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あのときと、それに続く日々 [近所・仙台]

たくさんのやさしさに触れたのを覚えている。それはまぁぼくが内陸部に住んでいて、比較すれば余裕があった、と云うこともあるのだろうけど。
醒めた意味合いではなく、それでもそれは時間とともに薄れていくのだろうな、とは思っていた。それでも、そのやさしさはいまも、日本中からこちらに向けられるまなざしのなかから失われたわけではないのだろうと思うし、感謝した気持ちは忘れない。もちろん、なにもまだ終わってはいないのだし。



ぼくは巨大な避難所だったころの多賀城市の文化センターで、メイナードを見かけた。
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コメント 2

mimon

昔、神戸でも大きな地震がありまして、傷跡が残っていないわけではありませんが、だいたい復旧しています。
真っ暗だった三ノ宮で、「コンナノを見るのは、野坂昭如以来かな」と感じて、そんな中でも、客引きをするオネイチャンを「行きつけの店があるから」と振り切りました。
床も柱も3°くらい傾いていても、ロウソクの明かりの中で営業をする「行きつけの店」。初めて使ったのだろうアイスピックを「もっと短くもたないと怪我するよ」と指導して、次の「行きつけの店」に、お互いに「生きている」ことを確認しに行きました。
まあ、そのうち、一つずつ「終わって」いくもんです。
by mimon (2011-11-20 10:38) 

pooh

> mimonさん

店も、ひとも、順番に「再会」していって、と云う過程はぼくもたどりました。誰かがそこで生きている、と云うことの(自分にとっての)意味と、少しだけ自分が生きている、と云うことの(誰かにとっての)意味、みたいなのを感じたり。
終わっていくこと、自体はいいんですけどね。まだ終わらないはずのことも、いくつもあるんだ、みたいに思ったりしています。
by pooh (2011-11-20 18:15) 

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