出して有害なのか?「有害じゃない」といってるのではないよ。有害だと主張するならその根拠をどこに置くのか、そういったことを研究し基盤を整備すべきだと言うこと。オウム真理教の教祖に委ねてはいけないが、他の宗教の教祖なら許容範囲なのか、聖書に書かれていることなら鵜呑みにしてもいいのか、法律は?学校の道徳の教科書は?それらを一切鵜呑みにせずに、子供が自分の力だけで一定の善悪の価値判断をできるようになるのか?

子供が大人になり自力で善悪の価値判断ができるようになるまでは、一定期間は「鵜呑みにする」時期が必要なのだと思う。その時に触媒として「水の結晶」を使って常識や道徳を教えることが、特別に悪いことなのか。

きくちさんはそこまで踏み込んで語っていないよね。だから残念ながらきくちさんがいくら水伝の教育現場への浸食に警鐘を鳴らしても、「なんでそんなに悪いことなの?」と思う人は多い。それはしかたないことだ。もちろんきくちさんの責任でもない。それは「道徳教育とはどうあるべきか」という研究がまだまだ足りないからなのだ。そういう分野の研究を進めることが、(本当に有害だとしたら)水伝を教育現場から排除する道につながると思う。

by メカ (2009-08-24 09:44) 

FSM

メカさん、

私へのレスの節については、前半はおおむね同意しますが、少しだけ補足します。

▼▼▼
FSMさんの話。「信じていた人の大半は、事実関係での間違いを指摘されれば信じなくなります。」これは俺の見解とは全く逆だね。確かにある一つの事柄については、完膚無きまでに反論し否定すればその点についてはしぶしぶ認めるかもしれない。しかしそういう人は直ぐにまた同じような別な事柄を信じ込んでしまう。
▲▲▲

引用した文章には、異なる二つの点が含まれていることをご理解ください。個別のニセ科学(「水伝」など)を信じなくなる、ということと、ニセ科学(疑似科学)一般を信じなくなる、ということは、深く関連しますが別の話です。

まず、個別のニセ科学については、事実関係を指摘すれば信じなくなる場合が多い、というのはいいでしょうか?その後別のニセ科学にはまってイタチごっこになるかもしれませんが、それはそれとして。

それから、ニセ科学一般に対して懐疑的な態度を取れるようになることが望ましいとは思いまし、そうなるためにはどうしたら良いのか、というのがメカさんの問題意識なのでは、と思います。私の意見では、いきなり「思想」の部分に切り込むよりも(論壇誌みたいなところでの発言はまた違うと思いますが)、個別のニセ科学について、なぜそれが間違っているのかを理解する訓練が必要だと思っています。そして、その上で、個別のニセ科学が、どう「思想」と結び付いているのかを知ること。この積み重ねが大事なのではと思っています。
by FSM (2009-08-24 09:48) 

メカ

> 「なんでこんなことも知らないんだ」じゃなくて、それなりにお詳しそうななのになんで伝わらないんだろう、と云うことです。

違いが分からないが…。それにそれなら単に漠然とリンクを示しても意味ないんじゃないの?伝わってない部分を絞り込んで、ポイントを俺に問い詰めないと。

> 結局のところ、ニセ科学に関連する議論と云うのは最終的には一般に届かなければ意味がなくて

そこも俺と考え方が違うね。先ずは専門家の間で「何が問題なのか」を研究し、それによってどういうアプローチをしていけば社会から疑似科学問題をなくせるかを導き出した後に、それを社会に対して実行すべき。

たとえば医療なんかは重大な事態に直結するから免許制だよね。これを「良心的な医療をしましょう」と呼びかけるだけで問題が解決するとは思えない。法律で取り締まるというアプローチが必要。

勘違いしないでほしいけど疑似科学を法律で禁じろといってるのではないよ。逆に、法律で取り締まらなければならないほど有害なものでないなら、それはそこまで深刻なものでもないのではないのか?という視点も必要ということ。何でもかんでも疑似科学はけしからん、テレビで放送するのもダメだ、というのは行き過ぎだと思っているのでね。

どこまでは許容範囲だという議論もなしに、とにかく少しでも疑似科学は社会から排除すべきというのは逆に危険。

> で、届かないことは(発話側としても)問題であるわけで、

どうして、届かせる手段に問題があるのではなく、届かせる内容に問題があるとは考えないのだろうか。「届かないのは啓蒙が足りないんだ」としか考えられないのは思考の幅に問題がある。

> 問題視している、と云うことがあるとすれば、上記の「どうも届いていないようだ」と云う部分です。

俺には同じ事のように見えるのだけど、俺のasksの文章のどこに異議を感じているの?あなたの話はさっぱり要領を得ない。

> そのうえで「蔓延を防ぐのにはどうすべきか」と云う議論を展開しています。

だからその「議論(研究)の成果がイマイチ上がってないよね、おそらく今の調子じゃ今後も上がらないと思うよ」と俺は言ってるのだけど。それとも俺が知らないところで成果が上がってるの?

> そうするとメカさんの主張は、これらの議論を踏まえずに断言するものか、

踏まえた上で断言しているつもりだよ。もちろん俺が知らないところで「成果」が出ているのであれば、教えてほしいし。というか非常に喜ばしいので是非とも聞きたいものだ。

念のため言っておくけれど「議論(研究)しているけど成果はまだ出ていない」というのはダメだよ。俺はそもそも研究の方向性が間違っているから成果がこれまでもこれからも出ないだろう、と言ってるのだから。

> あるいはこれまでの議論を超える新しい見解を追加してくれるものか、

どういう方向に研究を進めていくべきと俺が考えているかは既に書いたとおり。そして壮大なテーマなのだから俺一人ではとうてい完成することはできない。みんなが宝探し(答え)をしている。あなたがたは川の方を重点的に探している。俺はもうその辺は探し尽くしてなさそうだから、目先を変えて山の方を探してみた方が有望そうじゃないだろうか、といっている。

そういう意見を述べる事が間違っているかい?もちろん山の方にも結果的には宝はないかもしれない。でもあるかもしれない。呼びかけるぐらいよいだろう。

それに対してあなたは、山の方に宝があるというなら、実際に見つけて来い、そうでないなら俺たちは一生懸命川の方を探してるんだから、これまでの努力を否定するような発言はするな、といわんばかりだ。少なくとも俺はそういう印象を受けたよ。

> 事例を挙げていただければ、議論そのものは可能になります。そう云うお話です。

だから何を議論するのか、その目的に俺は価値を感じない。誰にとってどんな役に立つのさ?役に立つ議論ならいくらでも手間暇かけて行うけれど、役に立つとは思えない議論はたとえ短時間で終る議論だとしても、俺はしたくないね。あなたがすべきことは「この議論はこういう点で有益だ」と俺を説得することだ。

> 傍目にはそれほど健全な論法とは見えないのではないでしょうか。

繰り返しになるけれど、俺はその点について重要だとは思っていないのでね。重要な点において粗雑な主張の組み立てがあれば、それは補足するのはやぶさかではないが、重要と思っていないところに過度の緻密さを求められても応じようとは思わない。

何度も聞くけど、あなたのその質問に答えると、疑似科学の問題を解決するのにどういう進展が期待できるの?悪いけど俺には売り言葉に買い言葉の応酬をさせようとしているとしか思えない。あるいは侮辱されたのでムキになって「どこがだよ!」みたいな反応をしているのか。

こう邪推されないためにも、何を考察するために俺の答えが必要なのかを示してほしいものだ。

by メカ (2009-08-24 10:16) 

メカ

FSMさん

> まず、個別のニセ科学については、事実関係を指摘すれば信じなくなる場合が多い、というのはいいでしょうか?

よくない。一つの疑似科学でも、信じさせる要素は複数用意されているはず。その要素を一つ潰してもまた別の要素を持ち出してくる。その疑似科学が正しいという証拠も無限にわき出てくる。そうだよね?あなたも(疑似科学を少なからず扱っている人なら)分かっているはず。

> それから、ニセ科学一般に対して懐疑的な態度を取れるようになることが望ましいとは思いまし、そうなるためにはどうしたら良いのか、というのがメカさんの問題意識なのでは、と思います。

ん~これも申し訳ないけれどそうでもない。人間誰もが科学的・懐疑的な考え方をしなければならないものではないと思う。宗教や哲学の考え方を基本にして生きている人がいてもそれはそれで良いと思うよ。

問題は疑似科学(懐疑的な考え方ができない事)それ自体ではなく、それが二次的に引き起こす社会問題の方。著しく有害な思想ならそれは法律などの強制力を使ってでも取り除くしかないし、思想に立ち入らずに行動(薬事法違反とか詐欺とか)の制限で解消するなら、それに越したことはない。(という話を元の文章で書いたつもりなのだが)。

> 個別のニセ科学について、なぜそれが間違っているのかを理解する訓練が必要だと思っています

あなた(やきくちさんとか)がそう考えていることは理解している。そして俺はその上で、それは間違っているだろう、と考えている。訓練したところで誰もが懐疑的な考え方ができるようにならないし、そうなるべきでもないと俺は思っている。そもそも何度かいっているけれど、人が疑似科学を求めるのは、懐疑的にものを考えられないからではない。疑似科学が提供している心理的なメリットがあるのだ。それは人が宗教に求めるのと同じ質のものだ。それを求めるのは人間にとって一種の本能的なものに近いように思う。

したがって、懐疑的なものの考え方を教育しても、疑似科学にとりつかれる人は、減らない。根絶できないというレベルではなく、まったく効果がないといった方がいいレベルだ。俺はそういう結論に至っている。

> この積み重ねが大事なのではと思っています。

ということで、気持ちは分かるが、そうではない。それは願望だ。現実をみるべき。

by メカ (2009-08-24 10:32) 

TAKESAN

今日は。

ついぞ、「思う」以外の論拠を出しませんでしたね。あれだけの長文を書き連ねておきながら。

(メカ (2009-08-24 10:32) )
▼引   用▼
したがって、懐疑的なものの考え方を教育しても、疑似科学にとりつかれる人は、減らない。根絶できないというレベルではなく、まったく効果がないといった方がいいレベルだ。俺はそういう結論に至っている。
▲引用終わり▲
「したがって~そういう結論に至っている」、の根拠が、その前段落にある、個人的な認識ですか。社会科学的な視座、エビデンスの重要性の観点が皆無なようですね。論理的に「したがって」で繋がるようなものでは全くありませんね。

断定的な表現が多用されていて、かつその根拠が全く(文字通り、全く)無いですよね。
一応言っておきますが、ここで言う「根拠」とは、「事実に基づいた根拠」です。単に思弁を連ねて導き出したものではありません。

ところで、メカさんに質問です。
今話題になっているところの「疑似科学」の意味を教えて下さい。
by TAKESAN (2009-08-24 11:35) 

FSM

メカさん

(他の方と重複する論点はなるべく避けます)

▼▼▼
> まず、個別のニセ科学については、事実関係を指摘すれば信じなくなる場合が多い、というのはいいでしょうか?

よくない。一つの疑似科学でも、信じさせる要素は複数用意されているはず。その要素を一つ潰してもまた別の要素を持ち出してくる。その疑似科学が正しいという証拠も無限にわき出てくる。そうだよね?あなたも(疑似科学を少なからず扱っている人なら)分かっているはず。
▲▲▲
「はず」と言われても、「そうだよね?」と言われても、「そりゃ違うよ」としか答えようがありません。論理的にはメカさんの言われるような場合があり得ますが、今まで色々話をした経験では、そのようなことはほとんどありませんでした。もちろん狭い「体験」の話ですから、どこまで一般化できるかわかりませんし、統計調査をして論文にしたわけではありませんから「オレは信じない」と言われればそれまでですが。少なくとも実感としては、「無限に」わき出させる前に納得する人の方が圧倒的に多く、事実関係を指摘することがもっとも効率的です。

▼▼▼
問題は疑似科学(懐疑的な考え方ができない事)それ自体ではなく、それが二次的に引き起こす社会問題の方。著しく有害な思想ならそれは法律などの強制力を使ってでも取り除くしかないし、思想に立ち入らずに行動(薬事法違反とか詐欺とか)の制限で解消するなら、それに越したことはない。(という話を元の文章で書いたつもりなのだが)。
▲▲▲
ええ、それは承知しています。その上で、社会問題に至る前に、事実関係を指摘することが効率的であるという話をしています。
 なお、「思想」を法律で取り除くことには私は反対です。

▼▼▼
したがって、懐疑的なものの考え方を教育しても、疑似科学にとりつかれる人は、減らない。根絶できないというレベルではなく、まったく効果がないといった方がいいレベルだ。俺はそういう結論に至っている。

> この積み重ねが大事なのではと思っています。

ということで、気持ちは分かるが、そうではない。それは願望だ。現実をみるべき。
▲▲▲
どういう「現実」をみれば「そういう結論」に至ったのかを示してもらわないと。「オレはこう思う」以上に、ここであなたは何かを主張していますか?これじゃまるで、「世界の真理を見つけちゃった人」みたいですよ。なにかしらの根拠があるのなら、それを少しでもいいから示していただく方が、結論だけ言われるよりはるかに有り難いです。結論だけ受け入れるような姿勢が、そもそもニセ科学の蔓延におおいに貢献していると考えられるわけですから。

で、最初に戻りますが、
▼▼▼
疑似科学や宗教の問題点というのは非科学的な部分にあるのではなく思想的な部分にある。にもかかわらず多くの疑似科学批判は思想の部分に切り込むのを避ける。
▲▲▲
ここには「非科学的な部分を指摘するのは(ほぼ)無意味」で、「思想の部分に切り込まなきゃダメ」という主張だと思いますが、(「思想」の意味をクリアにしてもらうことと同時に)もう少し根拠を示してもらえないでしょうか。あなたが長文で示したことは、結論と理由が逆転しています。本来「もし非科学的な部分を指摘するのが無意味であるとするならば、それは◯◯だからと考えられる」となるはずのものが、「◯◯だから非科学的な部分を指摘するのは無意味である」となっちゃってるんですよ。仮説にすぎない。そもそも無意味なのかどうかを示していただかなければ、こちらとしてもどうにも受け入れようがないです。

もちろん、現時点でのメカさんの主張が、「たぶんそうなのだろう」という想像であって、なにかを論証するようなものではない、というのであれば、それはそれでいいです。「そう思う人もいるのね」と思いながら、poohさん同様に、メカさんなりの理路を示されることを待ちたいと思います。
by FSM (2009-08-24 12:24) 

黒猫亭

「説明」が求められているのに、「想い」や「空想」を滔々と語る人が一定数存在するのは、どう謂う意図があるんでしょうね。

普通に考えれば、「第三者が納得可能な客観的な説明とはどのようなものであるのかを識らない」と解するのが自然ですが、そのように決め附けてはいけないらしいので、何らかの意図があるのだと考えるしかないわけですが。
by 黒猫亭 (2009-08-24 15:41) 

TAKESAN

これは改めて言っておいた方がいいと思うので、念のために書いてみます。

まず、ニセ科学を批判する活動の効果はいかほどか、という問い自体は重要で、それをきちんと(学術的なレベルで、という意味)確かめたものは、恐らく無いだろうと思われます。
その意味では、たとえば、以前東方不敗さんが出された指摘などは、かなりクリティカルなものであったと考えています。その点に関しては、十全な活動あるいは検討がなされている、とは言いがたいでしょう。

その文脈においては、ニセ科学について対策するとはどういう意味か、とか、対策したい人は、「どうなる」のを目的としているのか、などを考え、現状それが「どうなっているか」を把握し、「どうすればより効果的か」を突き詰める必要があります。
信奉者はニセ科学言説のどのような部分に関心を持ち信ずるに至るか、等も考察すべきでしょう。
そこら辺、より一般的な部分に関しては、認知心理学や社会心理学の研究成果を援用し傍証として用いる、という事も可能でしょう(それこそ、菊池聡氏のような研究者がおられます)。

現状のニセ科学対策者の活動に効果は全く無い、意味が無い、等を主張するって事は、既にこの議論の土俵に乗っているのを意味するのです。だから、論拠は、と問うのです。それほど強い主張に明確な根拠があるのならば是非とも知りたいし、何も無く思弁に基づいているだけならば、てきとうな事を言わないでもらいたい、と思う訳で。

------

ところで、こういった話の流れで、ニセ科学批判者はニセ科学を「撲滅」する事を目的として云々、と言う人がいます。
しかしこれ、とてもナイーブな見方です。
ニセ科学とは、科学で無いのに科学のように認知されるもので、それが提唱される経緯としては、

 ・私利のために意図的に騙す

 ・自説の正しさを確信している(が間違っている)

等がある訳ですね。噛み砕いて言うと、「わざと」と「うっかり」の場合があると。
で、です。
上を踏まえると、「ニセ科学が撲滅」される、というのはつまり、ウソをつく人がいなくなり、間違える人がいなくなる、のとほとんど同じ事なのですね(それか、「科学」という概念が消え去るか)。それは非現実的な想定ですよね。どう考えても。
ですから、ニセ科学を撲滅する云々、というのは極論です。非現実的な。
ニセ科学概念を周知させる事の目的の内、重要なものの一つとしては、「科学的に正しいと喧伝されている事でも実はそうで無い、という言説」が色々存在するのを知らしめる、これがあります。知らせる事そのものが重要である訳です。一般に、騙されたく無い、誤りを信じたく無い、という人向けに、「こういう騙し方(騙され方)が存在する」、「こういう誤り方がある」、と周知するのは重要です。

たとえばゲーム脳の場合、ゲームをやり過ぎたらゲーム脳になるらしいが……と漠然と考えている人が、そのデタラメさを教えられて認識を改める、という例はいくつもあります。

信じるきっかけは色々ありましょうが、周辺の知識が不足しているが故に信じてしまう場合は確かに存在するので、そこを補う活動自体に意義があります。いきなりメタな、思想が云々かんぬん、という所に持っていく前に考えるべき事はあるのです。
by TAKESAN (2009-08-24 18:05) 

pooh

> メカさん

> 伝わってない部分を絞り込んで、ポイントを俺に問い詰めないと。

いや、べつだん問い詰めるつもりはないんですけど。
リンク先で示したような内容について、「おっしゃっているようなポイントはこの部分なんじゃないですか?」とお尋ねしている(そしてその点についてはご回答いただけない)と云うだけの話です。

> そこも俺と考え方が違うね。

ぼくの認識では、考えかたの異同を議論できるだけの基盤となる認識の共有にまだ届いていないと思っています。ひとにもよるでしょうし、ぼくの力量不足のせいでもあるんですが、いくつかのご回答いただけない問いに対して見解を示していただかないと、考えかたについての議論は難しいです。

> 届かせる手段に問題があるのではなく、届かせる内容に問題があるとは考えないのだろうか。

いつも考えていますよ。で、その「問題のある内容」についてご見解をいただければ有益だなぁ、と思っているので、こうしてお伺いしているわけです。ご指摘の通りぼくは「思考の幅」に問題を抱えているので、お知恵を拝借できればなぁ、と云うことで期待をしているわけです。もちろん、こちらの勝手な期待ですけど。

> 俺には同じ事のように見えるのだけど、俺のasksの文章のどこに異議を感じているの?

