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「蔑む」(2) [あげあしとり]

こちらのエントリの続き、と云うわけでもないのだけれど。
たとえばある一定の事柄に対して、継続的に批判的な論陣を張っている論者、と云うのはいる(たぶんぼくもそうだ)。で、そう云う論者がべつのだれかを批判するときに、自分が批判的な言説を発している対象(またはその対象に親和的な存在)に相手を擬する、と云う手法をとるケースがある。

常日頃批判対象にしている種類の相手(または事柄)なので、批判に際しての手法についてはもの慣れている。批判するロジックについても、相応に応用が効く。自分の批判対象を形容するためのレッテルを持ち出せば、そこからあとはルーティンで語ることもできるだろう。
手段と目的は逆転するけれど、それでも論戦上はそこそこ有利だったりもするかもしれない。論点と定めた部分に関しては、相応に蓄積があるわけなので。
ここはニセ科学批判ブログではないけれど、ぼくはそこそこニセ科学については継続的に書いては来ていて。なので相手にニセ科学の主導者とか、信奉者とか云うレッテルを貼れば、それだけで相手を蔑む目的で語れることはたぶん増える。そんなような話(さすがにそんな恥知らずなことはしないけどね)。

2008年の正月前後に、ネットのすみっこでそこそこ苛烈な騒動を起こしたある論客がいて(この「論客」と云うのは自称)。話の発端がニセ科学関係だったので、ぼくもその騒動にコミットすることになったんだけれど(結果的には。ちょうど「ニセ科学批判批判」に積極的に、真剣に対峙しよう、と思っていた時期でもあったので)。

その騒動の主役のネット人格は女性で(ほんとうのところはわからないにしろ、以降「彼女」と称する)、主に結婚後に女性が夫の姓を名乗ることや、ミソジニストや、セクシュアルハラスメントや、セカンドレイパーや、「被害者落ち度論者」を批判している(あとなんか政治的な立場もあるみたいだけど、このへんの言説はどうもコップの中での議論的な展開が多くて、読んでいてもよくわからない)。
もちろんそのことそのものに問題があるわけではない(あるはずがない)んだけど、彼女はだれかと論戦になった場合に、ひんぱんにそれを「利用」する。

相手が男性なら、自分を批判する男性は「ミソジニスト」。論点がジェンダーにあれば、自分に批判的な言説は「セクシュアルハラスメント」(なので、論述のなかでは自分のジェンダーを強調することがつねに重要)。自分を批判する論者を「被害者落ち度論者」とするために、自分がいかに多大な被害のなかに置かれているのかを論証することに心血を注ぐ。
そのためには、じっさいにセクシュアルハラスメントや被害者落ち度論に苦しめられているひとに接近して、自分の支持者として利用することも厭わない。

こう云う手法はそこそこ共感を得ることができるらしくて、彼女に異を唱えた際にはけっこうなコメントスクラムを頂戴した(「おれの『雄々しき少女』にこのpoohとか云うちんぴらはなにを云うんだ!」)。仄聞する範囲では、同じようなことがけっこうあちこちであったらしい。
ただ彼女は、彼女の支持者たちとの対話のなかで意見の相違があった場合にも同種の論法を使うので、最近はかつての彼女の支持者たちとの間での軋轢がそうとう多いように見受けられる。なんでいまになってあなたたちは、みたいに(双方に対して)思うけれど、そもそもまぁそう云うのが好きな方々なんだろうからとりあえず楽しそうでご同慶の至り、みたいにも感じる。

でまぁ、要らんことをずいぶん書いたけれど、たとえば相手がニセ科学の提唱者、あるいは信奉者だったりする場合でも、こちらが「正しい科学」の使徒みたいにふるまってなにかものすのは違うだろう、程度の話でした。それじゃ肚のなかを見透かされるだけで、なんにも通じないよ、みたいな。どっとはらい。
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