So-net無料ブログ作成

妄想を喚起する [余談]

WiredVisionの太陽の位置を測る「第3の目」:トカゲで実証、人にも痕跡と云う記事を読んだ。

カナヘビの第3の目を塗りつぶしたり、さらにはかわいそうに、第3の目をそっくり切除してしまった。どちらの場合でも、カナヘビたちはでたらめな方向に向かって泳ぎ、方向を見定めることはまったくできなかった。
うわわ。おまいら実用してんのか。

この「おでこに第3の目」と云うモティーフは、なぜだかめっぽう妄想をかきたてる。古くは第三の眼から最近ではホムンクルスまで、物語のなかでも繰り返し現れる。
なぜなんだろう。こう云うのってユング的な方面に暴走した解釈をしたくなるけれど、ひとまず自重します。
nice!(0)  コメント(6)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 6

ちがやまる

おはようございます。元記事の「これまで何も知られていなかった」的扱いがむしろバランスを欠いているのではないかと思います。頭頂眼については何十年か前の比較内分泌学の本にも出てましたし、その頃生理学・組織学を習った医学部の学生なんかには講義で聴いてる人もいたはずです。方向定位に使われることを示した実験、はもしかしたら初めてなのかもしれませんが、本当に初めてだったらJournal of Experimental BiologyじゃなくてNatureとかに出てもよかったはずと思いますし。
by ちがやまる (2009-09-03 06:38) 

pooh

> ちがやまるさん

あぁ、まあそうですよね。「眼が3つあるとかげ」の話は、ぼくも知っていたくらいですし。
機能がどれだけあきらかになっているのか、と云う部分はぼくはさっぱり知らなくて(なんか痕跡なのかなぁ、くらいに思っていて)、「いまでも実際に必要な器官として用いられている」と云うのにちょっとびっくりしたのでした。
by pooh (2009-09-03 07:28) 

ちがやまる

無意識の方へのつながりの可能性は私も感じます。
頭頂眼と松果体、眼球との関係に似た対応は外にもいろいろあって、魚の側線に振動や成分を感じる機能があるとすると、人間の平衡覚聴覚や嗅覚味覚などと関係しているでしょう。全体像のくわしい追求は生物学に任すとして、私たちの意識で捕捉している情報以外に多くの情報の入力があるわけですよね。場合によると、まだ把握されてはいないが鍼灸の効果に関連するようなメカニズムが存在するかもしれない、とか、それらの機能の根源をたどっていくと「細胞の意識」とでも言うものにたどり着くかもしれない、とかいう方向に未知の分野が広がっているように思います。その領域を意識の方から見ると、まさに無意識というしかないのではないでしょうか。集合的無意識というのよりはもっと(?)深いレベルとか。
by ちがやまる (2009-09-03 13:20) 

TAKESAN

今日は。

もう、ものっすごい興味のある所なのですが、私も暴走特急になりそうなので自重します(笑)

私の場合、高岡英夫的な方向への暴走ですが、そもそも高岡氏がユング的方向なので、poohさんと同じ方向なのであります。
※高岡氏は、経絡を、ユングの集合無意識的なものと捉え、また、身体意識の構造と関連しているものと考えています。
まあ、分子やマンガのキャラにも意識がある、と言っているので、そこら辺になると突き抜けてしまってますが。

と、やや暴走しました。じちょう。
by TAKESAN (2009-09-03 14:24) 

pooh

> ちがやまるさん

おなじようなことを、ぼくも考えます。もっともぼくのほうは漠然とした、あまり根拠のない話なので、これから書くことは妄想・空想の領域、として捉えてもらわないと困ってしまいますけど。

じっさいに人間が感知しているインフォメーションは、意識しているものよりはるかに多いはずですよね。で、それは意識の下(無意識)で処理されて、身体をコントロールする情報として活用されている。無意識が処理している以上、意識からは見えません。
で、ここのところでぼくがイメージするのはユングの無意識の構造の絵面で(意識と無意識がある境面をはさんで隣接していて、無意識が意識をつねに刺激している、と云うやつですね)。そうすると、意識を経由して処理している知覚ではなく、無意識が処理している知覚が、境面を超えて意識の側になんらかのインフォメーションを伝えよう、とすることも起きてくる。
そのインフォメーションを意識の側でどのようなものとして捉えるのか、それを身体感覚とリンクさせて処理することができるのか、と云うのはわからないんですが、仮に松果体が出しているインフォメーションが境面を超えて意識に伝えられ、その内容に「松果体が発したもの」と云うような情報が含まれていて、なんらかのかたちでそれが意識に伝わることがあるとすれば、「第3の眼」幻想が物語の要素として頻出するのも不思議ではない、と思います(「第3の眼」による知覚を意識できる、と云うことになるわけですので。ただしこれがどんな感覚として「意識される」のかはまったくわかりませんが)。
by pooh (2009-09-03 22:18) 

pooh

> TAKESANさん

えぇと、上のコメントでぼくは自重をやめてしまいましたので、暴走歓迎。

ちょっと個人的な立場をお話しすると、ぼくはものごとを考えるにあたって(河合隼雄経由の)ユング的な筋道をたどる傾向がありますが、集合的無意識やシンクロニシティ、と云ったようなものは科学的な概念と云うよりは考えかたのフレームワークのなかでの一種の比喩、みたいに捉えています。

それはそれとして武道の技術、とくに道具を使う武道のそれとオートバイの運転のあいだには、いろいろと類似があるように感じています(ぼくは単車乗りとしてはきわめてへぼな部類ですが)。
by pooh (2009-09-03 22:23) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

トラックバックの受付は締め切りました

関連記事ほか

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。