じっさいに複数の人間がメカさんのおっしゃるような方向で模索している、とぼくは認識しています。それに対して「思想の部分に切り込むのを避け」ている、と断言されている点ですね。エントリに書いたままです。

> 目先を変えて山の方を探してみた方が有望そうじゃないだろうか、といっている。

山がどちらかを、ぼく程度の人間にもわかるようにご教示いただければありがたいです。ぼくが受けた印象で云えば、現時点では「とにかく川じゃないほうだ。あとは自分で探せ」とおっしゃっているように感じます。

> あなたは、山の方に宝があるというなら、実際に見つけて来い、そうでないなら俺たちは一生懸命川の方を探してるんだから、これまでの努力を否定するような発言はするな、といわんばかりだ。

そんなことはないですよ。宝のある可能性がすこしでもある「山」がどちらなのかがわかれば、考慮も模索もします(もちろん、ぼくが山狩りにおいて非常に無能である可能性もあるので、その場合は貢献できない可能性もありますが)。
もちろん、必ずしも宝のある山をお教えいただく必要はなくて、その可能性のある方角を示唆していただければ、検討もできる、と云う話です。

> あなたがすべきことは「この議論はこういう点で有益だ」と俺を説得することだ。

ぼくはむしろ、メカさんのご意見がどのような点で有益なのか、を知りたいと思っています(有益であればもちろん顧慮すべきであるので)。メカさんご本人がご自分の言説に有益な点があると思ってらっしゃるとしたら(当然思ってらっしゃるでしょうから)、その部分についてなんらかの「ご自分のご意見に関する見解」をくださるのではないか、と期待しているんです。まぁ勝手な期待と云えば期待です(これまでのご発言の傾向から考えると、ご自分のご意見の有益性に興味をお持ちでない可能性、と云うのもある気もするので。さすがに考えづらいですけど)。
by pooh (2009-08-24 20:47) 

pooh

> FSMさん

> こちらとしてもどうにも受け入れようがない

まぁ、この点については、メカさんが「受け入れさせることに興味がある」かどうか、と云うことでもあるようです。このあたりぼくのほうも「なにかを語ることはその内容を相手に伝えようとすることだ」と云うのを無条件に前提としていた部分があったので、そこで齟齬があるのかも(信じがたいですが)。あとメカさんが想定している「伝えたい相手」が、ニセ科学の批判にコミットしている人間ではない可能性もありますし(じゃあだれなのか、と云うとちょっとわからないですけど)。

> メカさんなりの理路を示されることを待ちたいと思います。

有益なものなら、何週でも何か月でも待てますよね。
by pooh (2009-08-24 20:47) 

pooh

> 黒猫亭さん

> 何らかの意図があるのだと考えるしかないわけですが。

「意図がある」と云う推測そのものがこちらの先入観かもしれないですよ。
もっとも、ぼくだったら自分の言説をそんなふうに扱うことにそもそも耐えられないですけど。
by pooh (2009-08-24 20:48) 

pooh

> TAKESANさん

メカさんは、ご自分の主張の論拠を示すと云うことの意義に興味をお持ちではない、のかも知れないな、みたいにも感じつつあります。あと、それを示すことによって主張を理解させることにも。
ちょっと考えづらいですが、そう云う方がじっさいにいらっしゃることはいくつかのケーススタディで学びました。
by pooh (2009-08-24 20:49) 

pooh

ブクマコメへのお返事は原則しないんですが。

> みつどんさん

胴元として負け分を差し引き500ペリカお支払いしなければいけないかな、と思ってるんですが、どちらに振り込めばよろしいでしょうか?
by pooh (2009-08-24 20:54) 

zorori

TAKESANさん、

>まず、ニセ科学を批判する活動の効果はいかほどか、という問い自体は重要で、それをきちんと(学術的なレベルで、という意味)確かめたものは、恐らく無いだろうと思われます。

同様に、犯罪抑制に警察の効果はいかほどか、も確かめられていないのかもしれません。「長年にわたる警察の活動にもかかわらず、犯罪は一向になくならないから効果はない」という主張に反論する証拠はないでしょう。ただ、その主張と同程度に否定できない主張として、「警察の不断の活動によって、現在の犯罪率に抑制されているのだ」も考えられます。

どちらの主張にしても根拠がないことでは同じなので、正攻法の判断はできませんが、ヒューリスティックな判断は可能かと思います。
by zorori (2009-08-24 21:06) 

apj

>と学会のメール暴露問題に対して詭弁や我田引水の主張を繰り返すあなたの思考は、疑似科学批判者として相応しくないように見える。

 権利侵害をされるおそれが相当にある場合の対処で、私は当事者(つまり原告になれる立場)なのだから、それなりの主張があって当たり前。当事者としての対処と、そうでない場合の対処の区別がつけられないことの方が問題でしょう。メールについては、あなたはどこまでいっても第三者、つまり野次馬で、当事者にはなれないんだから、何の力もないわけだよ。

 あと、先に権利侵害したヤツが居るのに、そっちはスルーして、被害者に対して詭弁や我田引水だと決めつけるやり方を取る人が、擬似科学には法的規制を、などと言い出すのは自己矛盾じゃないのかな。
by apj (2009-08-25 00:35) 

apj

一応追加。

>apjさんについては、本人を前にして言うのも何だし、個人攻撃になって気が引けるのだけれど、と学会のメール暴露問題に対して詭弁や我田引水の主張を繰り返すあなたの思考は、疑似科学批判者として相応しくないように見える。水伝などと身を張って戦っている点については敬意を表するけれど、なんというか武闘派であって、論理派ではないよね。

 この発言を見る限り、メカさんは、カルト信者の一種にカテゴライズされると思う。

 私が参加しているMLの内容(私信)を暴露したという主張がなされたのだから、私の私信が第三者に暴露され私が被害者になる可能性を含んでいる。つまり、私にとって守るべき権利がある問題で、私は差止め請求そ出すなどの当事者になれる立場に居る。
 メールを抜いて今まさにその一部を第三者に開示してるぞ、と宣言する人が出てきているわけだから、メールの本物が晒されればプライバシーの侵害、ニセ物を本物と偽って晒されれば名誉毀損もあり得る。つまり、倫理的には(そして多分法的にも)「してはいけないこと」である。

 ところが、被害者になり得る立場の私の主張に対して、メカさんは詭弁だとか我田引水だとか「主観」による印象操作を試みている。このことから、普通の倫理的規範をメカさんは持ち合わせていないと判断することになる。

 一方、ニセ科学の問題というのは、社会規範の問題でもある。メカさんの規範意識が歪んでいるままで、思想的な問題だなどと主張しても、他のひとには通じないのが当たり前ではないか。
by apj (2009-08-25 00:52) 

きくち

ずーっと上のほうに行ってしまったFSMさんへのコメント

どこまで説明するかということですが、もちろん相手によるわけですよね。学生相手と一般の人相手は違うのですが、最近一般の人向けに話す機会が多いので、その場合で言うと

(1)結晶は本物。こういう写真は撮れる。見れば分かるとおり、雪と同じできかたで、霜の小さいやつと思えばよい。部屋の水蒸気が冷やされてできたもの。ドライアイスのかけらを部屋に置いておくと、肉眼でも見えるくらい霜がつくので、お試しください
(2)言葉と結晶の形の関係は、勝手に言っているだけ。科学的にはありえない。現代科学でわかんないことはたくさんあるけど、これくらいのことはさすがにはっきりしていて、言葉は結晶に影響しない
(3)言葉の波動が結晶に影響するという説明がされるけど、この「波動」というのは実在しないもので、はっきりいえば妄想

という程度ですね。
道徳を自然科学で基礎付けることの意味(それは科学に対する誤解、とか)の説明にずっと時間をとります

たぶん、「結晶そのものは本物で、雪と同じ」っていうことはちゃんと言ったほうが説得力があります。僕はときどき「なかなかよく撮れてますよね」とか、褒めます。

by きくち (2009-08-25 02:44) 

きくち

TAKESAN:
効果はいかほどか、について、僕の意見は簡単で、「まだ効果が確認できるほど行なわれていない」です。こういうものは10年続けて社会がどうなるか、くらいですよ。僕は「ようやく、少しは世間に問題が知られてきたかな」程度の認識です。まだまだ、問題自体が伝わっていない。僕はまだ「問題提起の段階」と考えています。
その意味で、僕は大槻先生の先駆性を高く評価しているんですけどね。まあ、大槻先生は教師であり反面教師である、と。

それから、目的意識としては、少なくとも僕は「ニセ科学を撲滅」なんてことは考えてないです。もちろん、詐欺みたいなことは許されないのですが、取締るのは別の人の仕事です。それに取り締まったって、次々と出てくる。
「なぜこんなものが受け入れられるのか」は一貫した問題意識で、要するに「みんな、もっと考えようよ」ということを伝えたいわけです。考えることを軽視する社会は嫌なんですよ。

ちなみに、僕は学生の前では、「すべての科学者がニセ科学問題に取り組むべきだなどとは思わない。無関心は困るし、関心は持ってもらいたい。しかし、活動としては、科学を伝えるほうが大事だし、どう考えたってそちらのほうが面白い」という話をします。
夢は意外に大きく、展望は長期的なんで。

by きくち (2009-08-25 03:04) 

黒猫亭

>poohさん

さらっとヒドイことを言っているような気がするなぁ(笑)。皆さんはもうご存じだと思いますけど、オレがヒドイことを言うと、大概poohさんが輪を掛けてヒドイことを言いますよね(笑)。
by 黒猫亭 (2009-08-25 05:29) 

pooh

> zororiさん

じっさいのところは、きくちさんのコメントにある「まだ効果が確認できるほど行なわれていない」と云うのが適切なあたりかと思います。

ただ、「水の結晶」関連の言説を見ていると、「科学的な事実ではない」ことは知っている、と云うようなものが増えているようです。また、「それでも信じます!」と云う結論より、「信じる、信じないはあなた次第です」と云う、責任を放棄するような結びにいたるものが増えているように思います。あくまでぼくの観察範囲内での現象ですが。
by pooh (2009-08-25 07:36) 

pooh

> apjさん

それとこれとは別の話、ですよね。その意味で、

> メカさんは、カルト信者の一種にカテゴライズされると思う。

これもこれで別の話、かと思います。もちろんおわかりのうえでお書きなんだと思いますけど。
by pooh (2009-08-25 07:39) 

pooh

> きくちさん

> 要するに「みんな、もっと考えようよ」ということを伝えたいわけです。考えることを軽視する社会は嫌なんですよ。

ぼくなんかはニセ科学の問題より、こちらのほうが先行する問題意識として存在します。切り口をニセ科学に求めている、と云うことです。
by pooh (2009-08-25 07:42) 

pooh

> 黒猫亭さん

誤解です。誤読です。先入観です。

この点だけ明解にしてくれればあなたの主張について理解できるかもしれないし、そうすれば考慮する、と云うものを提示しても、そのことを無視して相手方の主張のみ取りざたする、と云うスタイルを取る方っていらっしゃいますよね。自分自身の主体的な意見、と云うものをどうしてそんなに粗略に扱えるのか、不思議に思うことはあります。
by pooh (2009-08-25 07:48) 

きくち

僕が「えせスピリチュアル」(この書き方でいいかのお)とか陰謀論とかを取り上げることを「科学者のくせに」と思う人もいるのかもしれないけど、僕の問題意識としてはそれほど違わないのなのですよ。「同じものの違う側面」だと思っている。
もちろん、「ニセ科学」はひとつのカテゴリーとしてわかりやすいし、いろいろごちゃごちゃにして議論するのはよくないので、分けますし、分けとくべきだと思いますが。

by きくち (2009-08-25 08:19) 

黒猫亭

>poohさん

>>誤解です。誤読です。先入観です。

誤解と誤読と先入観に基づいて発言したことを真摯に謝罪し、発言を訂正致します。poohさんはヒドイことなんか仰っていません(笑)。

仰る通り、この場で論じられているのは、質問した側がどれだけ間違っているのかなんて話ではなくて、何が述べられているのかを明らかにすることですから、それが明らかにならない限りそもそも議論すら始まっていないと謂うことではないかと思います。
by 黒猫亭 (2009-08-25 08:22) 

きくち

そうそう、「効果」ですが、たとえば『水伝』に限るなら、TOSSが引っ込めたとか(もうだいぶ以前の話。これは「こんなのがあるけど、どうする」という話をしていたら、決断の早いapjさんがTOSSに連絡したその成果)、江本が「ファンタジーだ、ポエムだ」と言ったとか、展開はありますね。MRAも終わっちゃったし。
「ニセ科学問題」全体でいうと、やはりまだ「問題提起段階」だと思います。

by きくち (2009-08-25 09:25) 

FSM

> きくちさん

最初に科学的には間違いであると言い切っておくと、道徳の話も受けとめてくれるような傾向があるような気がしますね。一旦「いい話」と思ってしまうと、ストレートに「いや、いい話なんかじゃないよ、だって、…」と「思想」に切り込んでも、なかなか受け止めきれないみたいです。効果的に道徳の話に切り込むには、事実関係をきちんと説明しておくほうが良いのでしょうね。

指摘されても言い訳をつないでなかなか脱却できないのは、ネット上で顕著な現象なのではないかと思うのですが、どうでしょうか(ネットに限らないけれども、ネットではそういう傾向が強くなるような)。ネットで何か書いてしまうと、「自分が発言した」「発言が残ってしまう」というあたりで引っ込みがつかなくなるからかなあ、と。これはpoohさんがよくおっしゃるネットで発言することの怖さ、とつながっていると思いますが。

「水伝」については、「余計な話をくっつけなければ、アートとして売れたのかもしれないのにねえ」なんて話はする時がありますね。
by FSM (2009-08-25 10:17) 

きくち

「科学的には間違い」というのは断言しとかないと。
ただ、あまり詳細を議論しても、迷路にはいっちゃうので。

「この写真だけにしとけばよかったのに」ということは、たまに言いますね。写真自体は面白いです。


by きくち (2009-08-25 20:34) 

きくち

そうそう、僕も「引っ込みがつかない」はいろいろな場合に重要なキーワードのように思います。本当は引っ込みはつくんだけど、そこに思い至らないか、そこを避けるか。
引っ込みがつかない状態だと思ったら、あまり追い詰めないほうがいいのですよね。


by きくち (2009-08-25 21:02) 

pooh

> 黒猫亭さん

対話の内容はもとの主張の強さに応じて、と云う展開にどうしてもなってしまいますけど、要は示唆がいただきたいんですよね。
それはもう、議論、と云うかたちでなくても全然問題なくて。コミットしている側も、自分たちのこれまでのやりかたで充分だとか、問題なしだとか思っているわけではないんですから。
もちろん、できることしかできないわけですけど。
by pooh (2009-08-25 21:40) 

pooh

> FSMさん

じかに対話する場合の有効な手順、と云うのもプラクティスとして共有していければ、とも思います。

> 指摘されても言い訳をつないでなかなか脱却できない

このへんの抵抗感は感覚的にはわかります。
ぼくはそのへんわりと前言を翻しますけど、これもこれで多少は経験のたまものだったり(あと、自分の発言に無限の精度があるはずがない、と云う自己認識も)。

> 余計な話をくっつけなければ、アートとして売れたのかもしれない

それはありそうな気がします。
ラッセンみたいに一世を風靡するかも(ラッセン同様、ぼくの好みからは遠いですが)。
by pooh (2009-08-25 21:41) 

pooh

> きくちさん

> (この書き方でいいかのお)

ご配慮ありがとうございます。

事象に基づいて論じようとすると、混同は避けるべきで。でも、別種の事象でも問題の根底は同じ、と云うこともあるわけですよね。

> 引っ込みがつかない状態だと思ったら、あまり追い詰めないほうがいい

正面からぶつかっている議論をしているのでない限り(論破の必要があるわけではない限り)、あまり意義はないですよね。
by pooh (2009-08-25 21:45) 

メカ

TAKESANさん

これは思想の問題なのだから、自然科学などと違って事実と理論を組み立てていけばよいと言うものではない。自然科学の問題ならそれでいいけどね。いまのところあなたにいうべきことはこのぐらいしかない。

FSMさん

> 「はず」と言われても、「そうだよね?」と言われても、「そりゃ違うよ」としか答えようがありません。

それは仕方ないんじゃない?政策とか法律でも「そうだ」「いやちがう」と真っ向から対立して、答えが出ないものの方が多い。結局それはあれこれやってみるしかない。そもそも俺はあなたに「いまやってることをやめろ」といってるわけではないわけで、「たまには他の方法を探す努力をしたらどうだ?」といっているだけだ。それをこうまでムキになって拒絶するのは、あなたの現在の活動が自己目的化しているように見える。これはたまたまあなたをサンプルに述べさせてもらったけれど、あなた個人が、というよりも疑似科学批判をしている人の多くにいえること。

> 論理的にはメカさんの言われるような場合があり得ますが、今まで色々話をした経験では、そのようなことはほとんどありませんでした。

ではここのブログ主poohさんでさえ、「誰も疑似科学をなくせるとは思っていない」というのはなぜなの?あなたの主張が正しいなら、時間はかかるかもしれないが、続けていけば疑似科学はなくなるはずなんじゃないの?

そもそもそんなに自分の現在の活動に自信を持っているのであれば、俺の主張など気にする必要はない。あなたの主張の方が正しいかもしれない。しかし俺は層は思わない。お互いそれぞれの道を歩めば、少なくとも一方だけよりは成功する可能性が高まるだろう。互いにがんばろうじゃないか。

それにしても…あなたの主張はにわかには信じがたいけどな。それならとっくに疑似科学は廃れていると思うのだが。マーチンガードナーなんか50年近く前から疑似科学批判をしてるよね。でも一向に疑似科学は減らない。

おそらくあなたの場合、母数を「あなたの話に耳を傾けてくれた人」にとって、成功率を算出しているのだと思う。実際には疑似科学にはまりつつ、あなたの耳を傾けもしない人というもっと大きな母数が存在するはず。あなたは気づいてないのかもしれないけれど、あなたの主張自体が一種の詭弁だと思う。

> なお、「思想」を法律で取り除くことには私は反対です。

気持ちは分かるが、そこに踏み込まなければこの問題を真正面から捉えることは出来ない。そこから逃げているので、変則的な手段を組み合わせて疑似科学をなんとか疑似科学を排除しようとしている。いわばそれ自体が邪道だ。直接取り締まる法律がないから、他の法律を恣意的に適用してとりしまるようなもので、疑似科学批判へ人々の支持を集めることの限界はその部分にあると俺は思うね。つまり「邪道な手段を使っている」と見透かされているんだよ。

直接思想を取り締まらなくても、他の手段で結果的に排除しようとしているのだから、同じことだ。むしろその危険さを隠しているという意味で、より危険だと思う。俺から見れば疑似科学批判はしばしば暴走し行き過ぎていると感じている。それは疑似科学批判者は実際には「思想を取り締まっているのだ」という危険性の自覚がないからだと思う。その危険性を自覚すれば安易な疑似科学叩きはできないはず。むしろ社会にとって極めて有害なごく限られた思想の取り締まりのみになる。疑似科学批判の暴走を押えるという意味で、正攻法に立ち返るべき。

> 「世界の真理を見つけちゃった人」みたいですよ。

思想とはそもそもそういうものじゃないのかな?たとえば共産主義だってそれが正しいと信じた人がいた。でも結果から見ればあまり正しくなかった。正しいと証明できるなら誰も苦労はしないし試行錯誤をする必要もない。もちろん人々に受け入れてもらう努力はこれからもするけれどね。

> 結論だけ受け入れるような姿勢が、そもそもニセ科学の蔓延におおいに貢献していると考えられるわけですから。

あなたのスタンス(懐疑的な姿勢を尊重する)だとそういう考えになるのだろうけれど、俺のスタンスは別だ。疑似科学のそういう側面を俺は否定的には見ない。既に別な人へのコメントで述べたけれど、あなたのそのスタンスだと宗教と疑似科学を区別できないはず。にもかかわらず宗教については不問にし、疑似科学についてのみ有害さを批判するというのはおかしい。俺のスタンスは疑似科学は宗教として利点も欠点も論じるべきというものだ。

この点どうなの?俺に何かと説明をもとめるあなたなのだから、俺にも納得できるように説明してほしい。疑似科学が社会に与えるマイナス面は宗教が社会に与えるマイナス面とほど同じだ。ならばそれは同一のものとして論じるのがむしろ自然のはず。そうはおもわないかい?

