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But Not for Me [よしなしごと]

結局、それでも漠然と「報道に携わるものの矜持」みたいなものをナイーブに信じてきた気がする。馬鹿だろ、と云われると返す言葉もない。
でも、報道と云う仕事に従事するひとたちにとって、(それぞれのスタンスによって生じるバイアスはあるにせよ)客観性・公共性の意識は大工さんの道具箱のようなもので、なくすと仕事ができなくなるようなものだと思っていた。何のことはない、彼らにとって大工さんの道具箱に当たるのは矜持なんかではなく、既得権益だったのだ。

だいたい昔からテレビを見ない。就職してから30くらいまでは、自室にテレビを持っていなかった(20代の男が東京に住んでいてテレビなんか観ているのは、その男がよほど退屈な人生を送っている、と云うことだと本気で思う。ぼくでさえそんな暇はなかったのだ)。テレビを買ったのは群馬に少しだけ住んでいた間で、ぼくのいた辺りは娯楽と云えば本サロと親父狩りくらいしかないような土地柄だったから(とりあえずどちらにも用はなかったから)、なんとなくテレビを買ってみた。でも、ほとんどもうぼくが見たくなるような番組はなくなっていた。

いま、家に帰ると家人がテレビをつけている。観るとコマーシャルはパチンコとサラ金(最近は減ったが)ばかりだ。ははあ、なるほど、と思う。
パチンコに用はないし、サラ金にもできるだけ用がない人生を送りたいものだと思っている。それに対して、テレビ番組はパチンコ屋とサラ金から金を貰って番組を作っているから、そういう業界に用があるひとたちが観て楽しめる番組作りをする訳だ。面白いはずがない。筋が通っている。

とりあえず為政者と財界とマスメディアは既得権者だ。彼らは彼らの既得権を守るために持ちつ持たれつだ。多分昔からそうだったんだろうけど、昔はちゃんと建前を示してみせるだけの廉恥があったんだろう。だからぼくみたいに(うすのろなことに)どこかでそれを信じているような人間でも生きてこられた。
いま、彼らは建前さえ示そうとしない。
まぁ、資本主義は既得権を持つものが得をする仕組みなので、背景に倫理がないと剥きだしの弱肉強食になるわけだし。ノーブレス・オブリージュって言葉も、職業倫理の価値が地に落ちたいまのこの国では意味を持たなくなっているしね。

弱肉強食。愚民は愚民のままが扱いやすくていい。サラ金に頼らざるを得ないくらいの生かさず殺さずにしておいて、パチンコにでも一喜一憂させておけばいい。バラエティでも、オカルト番組でも見せておけばいい。
たいした「美しい国」だ。

追記:
ここでも何度か名前を出させて頂いた大阪大学の菊池教授がNHKの「視点・論点」と云う番組で「まん延するニセ科学」と云うタイトルで出演していた。さっそく各所に反応が見られるところを見ると、それでもやはりテレビのリーチは凄いものだなぁ、とか思う。ちなみに菊池教授の高いタレント性を認知すればマスメディアも放っておかないだろうな、なんてことも思うけど本人がいやがるだろうな。
しかしテレビ出演時は髭剃るのね。


タグ:ニセ科学
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