> 「◯◯だから非科学的な部分を指摘するのは無意味である」となっちゃってるんですよ。

俺か見れば「科学的な部分を指摘するのは無意味だ」という事実があり、ならば疑似科学がはびこるほかの原因を考え、それについて研究してみるべきだ、という話。逆転しているのではなくて最初からそういう主張だ。原因が最初に見つかるわけではない。結果がありそれを説明するために研究が進み、原因が確定する。

むろん現時点で原因が確定していればそれに越したことはないし、あなたを説得するのもたやすいが、残念ながらこれは容易に完成する研究ではない。なにしろ宗教と人間の心理の関係を研究するのに等しいのだから、多くの人間と長い歳月が必要だと思う。しかし始めなければ永久に始まらない。

> なにかを論証するようなものではない

疑似科学を批判している人にしばしば見られる傾向なのだけど、なんでも(自然科学も)「論証されていない」ことを「論証できるようにする」のが研究だよね。あなたがそうだとは言わないけれど、よく「論証されていないことには価値がない」みたいに言う人がいるよね。誰かが論証しようと試みなければ永久に何も論証されないわけで、科学の本質とは論証された結果にあるのではなく、論証するプロセスにあるのだってことを忘れているのではないかと思う。

そして研究は一人では限界があるのだから「こういう未論証のことがあるから、みんなで一つ研究して論証してみようじゃないか」と呼びかけることは有益なはず。ところが疑似科学批判が高じて「論証されていないことは公の場で口にするな」といわんばかりの人がいる。こうなると疑似科学と疑似科学批判とどっちが有害なのかわからなくなる。ここでもそういう人が少なくないよね。

TAKESさん

> ですから、ニセ科学を撲滅する云々、というのは極論です。非現実的な。
> (略)色々存在するのを知らしめる、これがあります。知らせる事そのものが重要

poohさんにも同じ答えをしたのだけど、だからそれなら「疑似科学批判は疑似科学撲滅に役に立たない」という俺の主張に異論はないはずなんだけど?俺の主張の何に異論があるのさ。asksの文章を読めば俺がちゃんと「科学的な考え方を広めるという意味はある」と述べているのは分かるはず。あなたはもっと相手の話を聞いた方がいい。きっとあなたは「この人は自分の敵だ」と一度思っちゃうと、その人の話にきちんと耳を傾ける気もなくなっちゃうタイプなのだと思う。


poohさん

> リンク先で示したような内容について、「おっしゃっているようなポイントはこの部分なんじゃないですか?」とお尋ねしている(そしてその点についてはご回答いただけない)と云うだけの話です。

だからその部分じゃないよ、と答えてるつもりなのにそれでは納得してもらえないようだから、そうなるともっと突っ込んだ疑問点を示してもらえないと俺としてもあなたが納得できるような的確な説明ができないだろうな、ということなんだけどね。

> ぼくの力量不足のせいでもあるんですが、いくつかのご回答いただけない問いに対して見解を示していただかないと、考えかたについての議論は難しいです。

なぜ相手から求める答えが得られないのか?をもう少し考えた方がいい。それがあなたの力量不足な点。相手から求める答えを引き出すのも理解能力の一部だよ。ただ「答えをくれ、くれ」と言ってるだけでは、それは得られない。俺からに限らず誰からも、ね。

> で、その「問題のある内容」についてご見解をいただければ有益だなぁ、と思っているので、こうしてお伺いしているわけです。

たとえば犯罪を犯すことの非をいくら説いても犯罪はなくならないじゃん?麻薬の有害さをいくら説いても麻薬に手を染める人は後を絶たない。麻薬を思想に置き換えてみればいい。麻薬を取り締まる法律なんて要らない、危険だ!麻薬の有害さを訴えていくことで麻薬の害を社会からなくするべきだ。あなたがたはそう考えて一生懸命努力している。でもそれって正しいの?と。

逆にそういう考え方をしないから自分たちがやっていることの重大さの自覚がない。たとえば血液型占いの番組をテレビでやるたびにテレビ局に抗議をしようみたいな発想って俺には行き過ぎに見える。共産主義を肯定するような番組、戦前の皇国思想を肯定するような番組、ナチスを肯定するような番組、そういうものを社会から排除するのと同じだと思う。まあ、これらの番組も排除されて当然だと考えている人も多いのかもしれないけど。
取り締まりの法律を整備するというのは、逆に暴走を押えることでもある。どういう疑似科学批判が適切なのか、どこからは行き過ぎなのか、そういうものを議論する機会になる。疑似科学批判者は、とにかく疑似科学は批判すればするほど社会のためになるんだと考えているとしか思えない人もいる。それは間違っている。

> じっさいに複数の人間がメカさんのおっしゃるような方向で模索している、とぼくは認識しています。

少なくともあなたのブログのコメント欄の意見を見る限り、ここにはいないように思えるのだけど、それとも見解の違いで、あなたにとってはここで俺にコメントを書いている人も「模索している」内に入るのかな?また、ここの人以外ではもしかしたら「模索」している人がいるかもしれない。世界中の人が何をやっているかなんて俺に知りようがない。でも模索しているにしても、研究成果は俺はあまりこれまで目にしていないのだけど。

> ぼくが受けた印象で云えば、現時点では「とにかく川じゃないほうだ。あとは自分で探せ」とおっしゃっているように感じます。

それはあなたが俺の文章を読んでいないからだ。ここでも既に書いているはず。あなたに対するコメントでではないけれど、さすがに同じことを何度も個別の人相手に書くというのは勘弁願いたい。

> そんなことはないですよ。宝のある可能性がすこしでもある「山」がどちらなのかがわかれば、

俺がいなくても自発的に「他の場所を探してみたらどうだろう」と目先を変えた発想をすべきだと思うよ。まあ、人間には2つのタイプがいるよね。「ここを探してみようよ」と自分が問題領域の設定を行うタイプと、「ここを探せ」と他人によって問題領域の設定をされたものについて一生懸命努力するタイプ。別にどちらが優れているとか言うつもりはないけれど、あなたも含めてあなたの周りには後者のタイプが多いんじゃないかな。

> ご自分のご意見の有益性に興味をお持ちでない可能性、と云うのもある気もするので。さすがに考えづらいですけど)。

俺は俺の意見の有益性について十分述べたつもりなので、それで不十分だとなると、どのあたりがどう足りないのかを示してもらわない限り、これ以上有益性について語るのは限界がある、といってるのだけど。あなたから「この点に質問がある」というのは出たけれど、今度は俺がその質問の有益さが理解できない。順序としては、あなたがその質問の有益さを示してくれて俺が納得すれば、あなたの質問にも的確に答えられるだろうし、そうなれば俺の主張の有益さに関するあなたの理解も進むはず。

ボールはあなた側にあるはず。そして「そんなに何度もボールをやりとりしなければダメならもういいや」とあなたが思うのであれば、それはそれで仕方ないと思う。あらゆることについてあらゆる人と理解を共有するのはいくら何でも無理だろう。ご縁がなかった、ということで(苦笑)。一応あなたからボールが来れば俺の方は少なくともそのボールは投げ返すつもりだけどね。

apjさん

> どちらの主張にしても根拠がないことでは同じなので、正攻法の判断はできませんが、ヒューリスティックな判断は可能かと思います。

警察の活動の正当性や有効性は常に検討され続け、適切なものになっているか多くの人が研究しているはず。それを疑似科学批判についてもやるべきだろう、という話なんだけどね。「この方法が正しい」とひとたび決めたら、あとは批判も自己検証もせずに盲信してまっしぐらというのでは、どっちが疑似科学だかわかりゃしない。

少なくとも警察には警察の行き過ぎや間違った方向に進んでいないかを監視する人々がいる。警察とは独立した裁判所もある。ところが疑似科学批判についてはあなたはそういうものを否定するのかい。何事も一方だけの立場では誤った方向に進んでしまう可能性が無視できない。

> 私は当事者(つまり原告になれる立場)なのだから、それなりの主張があって当たり前。

疑似科学論者やカルトにだって主張はあるだろう。問題はその主張の正当性がどれだけかという点であり、この件に限っていえばあなたの主張はカルトと大差ない。それが俺の見解。

> あなたはどこまでいっても第三者、つまり野次馬で、当事者にはなれないんだから、何の力もないわけだよ。

「第3者」というと普通は「客観性」が続くと思うのだけれど、「野次馬」と続くことに恐れ入った。ならば疑似科学を批判している多くの人間は野次馬になってしまう。この文章一つとってもあなたが如何に強引な主張をする人間か分かってしまう。

>  あと、先に権利侵害したヤツが居るのに、そっちはスルーして、被害者に対して詭弁や我田引水だと決めつけるやり方を取る人が、擬似科学には法的規制を、などと言い出すのは自己矛盾じゃないのかな。

被害者であろうとその主張に妥当性が求められるのは当然だろう。それと加害者の主張の妥当性は別な問題。加害者が「こんなひどいことしたんだ」から、その論証はいい加減でいい、という考え方がそもそも疑似科学批判をする資格がない。またそもそもあなたが被害者というのも疑問だ。直接の被害者が(仮に存在するなら)メールの書き手だろう。あなたは自分は無関係ではないと主張するのかもしれないが、最終的には日本人すべてが無関係ではないという話になるぐらいの関係しかないように見える。

いずれにせよ、あなたの場合主張そのものよりも、それをどう主張していくかというアプローチに未熟さというか粗雑さがある。バイタリティはあるようなので、そういう意味で武闘派だな、と俺は思った。


> 私が参加しているMLの内容(私信)を暴露したという主張がなされたのだから、私の私信が第三者に暴露され私が被害者になる可能性を含んでいる。

こういうところが拡大解釈。よくある市民運動の主張と変わらない。「自分たちも被害者だ」と。まあ、あなたはそういうタイプの市民運動についても「何が悪いのか」というスタンスなのかもしれない。まあ悪くはないのかもしれないけれど、個人的にはあまり近くにいられたくはないタイプだ。

>  ところが、被害者になり得る立場の私の主張に対して、メカさんは詭弁だとか我田引水だとか「主観」による印象操作を試みている。

繰り返しになるけれど、主張そのものではなく主張の仕方がおかしいといっている(主張そのものもおかしいとは思っているけれど、それを話し出すと長くなりすぎるし、俺が言いたいことは某唐沢俊一批判ブログと同じだ)。

> このことから、普通の倫理的規範をメカさんは持ち合わせていないと判断することになる。

自分の側に常に倫理規範があると信じるのは自由ではあるけれど、それを根拠にさらに主張を積み上げても残念ながら砂上の楼閣だ。一方俺は倫理規範を論拠としてはいない。あくまで論理の組み立て方(「詭弁だ」)を問題にしている。少なくともあなたよりは俺の方に正当性があると思う。

>  一方、ニセ科学の問題というのは、社会規範の問題でもある。メカさんの規範意識が歪んでいるままで、思想的な問題だなどと主張しても、他のひとには通じないのが当たり前ではないか。

たとえ主張の仕方が不適切であっても、自分の側に社会倫理があるのだから、自分に賛同せよ、そうでない人間は規範意識が歪んでいるに違いない、という主張の方がよっぽどカルトっぽいと思うけどね。自然科学でも懐疑主義でも、それらは手続きの正当性を重んじるはず。論証手順が粗雑でも結果が正しいんだから、いいだろうといわんばかりの、あなたの姿勢が疑似科学批判に相応しくないといっている。


きくちさん

> 道徳を自然科学で基礎付けることの意味(それは科学に対する誤解、とか)の説明にずっと時間をとります

その「それは科学に対する誤解」という主張が、あなたとは違う立場の人間からは「勝手な主張」に思えるわけだよ。そしてあなたの説明では納得させられない。俺も納得しない。道徳を森の動物たちの寓話で説明することと、水の結晶で説明することに質的な違いはない。意地悪なキツネやタヌキは物語の最後でいつも罰が当たり酷い目に遭う。

悪いことをすると最後には罰が当たると語っているのは、その作者がそうストーリーを作ったからだ。何も証明になっていない。しかしそれを聞いて子供は「ああ、悪いことをしてはいけないのだ」と思うわけだ。水の結晶で道徳を教えるのは、キツネやタヌキが水の結晶になっただけの話だ。どのような結晶がキレイな結晶なのかは結局は人間が主観で判断するのだから。

森の動物を題材にして恣意的なストーリーを組み上げて道徳教育をすることと、科学を題材にして恣意的な検証方法で道徳教育をすることのどこが違うのだろう。もちろん科学にとってはそれはいい迷惑かもしれないが、それは科学側の勝手な言い分に過ぎない。

> こういうものは10年続けて社会がどうなるか、くらいですよ。

オウム真理教事件の頃から数えてもすでに15年立っているし、疑似科学批判自体はそれより前から行われているはず。あるいはあなたが始める前の疑似科学批判は成果を上げなかったが、あなたのやり方では成果を上げる可能性があるということだろうか。

> 僕は「ようやく、少しは世間に問題が知られてきたかな」程度の認識です。まだまだ、問題自体が伝わっていない。僕はまだ「問題提起の段階」と考えています。

オウム真理教事件ほど疑似科学に関する問題提起が行われた機会はないだろう。疑似科学批判も盛んに行われた。疑似科学批判ブームはそれ以前もそれ以降もたびたびあった。古くはユリゲラーのスプーン曲げのインチキ暴露とか。あなたが今やっている疑似科学批判は過去に行われたものとは違うのだろうか。

> 「なぜこんなものが受け入れられるのか」は一貫した問題意識で、要するに「みんな、もっと考えようよ」ということを伝えたいわけです。

あなたはテレビ局への抗議などについてはどう考えているのかな。これは「みんなで考えよう」という範疇には入らないと思う。あなたが抗議に対して肯定的なのか否定的なのか知らないけれど、肯定的なのであれば、それは「みんなで考えようよ」とは別の思想なのだろう。むろん一人の人間が複数の思想を持っていても悪くはないが。

疑似科学批判の問題は、一歩間違うとこのように情報統制につながりかねないこと。現在の疑似科学批判は、批判すればするほどよい、みたいな風潮があり、その歯止めが存在しない。特定の情報や思想を社会から排除しようと働きかけるならば、それ相応の確固たる根拠(その思想を野放しにした場合のマイナスと、それを排除した場合のマイナス)を慎重に検討されなければならない。敵対する思想は社会にとって悪だと独善的に断じ、実際に配所のための行動を起こすとなると、どちらがカルトなのか分からない。

poohさん

> そうすれば考慮する、と云うものを提示しても、そのことを無視して相手方の主張のみ取りざたする、と云うスタイルを取る方っていらっしゃいますよね。

質問に答える価値を納得させてくれれば質問に答えるといってるのに、それを拒否しているのはあなたの方なのだが。あなたが少なくともその努力をした上でも俺が相変わらずあなたの質問に答えないようなら、その時に俺に対してそういえばいい。

なぜあなたは自分が発した質問が何に必要なのかを説明できないのだろう?必要だから質問したのではないのだろうか。俺の方が不思議だ。単に何かの足しになるかもしれないと思って質問してみたのだろうか。それだとそんなあやふやな背景で発せられた質問に答えても、それをきっかけに何か互いに有益な議論に発展するようには思えない。

きくちさん

> 僕が「えせスピリチュアル」(この書き方でいいかのお)とか陰謀論とかを取り上げることを「科学者のくせに」と思う人もいるのかもしれないけど、

むしろそれらを「科学者の視点」でしか見ないことに問題があるように思う。あなた個人がというのではなく、「誰もが」そういう視点でしか見ないことに問題がある。

> 最初に科学的には間違いであると言い切っておくと、道徳の話も受けとめてくれるような傾向があるような気がしますね。(略)効果的に道徳の話に切り込むには、事実関係をきちんと説明しておくほうが良いのでしょうね。

これはやってることは、水伝と同じだ。水伝は科学を使って自分思想を広めようとしている。あんたもまた科学を使って「水伝の思想は間違い」という思想を広めようとしている。水伝を使った道徳教育を否定したいのであれば、あなた自身も科学を使わずに水伝の思想を否定すべきなのではないかい?科学を科学以外の目的に使うのはあなたのポリシーに反するのではなかろうか。

俺は科学を科学以外の目的に使う人がいても良いと思う(気持ち的には嫌だが、それを否定する論拠を俺は用意できない)。

> ネットで何か書いてしまうと、「自分が発言した」「発言が残ってしまう」というあたりで引っ込みがつかなくなるからかなあ、と。

ここにいる人の多くが疑似科学批判をし続けている動機もたぶんそれだと思うよ。善し悪しだろうね。あなたも疑似科学批判を一旦始めた以上はそう簡単にはやめる気はないのだろう?人間のポリシーとはそういうものだ。それを正当化する理由(社会のためだとか)はみんな後から準備されていくものだ。その結果それが本当に社会にプラスになるか、独りよがりで終わるかは、神のみぞ知るところ。

まあ、結局そういう問題に逃げざるを得ないところが、あなたが思想面に踏み込めていない証明だと思う。もちろんだからといって俺が深く踏み込めている分けではないけれどね。しかしこれからも努力はしていくつもりだ。一方あなたは、水伝と同じように科学を口実に自分の道徳(水伝は有害である)を広めていくのだろう。

それはある意味同じ土俵でがっぷりと四つに組んでいるのだから、いい勝負なのかもしれない。しかし同じ土俵で戦っていては永久に勝負はつかないだろう。

人は善悪を判断する重みに耐えかねてそれを自分の外に求める。それが「常識」や「法律」や「宗教」であり、水伝の信者が水の結晶に求めるのも同じものだ。なぜ彼らが常識や法律では満足できないのか、宗教や水伝が提供しているものは何なのか。それは思考停止の強要による重責からの解放だ。それを変わって提供するか、その渇望を他の方向へ昇華させる方法を提供しなければ、彼らは水伝を捨てることはないだろう。
by メカ (2009-08-26 16:09) 

pooh

> メカさん

あまり端的にお答えしたくはなかったのですが(なので持って回った云い方をしていたのですが)。

> 質問に答える価値を納得させてくれれば質問に答えるといってるのに、それを拒否しているのはあなたの方なのだが。

ここでメカさんに提示されたいくつかの質問に答えることのメカさんにとっての価値は、「このエントリで言及したメカさんの元エントリの内容が、ここのコメント欄で発言された方々にとって顧慮すべき事柄である、とメカさん自身が考えていると示すことができること」です。

このことをご理解いただけるかどうか、メリットとお感じになるかどうかはわかりませんが、このことを示してくださらないと、シリアスな議論は始まりません。
いろいろな方のコメントにお返事を書かれていますが、お返事する意義をお感じの方はそろそろいないのではないかと思いますよ。

とりあえず、メカさんにはここでの議論に応える義務はありません(どなたにもありません)。
まとまった論考のご提示の準備ができた段階で、参考にさせていただければ幸いに思います。
by pooh (2009-08-26 20:50) 

FSM

> メカさん、

とりあえず私宛のものには簡単に反応しておきます。
管理者のpoohさんにはご迷惑をおかけしますが、今回だけお許しください。いちおう、まだ意義があるのではないか、と思っていますので…。

> そもそも俺はあなたに「いまやってることをやめろ」といってるわけではないわけで、「たまには他の方法を探す努力をしたらどうだ?」といっているだけだ。それをこうまでムキになって拒絶するのは、あなたの現在の活動が自己目的化しているように見える。これはたまたまあなたをサンプルに述べさせてもらったけれど、あなた個人が、というよりも疑似科学批判をしている人の多くにいえること。

ええと、拒絶しているように見えます?「思想」(メカさんがどういう意味でこの単語を使用しているのかがイマイチ見えないのですがとりあえず)に切り込むには、(例えば)「水伝」が根拠としている部分が科学的には間違っているよ、ということを明確に示すと効率が良いよ、という話をしているのですが。「思想」に切り込むための具体論を展開しているのですけど。

> ではここのブログ主poohさんでさえ、「誰も疑似科学をなくせるとは思っていない」というのはなぜなの?あなたの主張が正しいなら、時間はかかるかもしれないが、続けていけば疑似科学はなくなるはずなんじゃないの?

それはあなたが言った通りです。水伝を信じていた人がその間違いに気付いても、また次のニセ科学に飛びつくことは十分あり得ますからね。上で私が書きましたけど、個別のものへの批判と、長期的な課題は区別してください。それに、未来が不確定である以上はどうやったって不安を持つものだし、それは新たなニセ科学が発生する素地になりますよね。

> そもそもそんなに自分の現在の活動に自信を持っているのであれば、俺の主張など気にする必要はない。あなたの主張の方が正しいかもしれない。しかし俺は層は思わない。お互いそれぞれの道を歩めば、少なくとも一方だけよりは成功する可能性が高まるだろう。互いにがんばろうじゃないか。

メカさんから何かを学び取れるかなと思ったことと、多少なりとは言え実践した経験を共有できれば、メカさんを含め次のステップを切り開く役に立つかなと思い、コメントしました。お互いの認識が共有できれば実のある議論になるかなと思ったのですが、どうもメカさんは御自身の主張と私の主張が相容れないものと思ってらっしゃるみたいで、残念です。

> それにしても…あなたの主張はにわかには信じがたいけどな。それならとっくに疑似科学は廃れていると思うのだが。マーチンガードナーなんか50年近く前から疑似科学批判をしてるよね。でも一向に疑似科学は減らない。

それはニセ科学を信じる人間の心を甘く見ているんじゃないでしょうか。そう簡単にはいかないですよ。
 ちなみに血液型性格判断については、どういうレクチャーをやったらどれくらい受講者の認識が変わるか、またそれが維持されるかどうか、といった効果について、上瀬由美子さんという心理学者が研究されておられます(すぐレファレンスが出ないのですみません。興味がおありでしたら紹介します)。

> おそらくあなたの場合、母数を「あなたの話に耳を傾けてくれた人」にとって、成功率を算出しているのだと思う。実際には疑似科学にはまりつつ、あなたの耳を傾けもしない人というもっと大きな母数が存在するはず。あなたは気づいてないのかもしれないけれど、あなたの主張自体が一種の詭弁だと思う。

最初に断わったように、あくまでも私のごく狭い範囲での実践という経験ですから、ただちに一般化できるとは思っていません。しかし、机上の空論というわけでもありません。メカさんが言われるように私の話に耳を傾けもしない人というのは大量にいるでしょうが(身近な例が私の親だったりしますが^^;;)、それで変わる人も一定数いるわけです。なので、「耳を傾けもしない人」の方が圧倒的に多いという仮定をメカさんは暗黙のうちにしておられるわけですが、それはあくまでも可能性であり、体感としては極論ですね。繰り返しますが体感なので一般化はできないと思いますが、ただの空論というわけでもありません。

>> なお、「思想」を法律で取り除くことには私は反対です。
>
> 気持ちは分かるが、そこに踏み込まなければこの問題を真正面から捉えることは出来ない。そこから逃げているので、変則的な手段を組み合わせて疑似科学をなんとか疑似科学を排除しようとしている。いわばそれ自体が邪道だ。直接取り締まる法律がないから、他の法律を恣意的に適用してとりしまるようなもので、疑似科学批判へ人々の支持を集めることの限界はその部分にあると俺は思うね。つまり「邪道な手段を使っている」と見透かされているんだよ。

いえ、そういうわけではありません。少なくとも私個人としては、法権力からの介入を防ぎたいので、自発的に批判をしているのです。なるべく私的自治で抑えられる範囲のうちに、そういうものに巻き込まれずに済むようにこうやって批判をしています。なので、邪道というのはあくまでもメカさんの理路にとってであって、私にとっては邪道どころか統一されたものです。

> 直接思想を取り締まらなくても、他の手段で結果的に排除しようとしているのだから、同じことだ。むしろその危険さを隠しているという意味で、より危険だと思う。俺から見れば疑似科学批判はしばしば暴走し行き過ぎていると感じている。それは疑似科学批判者は実際には「思想を取り締まっているのだ」という危険性の自覚がないからだと思う。その危険性を自覚すれば安易な疑似科学叩きはできないはず。むしろ社会にとって極めて有害なごく限られた思想の取り締まりのみになる。疑似科学批判の暴走を押えるという意味で、正攻法に立ち返るべき。

言論の範囲で批判しようってんですから、民主主義に則った「正しい」方法だと思いますけどね。批判されたくなければ、「水伝」なんて出版しなければよい。出版の自由があるかわりに、批判する自由もあるんです。公的な権力による取り締まりと、自由な言論による相互批判を一緒にするのは暴論でしょう。

>> 「世界の真理を見つけちゃった人」みたいですよ。
>
> 思想とはそもそもそういうものじゃないのかな?たとえば共産主義だってそれが正しいと信じた人がいた。でも結果から見ればあまり正しくなかった。正しいと証明できるなら誰も苦労はしないし試行錯誤をする必要もない。もちろん人々に受け入れてもらう努力はこれからもするけれどね。

それって、「自分の主張には根拠なんてない、オレが正しいと思ったことがこの世界では正しいのだ」というわけでしょうか?いや、そうならそうでいいですよ。そうおっしゃっていただければ。ただ、共通認識に基づいて、互いに高めあっていこうという意志のない人なんだなあ、と思うだけですが。

ついでに言うと、「水伝」なんてのは、あからさまに間違った科学を根拠に展開された「思想」なわけですよ。「思想」をどう捉えるかにもよりますが、思想の根拠を切り崩すのだって思想に対する有効な「切り込みかた」でしょう。

> あなたのそのスタンスだと宗教と疑似科学を区別できないはず。にもかかわらず宗教については不問にし、疑似科学についてのみ有害さを批判するというのはおかしい。俺のスタンスは疑似科学は宗教として利点も欠点も論じるべきというものだ。

科学的根拠があるかないかで大きく違うでしょう。メカさんは、客観的に検証できる部分をあまりに軽視しすぎているように見受けられます。

> この点どうなの?俺に何かと説明をもとめるあなたなのだから、俺にも納得できるように説明してほしい。疑似科学が社会に与えるマイナス面は宗教が社会に与えるマイナス面とほど同じだ。ならばそれは同一のものとして論じるのがむしろ自然のはず。そうはおもわないかい?

あり方が違うので、違う批判方法になるのが自然でしょう。
 私自身は無宗教だし唯物論者であると自認してますが(ナンチャッテ唯物論者ぐらいに思っといてもらえばいいのですが)、墓にも参るし初詣にも行きます。その程度には宗教と付き合っています。
 が、もちろん有害な部分はありますし、それは批判しますよ。私のブログでも時々そういうことを書くこともありますし、「(俗流)スピリチュアル」については結構取り上げています(読め、と言ってるわけではなくて、やってるよ、と言いたいだけですが)。
 私個人の価値観で言えば、宗教はなくなったって全然構わないし、その方がスッキリするんじゃないかと思っていますが、それは価値観の問題ですよね。宗教を支えに生きる人を否定はしませんし、そういう生き方は尊重したいと思います(ヤキソバパンよりカレーパンが好きだ、という表明と同じようなものだと思ってください)。しかし、人の生き方として、民主主義社会にとって明らかに有害な「思想」を含むものであれば当然「科学」や「ニセ科学」の問題とは別に批判しますが(私だって人間ですから)、そういう価値観の問題と、客観的に検証可能な部分の問題とは一旦切り離さなければ、分析もなにも出来るもんじゃありません。
 メカさんは、思想、思想という割には、具体的に分析せずに、十把一絡げに切って捨てればよいという立場のように見えてしまいます。

>> 「◯◯だから非科学的な部分を指摘するのは無意味である」となっちゃってるんですよ。
>
> 俺か見れば「科学的な部分を指摘するのは無意味だ」という事実があり、ならば疑似科学がはびこるほかの原因を考え、それについて研究してみるべきだ、という話。逆転しているのではなくて最初からそういう主張だ。原因が最初に見つかるわけではない。結果がありそれを説明するために研究が進み、原因が確定する。

「事実があり」とおっしゃいますが、それはあなたの主観的事実ですか?それとも客観的事実ですか?後者なら、(根拠を示せとは言いませんが)どうしてそうだと言えるのか、その理路を少しでも言いから示してもらえると有り難いです(それは、私にとっても有益なんですよ)。前者であるとするならば、ああ、メカさんはそう思うのね、としか言いようがりません。

> むろん現時点で原因が確定していればそれに越したことはないし、あなたを説得するのもたやすいが、残念ながらこれは容易に完成する研究ではない。なにしろ宗教と人間の心理の関係を研究するのに等しいのだから、多くの人間と長い歳月が必要だと思う。しかし始めなければ永久に始まらない。

ニセ科学だって批判を始めなければ永久に始まりませんね。

>> なにかを論証するようなものではない
>
> 疑似科学を批判している人にしばしば見られる傾向なのだけど、なんでも(自然科学も)「論証されていない」ことを「論証できるようにする」のが研究だよね。あなたがそうだとは言わないけれど、よく「論証されていないことには価値がない」みたいに言う人がいるよね。誰かが論証しようと試みなければ永久に何も論証されないわけで、科学の本質とは論証された結果にあるのではなく、論証するプロセスにあるのだってことを忘れているのではないかと思う。

私が言ったのは、「もちろん、現時点でのメカさんの主張が、「たぶんそうなのだろう」という想像であって、なにかを論証するようなものではない、というのであれば、それはそれでいいです。「そう思う人もいるのね」と思いながら、poohさん同様に、メカさんなりの理路を示されることを待ちたいと思います。 」ですよ。メカさんは、御自分の主張について、単なる思いつきか主観的事実なのか、それとも客観的に論証し得るものなのか(現時点で論証できてないといけないと言っているのではなくて、客観的に我々みんなでその成果を共有でき得るものなのか、ということ)をお尋ねしたのです。
 今回のメカさんのコメントから想像するに、メカさんは客観的に論証可能である主張をされている、ということですよね。でしたら、その理路を、あるいはこうなのじゃないかという予想でもいいんですが、言っていただければ私としては嬉しいです。今後の方向性に反映させられるので。

ちなみに、きくちさん宛のレスの中には私の発言が多く引用されているのですが、^^;;
まあ重複するので省略します。

意義ある議論のためには、抽象論のレベルに留まるのではなく、具体的な分析に足を踏み入れていただければなあ、と思います。たとえば、「水伝」についてはどう「思想」に切り込めばいいか、とか。

長文失礼しました。
by FSM (2009-08-27 01:41) 

pooh

> FSMさん

逐語的な反論の応酬ってゲームとしてはありなんですが、そこからなにかを得るための議論にはなりにくいじゃないですか。
そう云う展開になってくるとまず、「議論の意義」と云うところからの再把握が必要な場合もあるんじゃないかな、とか思います。
by pooh (2009-08-27 07:28) 

TAKESAN

今日は。

kikulogでも書いたのですが、「母数」の誤用をよく見かけますね。「分母」の意味で使う人も散見されます。
by TAKESAN (2009-08-27 11:14) 

zorori

そもそも、poohさんの疑問は、

「どんなものを読むと、思想の部分に切り込むのを避けると云う印象が形成されるんだろう。」

でしたね。
「思想の部分に切り込む」とはよく分かりませんが、科学的間違いの指摘以外の事なら沢山の人が行っているのに、なんで?という疑問ですね。しかし、そういう印象を与えているケースがあるのなら顧慮すべきかもしれないので具体的に教えていただけるとありがたいと言うことだったわけですが、残念な結果と相成りました。ニセ科学批判者はいろんなアプローチを許容しているのに、一つのアプローチしか許容していないような印象をメカさんは持たれているようでした。しかも、ご自身は一つのアプローチしか許容せずに、ニセ科学批判者が別のアプローチをしていることを批判されているようなところを感じました。それぞれが得意とするところをやればよいだけで別に競合したり害になったりすることはないと思うんですけどね。税金による公的な活動ではなく、自発的な言論活動なんだし。

私自身は科学的間違いの指摘、つまり「ウソである」ことを示すだけでもそれなりに(本心は十分に)効果があると思っていますが、「ウソにについて、心理面、社会規範面からの考察が必要だ」と考える方もいます。考慮すべきフェーズはいろいろあるわけで。

たとえて言えば、詐欺犯罪について被害者予備軍に対して情報提供をしている消費者団体にニセ科学批判は近いと思います。どちらかと言えばウソはいかんと思っている普通の消費者を対象としていて、詐欺に使われる商品に詳しい人が適任でしょう。それとは別に、犯罪者自身の心理面や犯罪を生み出す社会的背景の研究するというアプローチもあって、この場合は詐欺師や詐欺に嵌ってしまいながら被害の自覚のない被害者が対象という感じところかと。文学者とか心理学者、社会学者などが適任でしょうね。

by zorori (2009-08-27 20:30) 

pooh

> TAKESANさん

あぁ、この誤用はぼくもしがち。
この場合「母集団」が正しいんでしょうか。「母集団内の標本数」になるんですかね。
by pooh (2009-08-27 22:26) 

pooh

> zororiさん

> > 残念な結果と相成りました。

いやまぁ、確かにメカさんに「メリット」を提供することはできませんから、仕方ないです。
こう云う議論における「メリット」と云うのがなにか、と云うのも、たぶんひとそれぞれなんでしょう。

いずれにせよ、焦点の定まらない対話をぐだぐだと続けることにメリットを感じる方は少ないのではないかと。
by pooh (2009-08-27 22:29) 

FSM

> poohさん

すみません。自重します…。
よくわからないですね。メカさんがなにを言いたいのか。
傍観者だからなのかなあ、とか思ったり。まああまり想像してもしょうがないのでやめておきます。失礼しました。
by FSM (2009-08-27 23:37) 

TAKESAN

>poohさん

思い切り本題とはずれますが、ご容赦を…。

「母集団を構成する要素の数」:母集団の大きさ

「母集団の性質を推測するために母集団から採り出した一部」:標本

「標本を構成する要素の数」:標本の大きさ

「標本、つまり母集団から採り出した集合の数」:標本数

ですね。

標本とは母集団から採ってきた要素の「集まり」の事なので、「母集団内の標本数(要素の数の事なら”大きさ”)」とは通常言わないとは思います。

たとえば、ある地域における○○党支持率(「支持をする」にYesと答えた人の割合と定義します)を調べたい、でも全員を調べるのはコスト的にも時間的にも無理、という場合に、「ある地域の投票権を持つ人の集合(これが母集団)」から一部を採ってくるとします(無作為に。説明は省略)。その採ってきた集合を「標本」と呼ぶ訳ですね。
たとえば、その地域の投票権を持つ人が20万人いれば、「母集団の大きさ」は20万。その中から無作為に300人を調べたとすれば、「標本の大きさ」が300である、となります。

で、仮に、その地域での男女における支持率の差を検討したい、といった場合、男女という性別の層別で比較をしたい訳だから、男性と女性それぞれから標本を採ってきて比較します。
この場合に、たとえば男女それぞれ300人ずつ調べたとすると、
標本数:2 (男女それぞれから大きさ300の標本を抽出したので、標本が2セットある)

となる訳ですね。

母数は、(正規分布の場合)母平均(μ)や母標準偏差(σ)の事ですね。ポアソン分布だと λ かな。それで母集団の大きさを指す事は、通常無いと思います。
by TAKESAN (2009-08-27 23:57) 

pooh

> FSMさん

明かされていない内心を推し量るのは、いろいろと問題を生じさせうるので、控えたほうがいいでしょうね。
逆に「内心を明かすことのメリット」と云うのも存在する、と云うことでもあると思うわけですけど。
by pooh (2009-08-28 07:41) 

pooh

> TAKESANさん

あぁ、なるほど。「標本数」と云うときには、前提としてそのピックアップのもとになる「母集団」は当然存在する、と云うことですね。なるほど。

一般的な言葉遣いとしてはこの場合(母数、は誤用なので論外として)分母、と云うのが適切なんでしょうかね。
by pooh (2009-08-28 07:45) 

技術開発者

こんにちは、皆さん。

なんとなく、どこかで似たような議論を見たことがあると思ったら労働安全系の議論でした。

 ハインリッヒの法則というのがある訳ですね。1つの大事故の前には29の小事故があり、300のヒヤリハットがあるなんてね。でもって大事故を減らすためには、ヒヤリハットを「気を付けよう」とかで終わらせないできちんと解析することが必要なんて話がでるわけです。でもって、実はヒヤリハット解析というのは、結構、単純だけど多岐にわたる訳です。

 例えば、「工場内の通行路で転んで顔を上げたら装置の駆動部分が目の前でヒヤリとした」があるとするでしよ、おそろしく沢山の検討項目が出てくるんです。「通路と装置間の距離をもっととるか防護柵をたてる」もあれば、「通路が濡れていて転んだ可能性があるから、通路が濡れない策をたてる」もある、転んだ人の状況(「急いでいた」、「ボーとしていた」、「人と話ながら歩いていた」とか)の解析もしなきゃならない。まあ、早い話、とてもチマチマしたことを解析して、チマチマした対策でも「やれることをみんなやる」なんてのが、安全対策なんですね。

 でね、こういうチマチマ解析してチマチマ対策を練っていると、必ずと言って良いほどこういう人が出てくるんですね、「そんなチマチマしたことをやっていても仕方ない」なんて言い出す人です。でもって、「じゃあ、どうしたら良いのさ」みたいな事を問うても、実のところ何も出てはこないんですよ。そして、そういう人に限って「いや、何か抜本的な方法が有る」みたいな事にこだわるんですね。そういうのは相手にしても仕方ない人なんですよ。時間の無駄だからね。

by 技術開発者 (2009-08-28 08:39) 

技術開発者

こんにちは、皆さん。連投に成っちゃうんだけど、せっかく労働安全のアナロジーで書き始めたのでこれも書いてしまおうと思います。

なんていうか、労働安全対策とかやっていると「安全意識の向上」みたいな話もでるんですね。でもって実際にやっていることの多くがチマチマ対策だったりすると、「そんなことより、もっと安全意識の向上活動をやるべきだ」という意見もでる訳です。チマチマ対策の中の防護柵の設置とかはハード面だから割と理解されるんですが、中には細々とした行動指示になるものもありますからね。

ところがね、この安全意識の向上というのは、要は仕事場の雰囲気みたいな部分が大きくて、チマチマしたことでも、頻繁に行われると、全体を集めて講習するよりはるかに効果が出るんですね。なんていうか、例えば脚立に登ってネジ止めでもする時に、最後の一本の場所が少し離れている時に、身を乗り出すか、それとも一度脚立を降りて脚立を動かして止めるかなんてね。古株の職員が、「危ないから、脚立を移動してやれ」と言う雰囲気かどうかなんですよ。その言葉が出るような雰囲気になれば、その職場の安全意識はかなり高い訳です。そんなものは、全体集めて安全講習をいくらやったって出てこないけど、細かい事を五月蠅く言う中で「そうだね」と思って従ってくれる人が幾らかでも出てくると少しずつでも浸透するものなんですね。

結局、社会の雰囲気みたいなものを動かすのは、細々したことの積み重ねなんじゃないかと思ったりするんですね。

by 技術開発者 (2009-08-28 17:48) 

pooh

> 技術開発者さん

ただ逆に云うと、現場の知のみが有用な知ではない、とも云えるわけで。現場にブレイクスルーが見られない、と云う見解に立っているひとから、「抜本的な方法」を提示してもらえる可能性は充分にあるわけです。
議論をおこなうことでその部分の示唆をいただくことがかなわなくても(「時間の無駄」になる可能性もあるわけですし)、「抜本的な方法」を提示していただくことはできるわけですよね。そこをお待ちしたい、と考えています。

> チマチマしたことでも、頻繁に行われると、全体を集めて講習するよりはるかに効果が出る

こう、最近ちょっとパワーがなくて、愚痴ってきくちさんに叱られたりしてたんですが。
考えると、ここなんてもともと「検索結果に対抗言論を忍び込ませる」ことを意識して運営してたりしたんですよね。
おっしゃるような効果を期待する部分が本分だったのだなぁ、と云うのを思い出しました。
by pooh (2009-08-28 21:57) 

TAKA

私も思想に切り込んで、考えました。

メカさんの御言葉
>単に何かの足しになるかもしれないと思って質問してみたのだろうか
>それだとそんなあやふやな背景で発せられた質問に答えても、
>それをきっかけに何か互いに有益な議論に発展するようには思えない

同感です。私も、このような気持ちになる事が有ります。自分の論に、自信が無い時などですね。
不安で前に進めない私:「ここで僕が迂闊に答えたら、的確な反論を沢山もらって、恥をかいてしまうのかも…。そんな事態だけは、嫌だ!」
自分を強く鼓舞する私:「この僕は、いつも正しいんだ!この僕に、間違いは無いんだ!僕が一番でなければ!僕の視点こそが、僕の思想こそが!」

視野狭窄に落ち込み、うろたえる私。そうだ!「本論から外れた話題を述べ続けて皆を煙に巻くガッカリな論法」が、私に残されているではないか!
「それだと、読者たちの徒労感が累積するのかも。」ですって?そんなの、関係ないですわ!(アタクシの自尊心が優先されますわ!)

…。こんな感じになりました。
・・・・・・
poohさん、若い思考が己の迷いを大人の論者たちにぶつける「論点どこやねんメカメタ喋り場」の提供、お疲れ様でした。これからの長期展開に、期待しています。

ところで、「相対主義からの視点」は最強ですか?(科学からの視点や、僕だけの独自な視点よりも強い?)もしもそうならば、負けず嫌いの私にぴったりの思想ですね(^-^?
by TAKA (2009-08-28 22:32) 

pooh

> TAKAさん

> 「相対主義からの視点」は最強ですか?

負けないためには、最強かもしれないです。それ以前に、視点としては持っていないとまずい種類のものだと思います。
ただ、それを勝つための方法、として使ってしまうと、自分の手元には焼け野原しか残らなくなってしまう虞れはありますけどね。
by pooh (2009-08-28 22:48) 

TAKA

相対な視点に嵌ると、あまりの居心地の良さに柔軟な思考が硬直するのかも。

ちなみに私、「スズメバチトラップの作り方」なんて記事を読んでいます。全身どっぷり罠に漬かって身動きできない蜂さんが居る模様。
しかしながら甘き餌に埋もれて、幸せのうちに天国へ飛び立つ危険な私。…いいかも。
by TAKA (2009-08-28 23:26) 

pooh

> TAKAさん

相対主義的視点は、必要なんですよね。
ただ、それだけでは、考えたり議論したりする目的は果たせなくなるんですよ。いや、目的はそれぞれだ、とも云えるんですが、「相手にも益する議論」にはなりづらい。
by pooh (2009-08-29 05:25) 

zorori

poohさん、

>ただ、それを勝つための方法、として使ってしまうと、自分の手元には焼け野原しか残らなくなってしまう虞れはありますけどね。

不思議なのは、自分だけは焼け残っていると思っている場合が多いことですね。自分もろとも燃えつくしてしまうのなら、それはそれで一貫しているとは思うのですけど。

by zorori (2009-08-29 06:46) 

pooh

> zororiさん

一般的に、議論、と云う話で云うと。

まず、なにかを口にする、と云う時点で自分の主張があるわけじゃないですか。主張の本質、核みたいなものが。で、その核そのものが脆弱な部分を持っている可能性もあって、そこの部分を自覚できないのはまずいので、そこの部分については相対主義的な視点で見ることが必要になるわけですよね。同時に、他の議論の参加者の主張についても同様です。

で、これは自分と他の参加者それぞれの主張の核の存在を前提として、ある意味それを尊重することを前提としてはじめて有効に使える手法で。自分の主張の核を充分に示さないまま、他の参加者の主張の核を灼くために相対主義を持ち出すと、結果的に自分の主張の核もみずから焼尽させてしまう。
で、結局おっしゃりたかったことはなんだったんですか? みたいな悲惨なことになってしまうんですね。灼きたかっただけちゃうんかと。
by pooh (2009-08-29 08:49) 

Johannes Chrysostomos(黄金の口)

初めてコメントします。
ずっとROMしていたのですが、この手の話って、最後はいつも不毛な議論になってしまいますね。
今回の議論は、最初はもう少し意味のある議論ができるのかと期待していたのですが、結局いつもの不毛な議論になってしまって、虚しさを感じます。

こうなってしまう原因は、疑似科学批判に異議申し立てする人が、自分の意見を述べるのに急なあまり、相手に自分の言いたいことが伝わっているかに無頓着なところがあるというのが、ひとつでしょう。
一方、異議申し立てを受ける側にも、相手の議論をあまりにも額面通りに受け取るきらいがあります。
異議申し立てをする背後には何があるのかを考慮するぐらいの余裕がないと、不毛な議論しかできないように思います。
by Johannes Chrysostomos(黄金の口) (2009-08-31 03:19) 

pooh

> Johannes Chrysostomos(黄金の口)さん

いらっしゃいませ。

> 異議申し立てを受ける側にも、相手の議論をあまりにも額面通りに受け取るきらいがあります。

おっしゃることはわかります。
ただ、云われていないことを忖度して相手の云わんとするところを推し量る、と云うのは、原則あまりすべきではない、と思っているんですね。それは自分の理解力や想像力の限界に相手を押し込めることになりかねなくて、それは場合によってはひどく相手を低く見た理解につながってしまう。

不明な部分について問いかけるのは、相手の主張に対して理解するための補助線を求める行為です。詰問によって相手の主張の不当さを示したい、と云うことではないんです。むしろ自分の理解力の限界を提示することだ、とぼくは思っています。
主張の主体としてそのひとになにかしら伝えたいことがある場合、ぼくはそれを受け止めるために補助線としての説明を提示してくれることを期待します。逆に云うとそれしかできないし、説明をあたえてくれないのなら、まぁ伝える相手としてこちらは視野に入っていないんだな、と理解してあきらめる、みたいな感じですかね。
by pooh (2009-08-31 07:54) 

技術開発者

こんにちは、Johannes Chrysostomos(黄金の口)さん。

>こうなってしまう原因は、疑似科学批判に異議申し立てする人が、自分の意見を述べるのに急なあまり、相手に自分の言いたいことが伝わっているかに無頓着なところがあるというのが、ひとつでしょう。

う~ん。なんていうかな、本当に言葉としてまとめられる意見があって、それを「意見を述べるのに急なあまり」、伝わらないものとなっているのか、という点が私には疑問なんですね。なんか、とても気分的な「何かありそうだ」しか、ご本人の中に無ければ言葉として意見にすることができないですからね。

でもって、気分的な「何かありそうだ」に本当に中身があるのなら、議論しているうちに、形を為してくることもあるとは思うんですが、実は中身の無い気分だけの存在に過ぎなければ、形をなしようもないんじゃないかな。

なんていうかな、上で言ったチマチマ対策みたいな事をやっていると、気分的な「何かありそうだ」は、或る意味で誰にもあるわけですよ。「こんな、チマチマじゃなくて、根本的な事がなにかありそうだ」なんてね。ところがね、その方向性を探しても、どうにも見えてこないこともある訳ですね。

社会意識というのをどう考えるか、みたいな話になっちゃうんだけどね。上の安全対策にかこつけて言うと、仕事場に「安全安全と細かいこと言うな」みたいな雰囲気が強いと、まあチマチマ対策というのは上っ滑りするのね。正直なところ空しい感じでは有るわけです。「安全意識が盛り上がらないとチマチマやってても無理だよね」みたいな意識はどうしてもあるのね。でもね、じゃう意識を盛り上げる方法なんて、画期的な一発ものなんてのはなくて、事故報告とかヒヤリハット報告の解析とかをチマチマチマチマ出していく事で、実は少しずつ浸透して変わっていくというのが現実ね。

by 技術開発者 (2009-08-31 09:37) 

TAKESAN

今日は。

「一見して極論に思われる意見」というのは、取り扱いが難しいものと考えています。
つまり、ほんとうに「文字通り」にそれを主張しているのか、それともパフォーマンス的な、言わば「大袈裟」な書き方をして目を向けさせる、等の目的があるのか……という風に、色々な見方が出来ます。

poohさんが仰るように、それに関して無闇に相手の認識を忖度、と言うか推察して進めようとすると、ちょっとややこしい事になりかねません。相手が明確に主張を説明しない内に、「こうではないか」と読み手が判断すると、それに乗っかられて話が逸れる場合もあります。

ですので、こちらとしては、まず文字通りに受けとめて解釈するより仕方が無い訳ですね。もしそれが誤っているなら、そこは文字通りに読まないでくれ、実はこういう意味なのだ、と正して頂ければ良いのだと思います。だけれども、それが無いままに進められると、読み手としては、そこから先には行けないです。

多分、「相手の議論をあまりにも額面通りに受け取るきらいがあります。」(Johannes Chrysostomosさん)というのは私の意見を指しているのではないかな、と思い当たりましたので、書いてみました。

額面通りに解釈していて、その解釈が的をはずしたものであれば、「それは額面通りに受け取りすぎ。実はこういう意味なのだ」、と説明して貰えれば良いのですね。「実は違う」かどうかは、ちゃんと言われないと判断のつけようが無い、という事で。

もちろんそこから、あの書き方からそれを読み取れとは無理というものだ、という風に展開する事もあるでしょうけれども。
by TAKESAN (2009-08-31 12:16) 

Johannes Chrysosotomos(黄金の口)

>poohさん、
>云われていないことを忖度して相手の云わんとするところを推し量る、と云うのは、原則あまりすべきではない、と思っているんですね
私も原則そうだと思います。ただ、メカAGさんだけでなく、この手の議論が起こったとき、私の知る限りまともな議論になったためしがないのですね。だから、もう少しなんとかしてみたいというのがあったのです。
>技術開発者さん、
>なんか、とても気分的な「何かありそうだ」しか...
私も根底にあるのは気分だと踏んでいます。それを率直に気分として表明してくれればまだ分かりやすいものを、無理やり議論として展開するからわけのわからないことになってしまうのだと思います。

こんな話をしていてもアレですから、ちょっとたとえ話をしてみますね。
麻薬の話です。先日も嫌疑をかけられた謀女優が逃亡を図ったとか、学生の間にも蔓延っているとか話題に事欠きません。このまま放置しておけばゆゆしき事態になると、取締りの強化が論じられるようになりました。
この状況を見ていたある評論家が、「麻薬が蔓延るのは、社会に不安やストレスがあるからだ。そうういう背景を無視して取締りを強化しても根本的対策にはならない」
ま、これは正論なんですが、社会から不安やストレスを取り除くなんてそのな簡単にできることではありませんから、麻薬取締の強化が実行されました。
たまりかねた評論家氏が麻薬取締官に向かって
「そんな方法ではだめだ。社会から不安やストレスを取り除かないかぎり麻薬はなくならない」と言い募りました。
「そんなこと、俺に要求するのは筋違いだ。それは、政治家や社会学者に言ってくれ」と麻薬取締官は言い返しました。

麻薬取締官の言い分は、至極まっとうだと思いますが、一方 評論家氏のいらだちも分からなくはないといったところです。
by Johannes Chrysosotomos(黄金の口) (2009-08-31 17:52) 

pooh

> 技術開発者さん

> 本当に中身があるのなら、議論しているうちに、形を為してくることもある

議論に応じること、その場所で自分に提示された疑問に対して回答を考えることの、これは大きなメリットのひとつだと感じます。まぁそう云うものをメリットとして感じないスタンスもありえるわけですが、そうすると動機の問題、と云うことになるんだろうと思います。
by pooh (2009-08-31 21:03) 

pooh

> TAKESANさん

> 「実は違う」かどうかは、ちゃんと言われないと判断のつけようが無い

ここの部分、ご本人のおっしゃることをお伺いしているのに、議論の焦点をご本人以外の論者の主張に持っていこうとする方がけっこういらっしゃいますよね。こう云う場合、その方の主張の当不当はともかくとして、その場の議論ではすでになにもでてこない(その部分に関しては議論と云う手法が有効ではない)のがわかってくるので、議論を打ち切るのが適切だ、と考えるように最近はなってきています。
by pooh (2009-08-31 21:06) 

pooh

> Johannes Chrysosotomos(黄金の口)さん

> 評論家氏のいらだちも分からなくはないといったところです。

それは、ぼくもわからなくはないです。
でも、ぼくがわかったからと云って、残念ながらその理解はだれにとっても意味がありません。

麻薬取締官も、麻薬の直接的な取り締まり強化を訴えるひとも、背景にある「社会から不安やストレスを取り除く」ことの必要性はおおむね理解しているわけです。ひとによっては直接の原因となる不安やストレスの内容や原因について考察していたり、個人が麻薬に手を出さないようにどうやればその不安やストレスと戦えばいいのか、みたいなことを論じていたりするわけです。

そこに漠然と「社会から不安やストレスを取り除かないかぎり麻薬はなくならない」と云う主張をベースに「おまえらみんなだめだ」と云われれば、どうしてそんなふうに見えるんだろう、とか思うわけです。で、そこにはなんらかの新しい、自分たちに見えていない画期的な切り口があるんじゃないか、とか期待するわけですね。主張するからには(自分たちに見えていないような)なんらかの根拠があるんだろう、と推測するのは自然だと思うので。
基本的には、それだけの話だと思います。
by pooh (2009-08-31 21:21) 

Johannes Chrysostomos

> TAKESANさん ご無沙汰しています。
>多分、「相手の議論をあまりにも額面通りに受け取るきらいがあります。」(Johannes Chrysostomosさん)というのは私の意見を指しているのではないかな、と思い当たりましたので、書いてみました。
いや、とくにTAKESANさんを意識して書いたわけじゃないんです。というか、相手が議論に参加している時、相手の言うことを額面通りに受け取るのは当たり前の儀礼だし、当たり前の対応をしているコメンター全員にたいして言ったつもりです。
ただ、こうも議論がかみ合わないと、そういうことも必要なのかなとおもて提案させてもらったまでです。
(もっとも、これは私が議論に参加せず、ROMだけだったから言えるのかもしれませんが)
by Johannes Chrysostomos (2009-09-01 01:56) 

pooh

> Johannes Chrysostomosさん

議論の参加者はほんとうにそれぞれなので、かみ合うように議論をするのが難しい場合もあります。微妙なあたりで、見た目かみ合っているように見える議論がほんとうに有意義なのか、と云うのもあったりはするように思いますけどね。
by pooh (2009-09-01 07:29) 

メカ

あんまり間を開けるのも何なので、とりあえず最初のpoohさんに対するレス。次のFSMさんのが長いんだよね。半分ぐらい書いたけど俺のレスもそれに負けずに長くなったのでちょっと切り詰め中。

poohさん

> 「このエントリで言及したメカさんの元エントリの内容が、ここのコメント欄で発言された方々にとって顧慮すべき事柄である、とメカさん自身が考えていると示すことができること」です。

それは俺はあなた(たち)じゃないから、わからないな。俺の発言が価値あるものかどうかは人によって違うだろう。逆にあなた(たち)の意見について俺が達見だと思うものがあれば今後の参考にさせてもらうよ。(今のところは残念ながら目新しい話はないけどね。)

他人と議論するというのはそういうことだと思うのだけど、あなたはなんか妙なことを言うね。まるで俺があなた方に「承認」を求めているような感じだ。なんか自分たちを査問機関みたいに勘違いしちゃってない?(笑)。ちょっと大げさかもしれないけれど、あなたの上記の言い回しからはそういう印象を受けたよ。

まあ疑似科学論者とやりとりしているとそういう態度をとりたくなる気持ちも分からないではないけれど、それはあなた(たち)自身が間違った方向に進んでいると思うね。


by メカ (2009-09-03 20:16) 

黒猫亭

わくわく。
by 黒猫亭 (2009-09-03 20:59) 

メカ

で、FSMさん宛。我ながら長い(苦笑

FSMさん

>「思想」(略)に切り込むには、(例えば)「水伝」が根拠としている部分が科学的には間違っているよ、ということを明確に示すと効率が良いよ、という話をしているのですが。「思想」に切り込むための具体論を展開しているのですけど。

だからそれは「科学面」であって「思想」ではないよね?だってあなたがいっているのは「科学的な事実」なんだから、それはどう考えても思想じゃないじゃん。まさか科学を思想だといってるの?「万有引力の法則」は「思想」なの?よく分からないことをいう。

俺がいう思想というのは、何度か書いているはずなんだけど、善悪の価値判断を外部(神や科学)に求める人間のさがと人間はどう付合っていくべきなのか?ということ。その幾つかの答えがキリスト教のような宗教や、水伝のような疑似科学、そしてあなた方が主張しているような「外部(少なくとも科学)に求めるべきではない」という思想だ。

このうちどれが正しくてどれが正しくないのかなんて容易に答えは出せないだろう。水伝が有害ならキリスト教も有害だと俺は思うよ?少なくともそう考える人間がいても不思議ではないはず。となるとじゃあ何であなたたちは水伝だけをことさら有害視し、キリスト教は不問なのかという疑問がわく。あなたたちはそれにきちんとした答えを示せるとは思えない。少なくともこれまで示したのを読んだことがない。

おそらくあなたたちは「水伝は科学を持ち出しているから」けしからんのだ、というのだろう。しかし「神」を持ち出すのはよくて「科学」を持ち出すのはダメだというのは勝手な理屈で説得力に乏しいと思うよ。全く同じ行為なのに、神の名の下に行われることは正しくて、水の結晶の名の下に行われるのは有害である、といっているようなものだよね。まさか水伝批判をしている人は全員キリスト教徒なのかな?(笑

…というような人間の「価値観」に関する議論が、俺のいう「思想面に切り込む」ということ。そして既存の疑似科学批判者はこの土俵に上がるのを避けている。なぜなら勝てない(少なくとも短期間で勝利を収めることは出来ない)のを知っているからだよね?(笑)。でもその土俵で勝たなければ、疑似科学信者を納得させることは出来ない。いくら科学的に正しいとか間違っているとかいう土俵で勝利しても、疑似科学に夢中になる人間はそんなことは気にしない。

それは自分たちに都合のいい土俵で「俺たちは勝ったんだ」と自己満足しているだけだからだ。疑似科学批判者が疑似科学論者を見てるのと同じだよ。あなたたちは「疑似科学論者は自分たちの都合のいい土俵で勝利宣言している」と見えてるんだろう?逆から眺めればあなたたちも同じに見えるはず。相手の本拠地の土俵で勝って初めて致命的なダメージを与えられる。そして科学がいくら疑似科学と戦っても勝てないのはその土俵(疑似科学側の土俵)で勝てないからだ。残念ながらね。そうでないなら科学が勝利するのは簡単なはずじゃん。簡単なのになんで撲滅できないのかを考えるべき。

> それはあなたが言った通りです。水伝を信じていた人がその間違いに気付いても、また次のニセ科学に飛びつくことは十分あり得ますからね。

あなたのは単に現象を説明しているだけだ。問いかけているのは「なぜ(そういう)人は次々に疑似科学を求めるのか」だよ。彼らには必要なんだよ、疑似科学が。なぜ必要なのかを研究すべき。

> 個別のものへの批判と、長期的な課題は区別してください。

あなたがその点にこだわる理由が俺には分からない。両者を区別するとどういうメリット(解明できない謎が解明できるとか、説明できないことに説明がつくとか)があるのか教えてくれない?

> それに、未来が不確定である以上はどうやったって不安を持つものだし、それは新たなニセ科学が発生する素地になりますよね。

そういうもののために宗教が用意されているよね。キリスト教なんか宗教にしては比較的(あくまで比較の問題だが)害が少ない。仏教でもいいし。あるいは共産主義みたいな宗教色のないイデオロギーでもいい。心の拠り所はたくさんある。なのになぜ疑似科学なんだろうね?そういうことを研究する価値があるとは思わない?

まあ簡単にいえば科学が宗教的なものをあまりにも排除してしまったからだろうね。科学が非科学的なものと一緒に宗教が担っていた人の心の支えという役割まで否定してしまった。しかたないから今度は科学を宿主にしてそういうものが芽生えたわけだ。ある意味すごい生存競争だよね。天敵に寄生して生き残りを図ろうとしてるんだから。

> どうもメカさんは御自身の主張と私の主張が相容れないものと思ってらっしゃるみたいで、残念です。

あなたがこれまで述べたことは既にいろいろなところで疑似科学批判者が書いているのを読んでいる話ばかりなので、結果として否定することが多くなるかもね。まあ後出しじゃんけんで(俺の方が)ずるいといえばずるいかもしれない。

> 個別のものへの批判と、長期的な課題は区別してください。

の部分が目新しいけれど、これって要するに長期的な話ではめどが立たないから、とりあえず出来ることをやる、ってはなしだよね。で、それを最初の方で「自己満足だ」と表現したんだけどね。だってさぁ、大局的に見ればほとんど意味のないような「環境に優しい」活動を一生懸命している人がいるよね。俺にはそれと同じに見える。

思うに疑似科学を批判し照る人というのは本当は社会のためとかなんて考えてないんだと思うよ。単に疑似科学の揚げ足をとるのが楽しいというだけだ。これは俺も楽しい。悪趣味かもしれないけれど、この程度は許される趣味だと思うから、これからも続けるし、あなたがたも続ければいい。

でも、それを「社会のためだ」みたいに自己正当化するのはどうかと思うね。まあ百歩譲ってそういう活動もありだとは思う。カルトの信者たちが自分たちの宗教を広めることが社会のためになると信じているように、疑似科学批判をすることが社会のためだと信じている人がいてもいい。でもそれはそれが正しいという保証はどこにもない。

もちろん正しいかもしれないけれど、正しくない(社会にとって逆に有害)かもしれない。そういう謙虚さが必要だと思うね。自信満々で「我に正義あり」みたいな調子で疑似科学批判している人たちを見ると。俺が一番いいたのはそういうことだ。まさか自分たちの思想(「疑似科学は社会から排除するのが社会のためである」)の正しさは科学によって証明されているとか言わないよね?


> それはニセ科学を信じる人間の心を甘く見ているんじゃないでしょうか。そう簡単にはいかないですよ。

成果が上がっているといったり、手強いと言ったり、なんか場当たり的な反論だなぁ。

>  ちなみに血液型性格判断については、どういうレクチャーをやったらどれくらい受講者の認識が変わるか、またそれが維持されるかどうか、といった効果について

その「維持」という部分が興味深いんだけど、どういう検査をしたのかな。たとえば受講直後には血液型と性格との関連に否定的な認識をもった人でも、信じている友人がそばにいるかいないかで、その認識を保ち続けられるかは大きく変わると思うんだよね。

で、そもそも疑似科学を信じる人は周囲にもそういう人たちが多いはずで、再び疑似科学にはまる率は非常に高いと思うんだけどね。まあ何にせよそういう研究は今後もやるべきではある。

> それで変わる人も一定数いるわけです。

茶化すようで悪いけど、それって地球全体のCO2増加を問題にしてるときに、近所でやってる焚き火を消して回るのと同じなんじゃ…。あるいは静電式の空気清浄機で「ほら、こんなに部屋の埃がとれました!」みたいな広告。問題はとれた埃の量ではなくて、どれだけ部屋全体の埃の濃度を低下させることができたか、だと思う。海の水を柄杓で汲み出して「興はこんなに沢山の海水を汲み出したぞ」と喜んでいるようなものじゃない?

> ただの空論というわけでもありません。

ん~一部だけ正しい理論というのは、得てして全部間違っている理論よりもたちが悪いわけで、そのいい例が疑似科学だと思うんだけどねぇ。悪いけれどあなたの論法は疑似科学論者の論法とそっくりに見える。「科学で絶対ないと証明できないでしょ、ならばある可能性もあるじゃないですか。現に○○事件では~」みたいな。

疑似科学の一番のダメなところは、都合のいい根拠だけを集めて満足してしまい、それを客観的に検証しようとしないところだよね。あなたはあなたの「体感的な成果」を客観的に検証する必要をこれまで感じたことはないの?

> いえ、そういうわけではありません。少なくとも私個人としては、法権力からの介入を防ぎたいので、自発的に批判をしているのです。

だからそれは「邪道な方法で」だよね。国家権力に介入されるぐらいなら、非合法な私刑で始末をつけちゃえということだ。それってどっちが有害なのだろうね?いい勝負だと思うよ。むしろ国家権力の方が国民のチェックが入る分だけマシかもしれない。

> なるべく私的自治で抑えられる範囲のうちに、そういうものに巻き込まれずに済むようにこうやって批判をしています。

あなたは自分がやっていることが社会のためになると固く信じているからそういう言い方になるのだろうけど、カルト信者が自分たちの教義こそ正しいと信じて、同じことを言ったりやったりしたら心穏やかでいられるの?

> なので、邪道というのはあくまでもメカさんの理路にとってであって、私にとっては邪道どころか統一されたものです。

特定の思想について社会から排除するような動きは国家権力によるものにせよ、自発的な私刑によるものにせよ、極力行うべきではない。そして社会の維持にどうしても思想弾圧が必要になるならば、それは国家権力によって行われるべき。国家なら一応国民の了解を得ているわけだからね。

一部の人間(カルトであれ疑似科学批判者であれ)が独善的に社会浄化みたいなことをやるのは危険だと思うね。言論活動の一環として自分たちの主張を呼びかけるのはいいが、メディアに圧力をかけて排除しようみたいなのは行き過ぎだ。

> 言論の範囲で批判しようってんですから、

テレビ局に抗議の電話をすることを呼びかけるとか、さらにスポンサーに抗議するとかまでいくと、とても言論の範囲とは思えない。逆にカルトが同じことをやっても「言論の範囲だ」で済ますのかな。

> 批判されたくなければ、「水伝」なんて出版しなければよい。出版の自由があるかわりに、批判する自由もあるんです。

批判する自由は「出版された後」にある。出版そのものを妨げるような活動は批判の自由の中に含まれないと思うね。事前検閲と同じことをやろうとしてるわけだよ?それが国家権力によるものか、草の根的な運動によるものかは、この場合関係がない。特定の思想が国民の目に触れないまま社会から排除されるというのは極めて危険。なんどもいうけれど、あなたとは反対の立場の人たちが同じことをやっても、あなたはいいの?

> そうならそうでいいですよ。そうおっしゃっていただければ。

そうだよ。

> ただ、共通認識に基づいて、互いに高めあっていこうという意志のない人なんだなあ、と思うだけですが。

その基づくべき「共通認識」を設定しているのはあなただよね?片方の当事者が一方的に基づくべき共通認識を設定し、これに基づいて議論しましょう、というから、別の共通認識もあるんじゃないの?と俺は言ってるんだけどね。

あなたのいうところの共通認識はカルト信者と科学者がともに語り合え、高め合えるような共通認識なのかな?政治家と経済学者もその土俵に乗れるのかな?それぐらだだっ広い土俵なら乗ってもいいけれど、あなたの考えている土俵は狭そうに見えるんだよね。どれぐらいの広さなの?

狭い土俵を設定し、この土俵に乗れない人とは議論しません、ってのはカルトや疑似科学論者と同じだよね。もちろん俺だって乗れる土俵はそんなに広くないと思う。乗れる土俵の大きさがその人の限界なわけだよ。だけど自分と一緒に土俵に乗れない人に対して「互いに高め合っていこうとする意志のない人だ」なんては、俺はさすがに恥ずかしくて口に出来ないな。

> ついでに言うと、「水伝」なんてのは、あからさまに間違った科学を根拠に展開された「思想」なわけですよ。

だから何度もいうけれど、それなら「聖書に書かれていることが科学的でない」からキリスト教は有害だ、という話には何でならないの?理由があるとすれば1)キリスト教は強敵でおもしろ半分に攻撃するのは怖い。2)キリスト教は水伝と比べて比較的社会に害が少ないから。の2つだと思うんだよね。他にあるのかな?

で、1)は正当性を主張する上で論外として、2)であるならば、それは結局は「思想」の部分の有害さの差ってことだよね。だから水伝とキリスト教はそれぞれどの部分の違いによって有害さの差が生じているのかを比較分析したらどうなの?といってるんだけどね。その研究が完成すれば、水伝を叩く正当な理由もできるわけで、喜ばしいことじゃん?

> 科学的根拠があるかないかで大きく違うでしょう。

だから俺は「大きく違わない」という主張なんだってば。で、そう考える人をあなたはどうやって説得するのか?ということをさんざんいろいろな表現で述べている。説得できないから、水伝信者も説得できないわけだよ。さあ、俺を説得して見せてよ。「神」を持ち出すのは不問で、「科学」を持ち出すのはタブーというのはなぜなの?

キリスト教も水伝も同じように有害だけれど、神を持ち出されると叩けない。科学を持ち出すなら叩ける。とりあえず叩きやすい方だけでも叩いておこう、という考えなら、そんなせこい考えでいる限り、水伝信者を説得できないのは当たり前。まったく邪道そのものだろう。思想(水伝にせよキリスト教にせよ)を批判するなら、正攻法で批判すべき。たまたま叩きやすいところから叩くというのは、まったく正攻法ではない。

> メカさんは、客観的に検証できる部分をあまりに軽視しすぎているように見受けられます。

だからぁ、水伝信者というのはそういう人たちなんだよ。そういう人たちを説得するなら、そういう人たちの価値観に基づいて説得するしかないんじゃないの?軽視している人に重要なんだ、といくらいったところで、成果は上がらないと思うけどね。成果が上がるというなら、俺が実験台になるから、成果を上げて見せてよ?みごと俺を「軽視すべきではない」と納得させて見せてくれ。

何度もいうけれど、水伝信者にとって水の結晶だろうが神の言葉だろうがたいして違いはない。神の言葉が非科学的であっても信仰に問題ないように、水の結晶が美しいか醜いかが非科学的でも信仰上何の問題もない。そんなこと(水伝信者にとっては)意味はない。

> あり方が違うので、違う批判方法になるのが自然でしょう。

だから「あり方が違う」というものの見方はあなた独自のものだ。それが本質に置いて決定的な違いといえるのかどうかは、注意深く検討されなければならない。これまでの疑似科学批判者がそれを注意深く検討しているようには見えない。猿と人間だって同じと言えば同じだし、違うといえば違うよね。重要なのはその時に問題としている問題領域に置いてその差が重要か否かだ。俺は疑似科学は宗教として見るべきだと主張し、それなりに説明を加えている。あなたも「両者は違う」というなら同じぐらいになぜそう考えるのか述べてほしいものだ。

> 「(俗流)スピリチュアル」については結構取り上げています(読め、と言ってるわけではなくて、やってるよ、と言いたいだけですが)。

「(俗流)スピリチュアル」は、あなたの頭の中のカテゴリわけでは疑似科学の分類なんじゃないの?まあそれはそれとして、聖書の記述は非科学的だからキリスト教は有害だ、と大々的に批判したりしないのはなぜなの?信者の数は桁違いだよね?社会的影響もずっと大きいはずだ。

> そういう生き方は尊重したいと思います(ヤキソバパンよりカレーパンが好きだ、という表明と同じようなものだと思ってください)。

この辺は全く同感だね。

> しかし、人の生き方として、民主主義社会にとって明らかに有害な「思想」を含むものであれば当然「科学」や「ニセ科学」の問題とは別に批判しますが(私だって人間ですから)、

この点尋ねるけれど、あなたは民主主義社会に有害な思想は、メディアに圧力をかけてでも社会から排除するのが正しいと考えているの?俺はそうは思わないけどね。たとえ有害な思想だとしても、思想を弾圧すべきではない。あくまでも行動(国家の統治機構への破壊活動とか)のみを規制すべきだと思うよ。民主主義といえどもこの先永久に正しい保証はないわけだからね。やっぱ選ばれたエリートが統治する社会の方が正しかったということだってあり得る。あくまで人間の思想の過程でそういう結論に到達したならば、民主主義であっても否定されるべきだと思う。

> そういう価値観の問題と、客観的に検証可能な部分の問題とは一旦切り離さなければ、分析もなにも出来るもんじゃありません。

切り離した残りの部分(思想の部分)を全然分析してないのが問題だと言ってるのだが。どうして2つに切り離して、科学の部分に本質が含まれていると信じられるのさ?分析しやすいからといって本質が含まれてないっぽい部分を一生懸命分析しているだけなのは、自己満足。

> メカさんは、思想、思想という割には、具体的に分析せずに、十把一絡げに切って捨てればよいという立場のように見えてしまいます。

思想の部分というのは「具体的」には分析できないだろう?どうしたって抽象的な話になる。人間の思想がそもそも抽象的なんだからそれが正しい。というかあなたって要するに科学で扱えない部分は何も分かってないよね。見えないのはあなたに見る能力がないからだ。科学的な考え方ができない人間には、科学的な考え方をしている人間が何を考えているか分からないのと同じかもね。

そういう時って、科学者はこんな説明をするよね。科学の力で飛行機は飛んでるしGPSも相対性理論のおかげで利用できている、と。つまり過程はともかく実績を見せる。それをひっくりがえせば、疑似科学批判者は一生懸命もう何十年も疑似科学批判をしているけれどいっこうに成果が上がらない。その事実を鑑みれば、彼らのアプローチのどこかに問題がある、と。

成果が上がらないのは単に量的な問題なのか(新たに生まれる疑似科学に疑似科学批判が追いつかない)、質的な問題なのか(人が疑似科学に求めているものを他の手段で与えるべきではないか)、という自己分析が足りないように見えるよ。要するに科学の世界から外に踏み出すのが怖いんだよ。疑似科学に変わって「正しい(少なくとも害が少ない)イデオロギーを提供すべき、となると、科学を拠り所には出来なくなるからね。それこそ不安でたまらなくなって、疑似科学批判者自身が宗教に頼るようになるんじゃないかい?(苦笑


> 「事実があり」とおっしゃいますが、それはあなたの主観的事実ですか?それとも客観的事実ですか?後者なら、

前者だね。そもそも研究というのは客観的事実を求めることなのだから、それには先行して主観的事実(予想・推測)がなければ、話は始まらない。「たぶんこうじゃないか?」と思うからそれを実証しようと研究をするわけで、その段階で客観性を前提とするのなら、それはその時点で研究が完成していることを意味する。それなら研究する必要ないじゃん。

ネットであなたのような考えをする人が少なくないけれど、そういう人は本当の意味で「研究」とはどういうことなのかを分かってない人なんだろうな、と思うよ。研究は「主観」で始まり「客観」で完成する。最初から客観を求めたら何も研究は始まらない。

> 前者であるとするならば、ああ、メカさんはそう思うのね、としか言いようがりません。

あなたは科学というものを科学が作り上げた成果(研究成果)だけだと思ってるようだね。科学の本質はそのプロセス(研究過程)にある。教科書や百科事典に書かれた事実(きちんと実証済みの事柄)だけを科学だと思い込み、そうでないものを疑似科学だと否定しようとするなら、最終的に疑似科学批判者は科学そのものを否定することになる。

> ニセ科学だって批判を始めなければ永久に始まりませんね。

別に俺は疑似科学を批判するなといってるわけではない。何を目的としてどう批判するか、だ。頭の体操として疑似科学のどこに間違いがあるのかを解明するのはパズルを解くような楽しさがある。科学的な考え方の教育材料にもなるかもしれない。だからそういう目的で従来型の批判をするのは否定しないし、むしろ俺自身が肯定している。

一方で疑似科学が社会にもたらしている問題を取り上げ、「だから疑似科学は社会から排除しなければならないのだ」ととなえ、それを目的とするならば、あなた方がやっている批判の方法は的外れであり成果が上がらないだろうと延べ、実際に数十年間続けているのに疑似科学を排除できてないという事実を示している。

で、これらのことは最初のasksの本文に書いてあるわけで、同じことを書かなければならないというのは、それだけで失礼ながら相手(FSMさん)の読解力や立論能力を疑わせる。そういわれて心外なら、そうさせないでほしいものだ。

> 私が言ったのは、「もちろん、現時点でのメカさんの主張が、「たぶんそうなのだろう」という想像であって、なにかを論証するようなものではない、というのであれば、それはそれでいいです。

そうだよ。あなたの「疑似科学は社会にとって有害であるから排除すべき」というのもあなたの想像に過ぎないのと同じだ。繰り返しになるけれど、社会がどうあるべきかというのは自然科学や数学のように机上では証明できない。互いに対立する思想を主張し合いぶつかり合い、過ちを繰り返しながら、模索していくしかない。共産主義だって机上では良さそうに見えたし、初期は資本主義よりも経済成長の成果を上げた面もある。しかし失敗だった。

何が正しいのか理屈で決定できるならそういう失敗はなかったはず。やってみるしかないんだよ。あなたが信じる正義が正しいか、俺の信じる正義が正しいかは、理屈では導き出せない。統計データなどもそれを保証するものではない。もちろん統計などで検証しようとする姿勢は正しい。しかし過信するのは、結局はUFO信者が都合のいいデータだけを信じているのとたいして変わらないことになりかねない。

俺から見ればあなたがなぜそんなに自分の正しさを信じれるのか不思議だ。固く信じていない限り、特定の思想(疑似科学)を社会から(メディアから)排除しようなんて恐ろしいことには踏み切れないと思うんだけどね。少なくとも俺の感覚ではそうだ。

俺はそこまで自分の考えの正しさに確信は持っていない。だから「疑似科学批判は社会から排除すべきだ(事前検閲によって排除しろ)」なんて唱えるつもりは毛頭ない。単に出てきた意見について批判を加えるだけだ。よほど確信を持って明らかに社会に有害な思想であると判断出来ない限り、事前検閲のような言論制限を肯定すべきではないと思うね。

あなたはそういうものを肯定しているようだから、俺とは比べものにならないほど自分の意見の正しさに確信を持っているのだろう。それならばその信念で俺を説得してみてほしいものだ。それができないなら、疑似科学を社会から排除せよみたいな考えは控えるべきだと思うね。俺の言ってることは間違っているかい?繰り返しになるけれどあなたと逆の立場の勢力が数や経済力を駆使して同じことをしたら、あなたはどう思うね?

> 現時点で論証できてないといけないと言っているのではなくて、客観的に我々みんなでその成果を共有でき得るものなのか、ということ)をお尋ねしたのです。

客観的でないと共有できないというなら、あなたの言う正しさは誰とも共有されてないはずだよね。「疑似科学を社会から排除するのが社会のためである」という思想に客観性はない(もちろん俺の主張にも客観性はないけどね)。ここでいう共有するものとは価値観であり、価値観に客観性はない。

にもかかわらずあなたは自分の側には客観性があると思い込んでいるようなものの言い方だ。それこそ自分を客観視できていないと思うよ。あなた(がた)が共有している客観的事実とは「疑似科学の主張する科学は科学ではない」という点だけだ。これについては客観性を認めてもいいだろう。しかし「だから疑似科学は社会にとって有害なのだ」という点にはなんら客観性はない。

カルトとかで信者を新たに引き込むのに、ちょっとした手品とか豆知識を使うよね。「ほら、こんなことがあるんだよ。世の中にはあなたが知らないことがたくさんある」みたいに。で、披露した手品や豆知識自体は事実なので、それをきっかけにいつの間にか妙な教義まで信じてしまう。

あなたも同じに見えるね。「疑似科学は科学ではない」これは客観的事実だ。「おお、なるほど」と納得させ、その勢いで「だから疑似科学は社会にとって有害なのだ」と一気に相手を丸め込んでしまう。

> メカさんは客観的に論証可能である主張をされている、ということですよね。

ん?そんなことは一言もいっていないし、むしろその逆のことを言ってるはずなのだが。俺の文章のどこをどう捉えるとそういうことになるのだろう。疑似科学と社会の関係はどうあるべきかというのは、論証できる問題ではないと思うけどね。いやあなたが論証してくれるなら是非とも論証し、俺を納得させてほしいものだ。

というかそもそも論証できるなら何十年も未解決な問題として残ってはいないだろう。もう一つ言えば疑似科学批判者がしばしばいう「科学と疑似科学は明確に区別できる」というのも詭弁だと思うよ。そんなに簡単に区別できるなら、なんでこうも科学は疑似科学相手に手こずっているのだろう?上手く区別することが難しいから手こずるわけだよ。実際、大学の研究室で胡散臭い研究をしている人たちは沢山いるよね?そんなに簡単に区別できるはずなら、そういう人たちを一掃できるはずじゃん。

> 意義ある議論のためには、抽象論のレベルに留まるのではなく、具体的な分析に足を踏み入れていただければなあ、と思います。

具体的に分析できない事柄についてあなたが「正しい」と確信しているので、それはそんなに確信できることではないだろう、と述べているつもりなのだけどね。たとえば「水伝は科学的に正しくない」という主張はいいと思うよ。静かにその実験方法やその論証方法のどこに問題があるかだけを述べるならね。論文もそういうものだろう?

そこから逸脱して、「だから水伝は社会的に有害なんだ」「社会から排除すべきなんだ」という主張のどこにそれほどの正当性がある?これってイデオロギーでありやってることはアジテーションだよね。つまり「政治」だ。

あなたは疑似科学批判批判者に対して科学的側面ばかり強調し「自分たちの主張はこれだけ論証されている、科学的根拠がある」という。科学的側面については別に異論はないが、そこからどうして「水伝を排除すべき」という主張まで論証済みということになるのだろう。詭弁だよね?

疑似科学論者がよく使う詭弁と同じだ。「現代科学では解明できていない事実がある」という主張は正しい。しかしそこから「だから~」に続く部分が怪しい。あなたの主張の「だから~」は怪しくないと胸を張れるのだろうか?(逆に胸を張れるならその人はカルト信者だろうね)。

> たとえば、「水伝」についてはどう「思想」に切り込めばいいか、とか。

俺は水伝の思想について問題ないと思っている。少なくともキリスト教が問題ないという程度には問題ない。で、あなたはキリスト教よりも社会的に有害だと考えるから、キリスト教は有害ではないが水伝は有害だと主張しているわけだよね?(違うのかな)。

ならば俺とあなたの考えの違いがどこの部分から生じているのか?を互いに議論し合えば、その過程でキリスト教の思想と水伝の思想の違いの本質部分が明らかになっていくんじゃない?

by メカ (2009-09-03 21:10) 

メカ

あとのレスは軽量のものばかりかな。

zororiさん

> ニセ科学批判者はいろんなアプローチを許容しているのに、一つのアプローチしか許容していないような印象をメカさんは持たれているようでした。

現にここの発言者の文章を見ても、1つのアプローチだけだよね?「疑似科学は科学でないものを科学といっているからけしからん。だから社会から排除されるべきだ」この一言に集約されるんじゃないの?それ以外のアプローチをしている人がいるなら、「ほら、この人の発言は違うだろ」と示してほしいものだ。

あなた自身、「他に沢山いる」みたいな言い方をせずに、あなたが率先して示してくれれば二度手間にならずにお互い省エネになると思うんだけどね(苦笑)。

しかしあなた自身も

> 私自身は科学的間違いの指摘、つまり「ウソである」ことを示すだけでもそれなりに(本心は十分に)効果があると思っていますが、「ウソにについて、心理面、社会規範面からの考察が必要だ」と考える方もいます。考慮すべきフェーズはいろいろあるわけで。

というように、とにかく「科学でないものを科学だとウソをついているから社会にとって有害なのだ」という一点張りだ。社会には様々なウソが溢れている。政治なんてその本質がウソかもしれない。アメリカのブッシュ大統領は「イラクには大量破壊兵器がある」「その証拠もある」とウソをついて世界を動かした。

でもあの状況ではそういうウソも必要だったのだと思うよ。人々の心を一つにまとめるということが必要な状況というのはある。そしてそのためにはウソも肯定される。それが政治だ。

宗教も同じだ。死んだ人は天国で幸せに暮らしているのだ、というウソが人間には必要なことがある。前世で恵まれなかった人も来世では救済されるのだというウソがなければ生きていけない状況もある。「ウソだからいけない」「ウソは社会にとって有害だ」「ウソは社会から排除せよ」という杓子定規の単純な思想に凝り固まって、疑似科学批判を社会正義と信じているあなた方の思想こそ、水伝以上に危険な存在かもしれない。

少なくともそういうことを折にふれ考えるべき。そうでないと結局は自分たちの信じた道こそが正しいとして暴走するカルトと変わらない。


by メカ (2009-09-03 21:25) 

メカ

技術開発者さん

> でね、こういうチマチマ解析してチマチマ対策を練っていると、必ずと言って良いほどこういう人が出てくるんですね、「そんなチマチマしたことをやっていても仕方ない」なんて言い出す人です。

それはちょっと違うね。問題なのはあなた方がやっている「チマチマ」には少なからずデメリットがあることだ。CO2対策なんかそうだよね。CO2対策は少なからず経済にブレーキをかけるものが多い。もちろん地球温暖化で人類が絶滅してしまったら経済がどうとかいってられないから、本当に必要でなおかつそれに有効な対策ならば経済を犠牲にするのもしかたない。

しかし現実に行われているCO2対策は効果に疑問があるものばかりだ。そうなれば経済を犠牲にしてまでやる意味はない。むしろやるべきではない。つまりメリットとデメリットは常に検証されなければならない。

既存の疑似科学批判も俺はそれに類することだと思っているのでね。メリットが期待できないのに、自己満足のために社会にデメリットをもたらす。


by メカ (2009-09-03 21:33) 

メカ

Johannes Chrysostomos(黄金の口)さん

> この手の話って、最後はいつも不毛な議論になってしまいますね。

「不毛」というのが何を意味するかだよね。双方が共通認識に到達しないと不毛なのだろうか。それだとおそらく世の中の大半の議論は不毛だろうね。まあ、そういう見方も一つの見方としてアリだとは思うけれど(苦笑

基本的に意見が異なると場合、明らかに相手の知識の差によるもの以外は、立脚する価値観の違いによるものがほとんどだ。価値観が違うのだから同じものを同じように評価することは出来ない。一方が身長を評価し、もう一方が体重を評価するようなものだ。互いに「こっちのほうが体が大きいぞ」と言い合っても、それこそ「不毛」だろうね。

その時議論すべきは「どちらの体が大きいか」ではなく、「このケースでは身長と体重のどちらを評価の指標として採用するのが適切か」だろう。疑似科学批判の話に置き換えると、疑似科学批判者は「科学的に正しいか否か」を指標としてものを考えている。その物差ししか認めない。

様々な物差しを検討した結果としてその物差しが最適であると決めるならいいけれど、他の物差しを検討した形跡がない。少なくとも俺にはそう見える。で、そんなんでだいじょうぶなんですか?といってるわけだ。

by メカ (2009-09-03 21:44) 

メカ

poohさん

> 議論の参加者はほんとうにそれぞれなので、かみ合うように議論をするのが難しい場合もあります。

基本的にすべての議論は「かみ合わない」のが普通なんだよ。お互い異なる価値観(物差し)で対象を見てるんだからね。しかしかみ合わない議論であっても得るものはあるはず。自分とは違う価値観(物差し)で対象を見た場合に「こう見えるんだ」と分かる。そしてそれはその後の自分の考え方に少なからず参考になるはず。

大ざっぱには物事を1面だけしか見ないよりは多面的に見える人の方が、物事を正しく捉えられる確率が高い。もちろん「あれもこれも」みたいに焦点が定まらない根無し草ではダメだけどね。

そういう意味で、ここの人は議論とは何なのか?という点について思慮が浅いといわざるを得ないな。
by メカ (2009-09-03 21:49) 

pooh

> > メカさん

> > 俺の発言が価値あるものかどうかは人によって違うだろう。

メカさん自身がどうお考えか、と云うことなんですが。

> > 他人と議論するというのはそういうことだと思うのだけど

どうでしょう。すくなくとも議論の場では、その場にいるひとにとっていくばくかの価値がある発言をしよう、とは努めます。価値がない、と思ったら黙りますね。

> > まるで俺があなた方に「承認」を求めているような感じだ。

ぼく個人の意見は、ぼく個人のものです。「あなた(たち)」とまとめられるのは心外ですね。
で、べつにあなたがなにかをぼく(なり、ほかのひと)に承認してもらう必要は最初からないでしょう?

> 基本的にすべての議論は「かみ合わない」のが普通なんだよ。

そうでもないですよ。
最低限の誠実さがあれば、合意に至らなくても得るもののある「かみ合う」議論は可能です。ここでのメカさんとの対話は、その水準に達していません。
と云うか、基本的には大半のひとが「これだけのレス番を費やしてまだ議論ひとつ始まらない」とお感じだと思いますよ。

議論、と云うか対話によってなんらかの参考になる意見をメカさんからいただく、と云う試みは、ひとまずとりやめます。
今後なんらかの場でご意見を拝見する機会があれば、参考にさせていただきましょう。
by pooh (2009-09-03 22:11) 

pooh

> 黒猫亭さん

もういいでしょう。
自分の主張の核も示さずに、他人の言葉尻を逐語的にあげつらうことでなにか云った気持になれるようなひともいるようですし。

ここはメカさんがそう云う方ではないことを期待して、どちらかでまとまった主張をされるのを待ちましょう。
by pooh (2009-09-03 22:16) 

TAKA

【疑問を表す人。その疑問に答えることに疑問を持つ人。長引く議論に疑問を抱く人。みんな違って、みんないい】
こんにちは。
Johannes Chrysostomos(黄金の口)さんの御言葉
>異議申し立てをする背後には何があるのかを考慮するぐらいの余裕がないと
>不毛な議論しかできないように思います

同感です。しかしながら世の中には、「僕の心情を、勝手に推し量るな!君らに、何が分かるんだ!(怒)」と若い怒りを表明する御方も居られる御様子。

そういう御方と直接の対話を延々続けるのは疲れるので、そっと傍から眺めているのが無難のようです。(最前線で傷つく自分の姿を想像すると怖くなります)

・・・・・・・
ちなみに、「そういう御方」の場合、長々と自分の迷いを述べ始めるのが常らしい。手短に、「僕の論における根拠は、これこれだよ。以上。」と表明すれば話が早く済むのでは?と首を捻る私は、素朴主義者なのか。
・・・・・・・
ところで当事者のpoohさんは、論点がすれ違う御方が相手でも、有意義なゴールが有るものと考えて、地道に頑張っておられる御様子。

傍観の位置に安楽する私など、「寝そべってぼんやり遣り取りを眺めて、たまに評論家気取りでしゃしゃり出て、もっともらしい事を述べて自己満足なのデース(^-^?」ぐらいが、精一杯です。

実にpoohさんは、しんどい道を選ぶ御人ですねえ(-_-;ウ~ム。
by TAKA (2009-09-03 22:17) 

pooh

> TAKAさん

いやでもまぁ、潮時と云うのはおのずとあるものなので。
ここはディベイトを楽しむ場ではないつもりですし。
by pooh (2009-09-03 22:20) 

TAKA

素直に正面からぶつかって来る御方が相手ならば、議論はどんどん前に押し出したのかも。(しかし結果は、土俵に上がる前に水入り状態)

ところで私の場合、若くて勢いだけだった過去の自分を、客観的に見つめることが出来ません。まして、他の若い思考との四つ相撲は、体力を消耗。

粘り腰のpoohさんと違い、常に浮き足体勢の私は、「相当のぶつかり議論稽古が必要かも?」などと、思ったのでした。(やはり観客席で見ているのが一番)
by TAKA (2009-09-03 22:44) 

黒猫亭

>poohさん

>>もういいでしょう。

ええ、もういいです。何も踏まえないで同じことを延々繰り返す人だと謂うことが申し分なくわかりました。
by 黒猫亭 (2009-09-04 02:26) 

pooh

> TAKAさん

いや、いつも云っているとおり、ぼくは頭の回転が鈍いだけなんですって。
by pooh (2009-09-04 07:30) 

pooh

> 黒猫亭さん

ご自身のまとまった論考をお待ちしたい、と思います。
そうじゃないと、ぼくごときではわからないようなので。
by pooh (2009-09-04 07:31) 

メカ

poohさん

ん~今回のあなたの発言は全般的にあまり内容がないね。単に表面的な言葉に反応しているだけの部分が多い。そういうのはよくないと自分で言ってなかった(はっきり覚えてないので別な人の発言かもしれないけど)。

> 最低限の誠実さがあれば、合意に至らなくても得るもののある「かみ合う」議論は可能です。ここでのメカさんとの対話は、その水準に達していません。

誠実さなどという客観性の乏しいものを持ち出せば、どんな発言でも「この人の発言態度は誠実でない」といって否定できるよね。何しろその人が「この人物は誠実でない」と感じるたことは多分事実なんだから誰も否定しようがない。「あなたの顔が気に入らないから議論しない」というのと変わらない。そういう考え方こそ、およそ疑似科学批判をするのに相応しくないだろうね。

俺が一番憂慮しているのはあなたのように疑似科学を批判するのに相応しくない考え方の持ち主が、何かブームのように疑似科学批判をしていることなんだよ。エコブームと同じかもしれない。本当にその活動が正しいのか判断する能力がない人間が、流れに載せられてやみくもに突き進んでしまう。それはコントロールを失った暴徒と同じで社会にとって危険だ。疑似科学も危険かもしれないが、あなたたちも危険なんだよ。それを自覚すべきだ。

> と云うか、基本的には大半のひとが「これだけのレス番を費やしてまだ議論ひとつ始まらない」とお感じだと思いますよ。

議論が始まってないというのは俺は同意しかねるけれど、仮にそうだとして、なぜその責任が一方的に俺にあると信じて疑わないのだろう。あなた方の方に原因があるとなぜ思わないのだろう。自分の側には非がない。非は相手にある。そういう考え方って健全なのかなぁ?俺にはあなた方の方がカルト集団に見えるよ。だって使ってる論法がそっくりじゃん。


by メカ (2009-09-04 10:16) 

黒猫亭

>メカさん

>>なぜその責任が一方的に俺にあると信じて疑わないのだろう。

話が一向に進まないので、説明してしまいます。

それは、メカさんがニセ科学批判の言論を批判しているのであって、その逆ではないからですよ。
by 黒猫亭 (2009-09-04 15:43) 

メカ

> それは、メカさんがニセ科学批判の言論を批判しているのであって、その逆ではないからですよ。

よく分からないけど、じゃあ疑似科学論者が同じように疑似科学批判者に「それはあなたが疑似科学を批判しているのであって、その逆ではないからだ」と言ったら、それに同意するわけ?

なんか場当たり的なこじつけばかりなんだよね。自分たちに都合のいい理屈をその場その場で考えて反応しているだけで、びしっと筋の通ったものを感じない。
by メカ (2009-09-04 17:37) 

黒猫亭

>メカさん

>>よく分からないけど、じゃあ疑似科学論者が同じように疑似科学批判者に「それはあなたが疑似科学を批判しているのであって、その逆ではないからだ」と言ったら、それに同意するわけ?

そうですよ。ニセ科学批判の言論と謂うのは、本質的にはそう謂う性格のものです。批判する立場だから、自らの意見や論を客観的且つ具体的に説明している、批判される側から説明を求められれば可能な限り説明の労を厭わない、それがニセ科学批判の言説です。

単に、何故かニセ科学を主張する側は、批判されているのに説明を求めてこないことが多いと謂うだけのことです。

それはご理解戴けていると思っていましたが、そうではなかったようですね。
by 黒猫亭 (2009-09-04 18:33) 

pooh

> メカさん

内容はないと思いますよ。ぼくの理解できる範囲では、とくに新しい展開があるわけではないので。

> 誠実さなどという客観性の乏しいものを持ち出せば、どんな発言でも「この人の発言態度は誠実でない」といって否定できるよね。

おっしゃるとおりです。
では「対話のなかで提示された質問にお答えいただけないスタンス」と言い換えましょう。
もちろんお答えいただかないのはご自由です。ただそれでは、ぼく程度の理解力ではおっしゃることがわからない。もちろんぼくごときにわかったところで、とくにメカさんにはメリットはないのかもしれませんが、おっしゃるような「カルト的な批判」をぼくにやめさせることはできませんよ。

> あなた方の方に原因があるとなぜ思わないのだろう。

ぼくの理解力の低さに原因があると認識しているので、これまでご教示を乞うてきたわけです。
で、ここでの対話と云うかたちではおよそぼくには理解できないだろうな、と思ったので、まずはまとまった論考をお書きになるのを待とう、と云うスタンスをとることにしたわけです。そう云い続けていると思うんですが。

いずれにせよ、いまのメカさんのスタンスでは、主張されている内容の当否を論じることはできないんですよ。申し訳ないんですが、意図的にそうすることで、主張を否定されないように議論しようとしているように見えます(ここまでは、メカさんがそう云う意図を持って議論をしているわけではないこと、を前提にして対話しています。おそらく多くのかたからすると、ぼくのそう云うスタンスは馬鹿なものに見えていると思います。じっさいに馬鹿なので問題はないですけど)。それは議論とは呼ばれません。

あと、繰り返しますが、「あなた(がた)」と括るのはおやめください。不適切ですし、現実の個々の言説にもとづかないまま藁人形に向かって批判をしているのではないか、と云う印象を助長します。
認識の共有はあっても、それぞれのかたは個々人として発言しています。poohが馬鹿でだめなのはpooh個人の責任です。
by pooh (2009-09-04 22:21) 

pooh

> 黒猫亭さん

そう云う場合はおのれの力不足以外に責める先がないので、結局のところより効果的な方法を模索するために批判されることを求める、と云う部分があるんですよね。

なんとなくどうしてメカさんが、ニセ科学の問題にコミットしている人間のことを「単に疑似科学の揚げ足をとるのが楽しいというだけ」と云うふうに理解されているのか、わかった気がします。
by pooh (2009-09-04 22:21) 

Seagul-X

なんかメカさんと関わりあうと面倒そうだなぁ、と思いつつ傍観してたんですが、一連のやり取りを読んだ感想を技術開発者じゃないけど、たとえ話で書いてみたくなりました。
たとえ話の体裁を取っていますが、あくまで感想です。本人がそう云ってますから。


あるところに緩んだネジが頭を浮かせているのを見つけたひとがいました。よく見るとあっちにもこっちにも緩んだネジがあります。このまま放置しておくと、ある日突然全体が崩れてくるかもしれません。
そのひとは「どうしようか?」と思ったものの、手元にドライバーがあるのを思い出しました。そこで、ドライバーで緩んだネジをせっせと締め始めました。

しばらくするとネジを締め続けるそのひとを見て、ネジを締めるのに協力するひとたちが現れました。みんな、それぞれのドライバーを持ってネジを締めていきます。たくさんネジを締めていくと、力のかけ方が悪かったりネジの状態が悪かったりして、ネジの頭をつぶしてしまい締められなくなるものも出てきます。
そこで、「こういうネジは無理に締めるとよくない」「力はこうかけるのがいいよ」と情報交換をして改善していこうとします。

そこに「ドライバーという道具はネジの頭をつぶしてしまうからよくない。もっといい道具があるはずだ。」と主張するひとがあらわれました。でも、その道具が何なのかを教えてはくれません。探せといわれても、どこにあるのか、どんな形をしているのかもわかりません。

「あれだけ自信だっぷりにいうんだから、なんかすごい道具が出てくるに違いない」と期待していたひとたちも、なんだか拍子抜けです。
ネジを締めるひとたちは「ど〜せ探すコストも俺たちが支払うんだろうしな」と思いながら、今日もひたすらドライバーでネジを締め続けるのでした。おしまい。


…なんか技術開発者さんよりも TAKA さんっぽくなっちゃったかもしれません。

by Seagul-X (2009-09-05 00:22) 

黒猫亭

>poohさん

われわれはニセ科学問題にコミットして言論を展開している当事者です。当然現状の言論以上のツールを持っていないわけですから、それを視た非当事者がより良いアイディアをお持ちなら、是非とも伺いたい。批判を受ける側のメリットとはそのようなものなので、それが単なる「感想」に過ぎないのであれば「参考にします」で好いんじゃないですかね。

殊に、批判する側の説明責任を理解していなかったり、「感想」と「論」の区別が附いていない方が相手では、議論すら始まりませんし、どうやら「感想」が言いたいだけで、いつまで待っても「説明」を始めるおつもりはないようです。
by 黒猫亭 (2009-09-05 04:43) 

pooh

> Seagul-Xさん

TAKAさんぽいって云うか、なんと云うか(^^;

まぁドライバーよりよいものがあれば、たぶん節操なく飛びつくわけですよね。要はねじを締めたいわけですし、ねじ頭はできるだけつぶさずにおきたいわけですから。
by pooh (2009-09-05 05:50) 

pooh

> 黒猫亭さん

まぁ単なる感想でも、いただければありがたいわけなんですけどね。
by pooh (2009-09-05 05:51) 

メカ

黒猫亭さん

> 単に、何故かニセ科学を主張する側は、批判されているのに説明を求めてこないことが多いと謂うだけのことです。

求めてるんじゃないの?あなたがそれを「適切な質問」と扱わないだけで。要するにあなたのは全部自分に都合のいいものの見方なわけだよ。

で、批判する側と批判される側は対等なものであって、批判する側だからどうだとか批判される側だからどうだというのはおかしい。どうしてそういう考えになるのかさっぱり分からないね。天動説派が地動説を批判するのと、地動説派が天動説を批判するのは、理屈から言えばまったく同じ議論の応酬になるべきで、どっちがどっちを批判しているんだからどうだという話にはならない。それぞれ正しいと考える主張を応酬すればいいだけのこと。

> それはご理解戴けていると思っていましたが、そうではなかったようですね。

そんな妙ちくりんな話はご理解できないよ(笑


poohさん

> では「対話のなかで提示された質問にお答えいただけないスタンス」と言い換えましょう。

同じ事じゃないの?答えれば議論を続けるとか、答えなければ議論を辞めるというのは変な話。互い相手が答えたこと組み立てて反論なり持論の主張なりをすればいいこと。もちろん相手が何も答えなければ最後には反論するネタもなくなり議論は自然にそこで終るだろうけれど、それはそれだけのことだ。「相手が答えないから議論をしない」というような積極的な姿勢を取る必要はない。

で、何度もいうように、質問をする側は相手がその質問に答える価値があることをアピールする義務がある。その努力さえしないのは、あなた風にいえば「誠実でない」。たとえば俺があなたに「あなたの性癖は?」みたいな質問をして、答えろと言ったら答えるのだろうか?そんな質問は今の議論に関係があるとは思えないよね?逆に俺がそういう質問するならばそれが今の議論に重要であることを示さなければならない。そうでなければ「そんな質問に答える必要はない」とあなたから拒否されても仕方ないだろう。

> もちろんお答えいただかないのはご自由です。ただそれでは、ぼく程度の理解力ではおっしゃることがわからない。

繰り返しになるけれど、質問に答える価値を納得させられないあなたの側に問題がある。まあそれがあなた自身の未熟さだというのなら、その通り。

> おっしゃるような「カルト的な批判」をぼくにやめさせることはできませんよ。

ん?あなたを説得する必要などないと思うけどね。もちろん説得できるに越したことはないけれど。それは疑似科学や水伝や他のカルトに対しても同じ事だろう?それらの害を社会から取り除くためには彼ら本人を説得することが唯一の手段ではないわけで。

世間に地道に「poohのやっていることはカルトだ」と広めていくことが大事。

> ぼくの理解力の低さに原因があると認識しているので、これまでご教示を乞うてきたわけです。

だからその一歩として、質問をする場合は相手にそれに答える価値をアピールする事が必要だとアドバイスをしているのに、なぜアドバイスに従って頂けないのかな?教えを請うという割には努力する姿勢が見えないよね。

要するにあなたは自分の「無知」「無能」を武器にしているだけなんだよ。そういうあざとい姿勢はやめるべき。本当に無知や無能を自覚しているならそれを改善する努力をすべきで、「自分は無知なんだから、おまえが努力して納得させろ」みたいな開き直りは見苦しい。

> まずはまとまった論考をお書きになるのを待とう、と云うスタンスをとることにしたわけです。

ん?まとまった論考?書くとしても今ここで書いているような内容と同じだよ。俺が考えていることなんだから、どう書こうと内容的にはたいして変わらないはず。むしろあなたと一対一でやりとりしているのだから、この会話の方があなたにとって最適にチューニングされていて分かりやすいはずなんだけどね。

> そう云い続けていると思うんですが。

では誠実でないとかいう話もせずに静かに待ってればいいのに…

> いまのメカさんのスタンスでは、主張されている内容の当否を論じることはできないんですよ。

それは「あなたが」だよね。上の方でいったように、俺としてはあなたに、理解してくれるならそれに越したことはないが、どうしても理解してもらわないと困るというものではない。

> 意図的にそうすることで、主張を否定されないように議論しようとしているように見えます

「不誠実だから議論しない」の変形バージョンだよね。つまり「あなたの顔が気に入らないから議論しない」と同じレベルの話。そういう主観的な根拠で議論を放棄することを正当化しようとするのは、論者として非常に幼稚だと思われても仕方ないだろう。

相手が自分がしたい議論の土俵に上がってくれない、というのはよくあることだ。その場合相手をその土俵に引きずり出すところからが「議論」であり、その能力がその人の議論の能力なわけだよ。自分が求めるような議論の土俵に相手が応じてくれないなら、それは相手のせいではなく自分の未熟さ。もちろんそれは俺の側にもいえることだよ。自分がしたい議論をするには互いに"自分"が努力することが必要。相手のせいにしてはいけない。あなたの話って全部「相手が悪いんだ」って話だよね。子供っぽい思考だ。

> あと、繰り返しますが、「あなた(がた)」と括るのはおやめください。不適切ですし、現実の個々の言説にもとづかないまま藁人形に向かって批判をしているのではないか、と云う印象を助長します。

もちろんそれが不適切だと思う場合は俺もそんな括りはしない。あなた(がた)には、そう括るだけの理由があると思うのでそうしている。それが嫌ならあなた(がた)自身の振るまい方を改めるべきだと思うね。

なんにせよ、あなた(がた)は、相手に要求するばかりだよね。自分は何も努力しない。まあ、ある程度議論の基本ができているのはここではFSMさんぐらいかな。あくまで比較の問題だけどね。要するに相手に「こういう土俵に上がってほしい」と思ったら、相手が看過できない反論を提示し、そうせざるを得ないように持っていく必要がある。相手の人間性を罵っているだけではダメだよ(苦笑

> poohが馬鹿でだめなのはpooh個人の責任です。

そういう言い方を免罪符として活用している人ってネットに多いよねぇ。

> ニセ科学の問題にコミットしている人間のことを「単に疑似科学の揚げ足をとるのが楽しいというだけ」と云うふうに理解されているのか、わかった気がします。

それに加えて、「自分が社会正義のために活動している」という陶酔感というか高揚感だね。楽しいことをしてなおかつ使命感も得られるのだからこれはもう麻薬と同じで、自力では容易に抜け出せないような快楽じゃないかな。


Seagul-Xさん

> なんかメカさんと関わりあうと面倒そうだなぁ、と思いつつ

人生はすべて面倒なものだよ。特に意味のあることは面倒なことばかりだ。内容のないことなら面倒じゃないだろうけどね。

> ネジを締めるひとたちは「ど〜せ探すコストも俺たちが支払うんだろうしな」と思いながら、今日もひたすらドライバーでネジを締め続けるのでした。おしまい。

問題はあなた方がやっていることは有害だという点。ネジを締めている行為が単に無意味でありそのコストが自己負担なだけなら、放置していてもいいが、有害となると止めなければならない。

よく歴史的な建物や絵画を過去の技術で中途半端に修復したために、現代の技術水準からはむしろ完全な修復に逆効果になってしまっていることってあるじゃん。むしろ何もせずに静かに保存しておいてくれれば…と。

良かれと思ってやったことが後で裏目に出ることはよくあることだ。poohさんのように自分から「自分はあまり賢くない」という人間が、なぜここまで自分たちがやっていることを正しいと確信して暴走できるのか。馬鹿な人間は暴走が許されるという理屈なのか?自分を馬鹿だという人間に俺はいい印象をうけないね。それは謙遜でもなんでもなく、自己防衛の手段に過ぎない。

黒猫亭さん

> 当然現状の言論以上のツールを持っていないわけですから、それを視た非当事者がより良いアイディアをお持ちなら、是非とも伺いたい。

あなたの目的に役立つアイディアを閉めそうとしているのではなく、あなたの目的がそもそも間違っているんじゃないの?といってるのだけどね。戦争に勝つための情報は欲しい。しかしこの戦争に勝つことが本当に正しいことなのか?という意見には耳を傾けない。あなた方はそういう集団だよね。

> 批判を受ける側のメリットとはそのようなものなので、

まあ受ける側のメリットは(自分たちの考え方を変えない以上は)そうだろうね。あくまで自分たちの考え方に役立つ情報がありがたいはず。水伝信者も「どうやったら水伝がもっと世間に広まるか」という情報を得ることにメリットを感じるだろうね。「布教活動のここを改善した方がいい」みたいな批判なら喜んで受け入れることだろう。しかし「水伝って正しいの?」という批判が彼らを喜ばすことはないだろう。

というか黒猫亭さんってホント自分中心にしか物事を見られない人だよね。何かを主張するために使う理屈は、その理屈を反対の立場の人が使った場合にどうなるか、を考えない。

どんな主張もそれっぽく主張できてしまう理屈を俺は万能論法と呼んでいる。それを使うと「Aである」とも「Aでない」とも主張できる非常に便利な理屈だ。でもそんな理屈には意味がない。正しい主張は上手く主張でき、間違った主張には役に立たない論法こそが健全な論法だ。便利だからといって万能論法を使ってはいけない。それは疑似科学やカルトが多用するものだ。そしてあなたがたも多用している以上は、あなた方の思考も健全とはいえない。


by メカ (2009-09-05 16:02) 

黒猫亭

>メカさん

ところで、メカさんが他者の言説に対して仰っていることは、すべてメカさん自身の言説に対しても言い得ると謂うことにはお気附きですか?
by 黒猫亭 (2009-09-05 16:48) 

pooh

> メカさん

おっしゃることはごもっともです。
では、ここでの対話の継続はどちらにとっても価値がないので、お引き取りください。
by pooh (2009-09-05 18:33) 

pooh

> 黒猫亭さん

いくらなんでもさすがにご存知だと思いますよ。
by pooh (2009-09-05 18:35) 

黒猫亭

>poohさん

そうですね、答えがどちらでも対話を継続する意味がないのですから、愚問でした(笑)。では、これにて撤収致します。
by 黒猫亭 (2009-09-05 19:12) 

Seagul-X

メカさん、
家主様が「お引き取りください」とおっしゃっているので続けるつもりはないですが、私宛に書かれた部分について一点だけ不正確な箇所の指摘を。

>問題はあなた方がやっていることは有害だという点。

これは「メカさんが有害だと思っている」あるいは「メカさんが有害だと主張している」ってのが正しいですね。
有害であることが立証されたら、少なくとも私は喜んでニセ科学批判を辞めます。あるいは方法を変えます。みなさん、そうだと思いますよ。ドライバーの代わりのいい道具が提示された時とおなじように。

by Seagul-X (2009-09-05 22:17) 

TAKA

>この状況を、たとえ話で考えてみます

この際なので、私も「昔のパソコン画面で偶に見かけたメッセージ」風に、考えました。

「そんな批判活動じゃ駄目だ。別の方法がある」『それは是非、教えてください』
「そんな思考じゃ駄目だ。別の考え方が出来る」『教えてください』
「そんな態度じゃ駄目だ。別の切り口がある」『教えてちょ』
「そんな返しじゃ駄目だ。もっと僕を尊重して、賛美して耽美してゾンビしてドンキでホーテで風車な」『ループしました。電源ボタンを押して、強制終了してください』
・・・・・・・・
次は、『ポケモンコンテスト大会の審査員』風に、考えました。
ステージに、「己の主張の骨格から目を逸らすための永遠なる脇道論を披露するAさん」が登場。
審査員「いやあ、好きですねえ。」

ステージに、「批判に晒されながらも一歩前へ進もうとする学習意欲の高いBさん」が登場。
審査員「いやあ、好きですねえ。」
・・・・・・・・
最後は、ゲームの「ドラクエ」風に考えました。
語り:「勇者poohは、地下迷路で『なんとなく高尚な論を唱えてくれそうな隠者』に、出会った。」
勇者:「もしよろしければ、私を真理のゴールへと、導いてください。」
隠者「…。」

語り:「返事が無い。だたの『仕方ない人』のようだ。」
・・・・・・
こんな感じになりました。凝縮です。
by TAKA (2009-09-05 23:35) 

FSM

こんばんは。
今週猛烈に忙しくてフォローできていないのですが(すみません)、私が必要以上に細かくメカさんと対話してしまったのがここまで引っ張られている要因かと思います。

メカさんとの対話に得るものがきっとあると私は思っているのですが、こちらでそれを継続するのはpoohさんに大変申し訳ありませんので、よろしければ私のブログで対話を続けていただければありがたいです。近日中にエントリを作りますので(すぐには対応できないのが申し訳ないのですが)。こちらの準備ができましたら、なんらかの形でメカさんにお知らせいたします。よろしくお願いします。

お騒がせして申し訳ありませんでした。>poohさん、みなさん
by FSM (2009-09-06 00:31) 

pooh

> Seagul-Xさん

メカさんが提出された視点そのものの意義は、もちろんないわけじゃないと思ってますけどね。
そこのところは、今後展開していっていただけるんだろう、と受け取っておきましょう。
by pooh (2009-09-06 08:35) 

pooh

> TAKAさん

> 凝縮です。

うわあ。長大なコメント欄が凝縮されてしまった。
by pooh (2009-09-06 08:36) 

pooh

> FSMさん

メカさんの主張はJudgementさんが高く評価されていて、ご自分のところで議論をお始めになっているようです(このエントリにトラックバックもいただいています)。そちらで続ける、と云う方法もあるのではないか、と思います。

ちなみに(ぜんぜんそちらのほうに話が進まなくて表明する機会がなかったんですが)、検証をおこなってPDCAをまわすべき、と云う意見については、ぼくはきくちさんの「それは10年とか経ってからはじめてできること」と云う見解に賛同しています。
by pooh (2009-09-06 08:41) 

黒猫亭

>>そちらで続ける、と云う方法もあるのではないか、と思います。

同意せざるを得ません。他ならぬJudgementさんが引き取られたと謂うことは、正しくこちらの対話を踏まえた上でのご判断でしょうし、あれはJudgementさんの立ち位置でしか出来ない芸当です。

土を捏ねて磁器人形を作ることが出来ないなら、泥を捏ねて泥人形を作ろうと謂うのは、まあ、少なくとも立場は選びます。
by 黒猫亭 (2009-09-06 11:38) 

pooh

> 黒猫亭さん

そのあたりJudgementさんは明快ですからね。論理上のいろんな技巧はお使いになりますが(その面では賛同できない部分もありますが)、少なくともミスティフィカシオンはされないので。
メカさんにとってはこのうえない味方を獲得できる機会でもあります。
by pooh (2009-09-06 12:34) 

メカ

黒猫亭さん

> ところで、メカさんが他者の言説に対して仰っていることは、すべてメカさん自身の言説に対しても言い得ると謂うことにはお気附きですか?

相変わらず内容のない戯れ言しか言わない人だね。具体的にどの部分がどう当てはまるか言ってごらんよ、ちゃんとそうではないことを説明してあげるから。違うものが愚か者には同じもに見えてしまうことがある。よく子供が「大人はずるい」みたいなことをいうよね。子供にとってはAの状況とBの状況が同じに見える。大人にとっては両者は違うから違う対応をするのだけれど、子供にとってはそれが分からない。たぶんあなたもそうだと思うよ。


Seagul-Xさん

> これは「メカさんが有害だと思っている」あるいは「メカさんが有害だと主張している」ってのが正しいですね。

そりゃ俺の意見はすべて「俺が」「思っている」ことだよ。誰の意見もそうだよね。そんなのは当たり前だからいちいち断らずに省略するわけだ。

> 有害であることが立証されたら、少なくとも私は喜んでニセ科学批判を辞めます。

では水伝が有害だという立証もしてくれるんだろうね?それができないなら水伝信者に水伝を信じるのをやめさせることも出来ないだろうね、あなたの理屈では。

社会がどうあるべきかという問題では数学や自然科学的な意味である事柄が正しいか正しくないかなど立証できない。戦争とかだってそうだよね?正しい戦争なのか正しくない戦争なのかなんて立証できない。

社会問題においては立証することにさほど大きな意味はないんだよ。それなのに馬鹿の一つ覚えのように「だったら立証して見せろよ~」みたいに繰り返すのは、まるで小学生レベル。


TAKAさん

>>この状況を、たとえ話で考えてみます
> この際なので、私も「昔のパソコン画面で偶に見かけたメッセージ」風に、考えました。

ほらね、やっていることがみんな同じだ。思考パターンも同じ。なので俺はあえて「あなた(がた)」と一括りにするわけ。そうされるのがいやなら、そういう仲間内で仲間ウケだけを狙った会話に終始しているあなた(がた)の行動を改めるべきだろうね(笑)。

ホントにカルトそっくりだよ。先ず「○○はお読みになりましたか」と切り出す。○○というのは彼らの教義が書かれているテキストだ。それを読まないと話が出来ないという。

次にやたら「○○とは」という定義に拘る。そしてすべてをそれに当てはめていこうとする。「その状況は○○というケースです」みたいにね。もちろん正しく類型化するなら問題ないが、どうみても強引で我田引水。

肝心の当人をそっちのけで仲間同士で「この人は○○だね」「うん、そうだね」と言い合い自分たちの正しさを確認しあう。「この人が教えの正しさを理解できないのは~だからだね」とかも。~には修行が足りないとか、世俗にとらわれているとか、どうとでも当てはまるようなものばかりが入る。

で、相手をどうにも説得できないと、心が清らかではないとか、救済を受ける資格がないとか、基本的に相手の人格を貶めて(逆に言えば自分たちを優位におくことで)納得して終わり。

妙なたとえ話を連発するところも同じだね。カルトの内部では外部の人間にはとうてい同意できないような妙な「理論」が常識としてまかり通っている。「え、なんで知らないの?」みたいな感じで「そんなの知るか!」と思うよな奇妙な理論がね。

どうだい?あなた方にピッタリ当てはまるんじゃないかい?(笑)


FSMさん

> メカさんとの対話に得るものがきっとあると私は思っているのですが、

ん~そうかなぁ。俺としてはこれまで述べたこと以上のことは特にあなたに語るべきことはないと思うけどね。そして俺が語るとあなたからどういう反応が来るかもだいたい見当がつくつもりだ。あなたもそうなんじゃないの?あと、あまり細かい話をくどくどとするのは好まないんだけどね。

まあ他の人が言っているとおりJudgmentさんのとこでここで書き足りなかった残りの話を書いたので、あの話(15年前の疑似科学叩きはどうして衰退してしまったのか)で事実上打ち止めだよ。それ以上の話は俺からは出てこないと思ってもらっていい。まあ、議論していく内に他に思いつくものもあるかもしれないが。

poohさん

> きくちさんの「それは10年とか経ってからはじめてできること」と云う見解に賛同しています。

なんで彼は15年前(疑似科学批判自体はもっとさかのぼれるが。たとえば1970年代のユリゲラー騒動とかね)とかを無視するのか?が俺が彼に不信を感じる理由なんだけどね。

結局きくちさんは自分がやっていることが15年前と同じことを分かってるから、あえて無視してるとしか俺には思えないんだよ。すでに15年経ってその結果が現在なわけなんだけど、それだと都合が悪いので触れようとしない。

まあ結局のところあなたにとっては俺ときくちさんの「どっちを信じるか」ってことになるのだろうね。そういう属人的な判断基準しかとれない人間は、自分では善悪の判断が出来ないタイプの人なのだから、あまり「社会のために役立とう」みたいな方向に走らず、無難に生きた方が身のためだと思うよ。そうでないと火傷する(笑

> そのあたりJudgementさんは明快ですからね。

もう一つ気になっていたことを述べよう。あなた(がた)の発言で目立つのは「○○さんの言うとおりだと思います」。別な人間である以上考えが完全に一致するなんてことはあり得ないわけで、「全くその通りです」なんていうのは、要は自分では何も考えてない証明みたいなものだ。考えてないから疑問も異論も生じずに「その通りです」としか言えないのだろう。

「教祖様のおっしゃるとおり」といってるのと変わらない。何しろ下々の信者にとっては教祖様の考えることなど理解の範囲外にあるんだから、そのまま「全くその通りです」と全肯定するしかないわけだ。

> 少なくともミスティフィカシオンはされないので。

つまりあなた方はそれをする、と。なんか語るに落ちてるよね(苦笑

> メカさんにとってはこのうえない味方を獲得できる機会でもあります。

あの人もあなた方と大して変わらないと思うよ。単にスタンスが俺と同じサイドというだけで、レベル的にはね。馬鹿な味方はいらない。というよりも徒党を組まないと戦えない人間なら味方にしても頼りにならない。彼も一匹狼っぽいじゃん?お互いそれでいいんだと思うよ。

by メカ (2009-09-06 14:50) 

pooh

> メカさん

おひきとりください、と申し上げました。
そんなに気持ちいいですか?

> つまりあなた方はそれをする、と。なんか語るに落ちてるよね(苦笑

これはメカさんのことですよ。
こう云う言辞を弄してなにか云った気分になってらっしゃるらしいのをそう形容したんですが、迂遠な云い方は通じないようですね。
by pooh (2009-09-06 15:27) 

PseuDoctor

こんばんは。単なる感想です。

Poohさんは御自分で「馬鹿で無能なのは自分の責任」と仰いますが、私から見れば、これは怠惰や開き直りによるものとは思えないのですね。
例えるなら、ニセ科学に対する対策を一種の財(サービス)と捉えれば、Poohさんは生産者側ではなく消費者側の視点に立とうとしておられる(まあ、純然たる消費者というよりも、両方の立場を理解できる「流通者」を目指しているのかもしれませんが)様に見えます。
つまり、今の立場は自ら選び取られたものであると。

で、家主さんがそういうスタンスでおられるのにも関わらず、もし、ここを「科学的な正しさだけが絶対だとカルト的に信じている連中の巣窟」であるかの様に思われる人がおられたとすれば、それはちょっと、余りにも「何だかなぁ」と思ってしまう、という「感想」でした。

あと、本来はこういうやり方(コメントを加えずに引用だけする)はすべきでないとは思いますけど、今回に限ってはそのままの方が解り易いと思うので、メカさんの (2009-09-05 16:02) のコメントから引用しておきます。

>> 単に、何故かニセ科学を主張する側は、批判されているのに説明を求めてこないことが多いと謂うだけのことです。
>求めてるんじゃないの?あなたがそれを「適切な質問」と扱わないだけで。要するにあなたのは全部自分に都合のいいものの見方なわけだよ。

>で、何度もいうように、質問をする側は相手がその質問に答える価値があることをアピールする義務がある。

>繰り返しになるけれど、質問に答える価値を納得させられないあなたの側に問題がある。

ふーーーん、って感じですね。
by PseuDoctor (2009-09-06 21:03) 

pooh

> PseuDoctorさん

まぁ、議論と云うものに対する、そう云う種類の理解もあるんでしょう、と云うことでしょう。
by pooh (2009-09-07 07:29) 

メカ

poohさん

> そんなに気持ちいいですか?

なんかホント妙な表現を使うよね、独特というか。狭いコミュニティだけに通用する特殊な表現なのかな?部外者には異常だよ。

> こう云う言辞を弄してなにか云った気分になってらっしゃるらしいのをそう形容したんですが、迂遠な云い方は通じないようですね。

もうほとんど単なる感情的な反発だけだよね、あなたの文章って。何度もいうけれど、そんな感情でしか物事を考えられない人間は善悪の判断が冷静にできないのだから、社会活動などすべきではない。

PseuDoctorさん

> で、家主さんがそういうスタンスでおられるのにも関わらず、もし、ここを「科学的な正しさだけが絶対だとカルト的に信じている連中の巣窟」であるかの様に思われる人がおられたとすれば、それはちょっと、余りにも「何だかなぁ」と思ってしまう、という「感想」でした。

それ以外の人がいれば、俺もそうは思わなかっただろうね。あなたのはかなり無茶な詭弁だ(笑)。俺なら詭弁を使うにしてももう少しはマシな詭弁を使うだろうね。

> ふーーーん、って感じですね。

いや、なにがふーんなのかさっぱり分からない。上記の下手な詭弁と同じようにあなたの頭の中ではそれなりの理屈が通ってるのかもしれないけどね。

poohさん

> まぁ、議論と云うものに対する、そう云う種類の理解もあるんでしょう、と云うことでしょう。

あなたは議論というものをどう考えているの?お互い誠意ある姿勢で紳士的に振る舞い、相手の気持ちを思いやり…みたいな感じ?それは議論ではないよ。ただの仲間同士の馴れ合い。それは同じ思想の者同士の間でだけ成り立つものだ。確かにそれは心地よいよね。自分が周りに理解されているという満足が得られる。

あなたが「議論」に求めているのはそういうものなのだろう。議論の内容などなんでもいい。周りの人間と共感し一体感を味わい、更についでに社会正義に酔えれば完璧、みたいな(笑

社会問題を考えるのにそういう「娯楽」気分でやるべきではない。社会問題に取り組むというのは基本的に不愉快なものだ。辛辣な意見の衝突とそれぞれの立場の利害がからんだドロドロとした人間の醜さと対峙しなければならない。それに耐えてでも社会はどうあるべきかを模索し続けられる人間でないと無理。

by メカ (2009-09-07 08:10) 

メカ

poohさん

あと、「お引き取りください」ということらしいけど、それはつまりあなた方はここで相変わらず「メカってこんな酷いヤツだよね」「そうだねー」みたいな話を続け、一方で俺はその話に口を出すことは許さない、それがあなたの方針ということでいいのかな?

まあ気持ちは分からないでもないけど(仲間内だけで楽しい会話を続けて他方が心は安らかだものね)、そういう姿勢で疑似科学批判などできると思うのが気がしれない。自分は安全なバリアか何かに守られていて、高いところから疑似科学支持者を「あいつらってばかだよねー」「絶滅させた方が世のためだよね-」みたいに言うのが、楽しいんだよね。

楽しい世界を邪魔して悪かったね(苦笑


by メカ (2009-09-07 08:20) 

pooh

> メカさん

いや、お越しいただかなくてもけっこうだ、と云っているのに足をお運びになるので、なにかよほど気持ちいいのかな、とか思ったんですよ。だれにも意義のない対話を続ける意味がぼくにはわからないのですが、メカさんにとっては楽しいことなのかな、と。

ここのコメント欄はそろそろ閉じますね(無駄なので)。どこか別の場所で、勝利宣言でもしてくだされば、と思います。ここででもいいですけど。
by pooh (2009-09-07 08:27) 

メカ

poohさん

「勝利宣言してください」というのがあなたの勝利宣言なんだよね。
いや、ホントあなたがたのやってることはカルトと同じだよ。疑似科学批判が正しいかどうかはさておき、あなた方が行っている「疑似科学批判の正当化」は全くカルトが自分たちの教義を正当化する方法と変わらない。

本気で疑似科学批判をしたいなら、もっとまともな論理武装することだね。
by メカ (2009-09-07 08:33) 

pooh

> メカさん

あぁ、行き違いで勝利宣言が出ましたね。ご満足でしょうか。
こちらとしては最初からメカさんに勝利しようなんて思っていないので(そんなところに最初から目的はありません)、どうでもいいですが。

ひとつだけ教えてあげますね。
相手の瑕疵をいくらあげつらっても、そのことで自説をかたちづくることはできないんですよ。たいていのかたはそれくらいのことはご存知なんですが、これを機会におぼえておくといいです。
あと、自分の言葉が自分にだけは向けられない、と思い込むのはけっこう滑稽です。笑える、と云うより、むしろ見ていて意気消沈しますけど。
それでは、おつかれさまでした。
by pooh (2009-09-07 08:42) 

pooh

> メカさん

追加です。

> 「お引き取りください」ということらしいけど、それはつまりあなた方はここで相変わらず「メカってこんな酷いヤツだよね」「そうだねー」みたいな話を続け、一方で俺はその話に口を出すことは許さない、それがあなたの方針ということでいいのかな?

自分の物差しを相手に当てはめる際には、注意深くやったほうがいいです。こう云うのを「投影」といいます。

そう云うわけでここはころあいを見てそろそろ閉じます。メカさん以外の方は、書き込まれないようにお願いします。
by pooh (2009-09-07 08:47) 

メカ

> 相手の瑕疵をいくらあげつらっても、そのことで自説をかたちづくることはできないんですよ。

それはあなた自身に最も当てはまることばだよね。あなたと話していて俺に対する瑕疵をあげつらう以外の発言が出てきたためしがない。

> あと、自分の言葉が自分にだけは向けられない、と思い込むのはけっこう滑稽です。

1行上に書いたとおり。なんか狙ってやってるギャグとしか思えないな。それとも天然ボケなのかな?

> 自分の物差しを相手に当てはめる際には、注意深くやったほうがいいです。こう云うのを「投影」といいます。

つまりこれまであなたが俺に対して言ったことはすべてあなた自身の投影ということだね。その点はまったく異論がないよ。もしかしたらこの会話で唯一得られた共通認識かもしれない。

まあ、あなた(がた)を見ていると、つくづく表面的な口先だけで生きてるな、と思うよ。疑似科学批判の題材は教祖様が提供してくれる。あなた(がた)はそれをありがたく頂戴し、自分たちでは深く考えることなしに、教祖様の仰ることだから絶対正しいと安心して信じ、あとはその場その場の口先の屁理屈で自己を正当化して「俺たち社会正義のために働いてるよね」「うん、そうだね」みたいに言い合っている。

さぞかし楽しいだろうね。でもそんなの社会のための活動じゃ全然ないよ。楽しくちゃいけない。苦しく悩みまくるような問題なんだよ、社会がどうあるべきかに取り組むのは。あなた方のように娯楽気分でやるものではない。あなたの恩師とかに聞いてごらん。そもそもあなたは自分がやってることを胸をはって世話になった恩師に報告できるのかな。

ま、よく考えることだね。



そう云うわけでここはころあいを見てそろそろ閉じます。メカさん以外の方は、書き込まれないようにお願いします。
by メカ (2009-09-08 10:11) 

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