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こちら極東 [音楽あれこれ]

一週間しか上映していないので、むりやりレイトショーでJOE STRUMMER:THE FUTURE IS UNWRITTENと云う映画を見に行った。日本題はLONDON CALLING。5年前(もう5年前になるのか!)に死んだジョー・ストラマーの伝記映画だ。

ぼく(たち)にとって、クラッシュと云うのは好きとか嫌いとか云う云い方にもともとあまり馴染まないバンドだ。それはロール・モデルであり、ひとつの典型であって、ぼく(たち)はそこから何を学ぶか、だけを考えていたような気がする。
ジョーが何をうたうか、ミックのギターがどんな音を出すか。そこにあるのはひとつのスタイル。そして、ぼくは彼らから学んだことがもうひとつある。
スマートに見えなくても、愚直に見えても、誠実であることには意味があること。

でも、ギター小僧だったぼくがジョーを好きだったかと云うと微妙で。ミックのロックンローラー(と云うよりはまさに「ミュージシャン」)らしい佇まいや、ポールの映画俳優みたいなルックスに比べると、ジョーはどうしても泥臭く見えた。暑苦しいハンサムな顔、がらがら声、力のこもったギターの弾き方。でももちろん、ジョーがいなければクラッシュはクラッシュじゃない。ファンへの、そして彼らの音楽を聴く可能性のあるすべてのひとたちへの、陰日向のないまっすぐな誠実さ。

こちらロンドン 彼方の街、どうぞ 戦線布告されたみたいだ 戦闘開始だ
こちらロンドン 地下世界、どうぞ ボーイズにガールズ、食器棚から出てこいよ
こちらロンドン おれたちに頼るな いかさまのビートルマニアどもはぶちのめされた
こちらロンドン おれたちはぶれたりしない 警棒の音でも鳴らない限りは
London Calling(Strummer/Jones)


もちろんそれからぼくたちは大人になって、夢なんか見ていられなくなって。ぼくは世代的には例えばアズテック・カメラのロディ・フレイムの方が近い。だから、実感も近い。

きみの部屋の壁に貼ってあったストラマーの顔写真が剥がれ落ちた
貼ってあった場所にはなんにも残ってない
ぼくらがそこに見いだした甘さ、そして苦さ それを一気に飲み干して
冬に向かって歩き出そう ぼくも行くから
冷気がきみを目覚めさせてくれる ハイに、ドライに きみは不思議がるけれど
Walk Out to Winter(Frame)

でも、どうしてもそんなジョーの姿を見る必要が、いまのぼくにはあったのだ。ジョニー・ロットンのシニカルな知性でも、ポール・ウェラーの洗練された活きの良さでもなく。不器用で、押し付けがましくて、みっともなくて、人間臭い真摯な誠実さで、自分の声を世界に届けてみせたヒーローの姿を。

晩年のメスカロレスとのステージ。キャンプファイアで仲間と語り合う姿。自分のカリスマになんの恩恵も与えられなかった男のたった50年の人生の、その晩年を楽しそうに過ごす姿を映像で見て、ぼくはなんとなくしあわせな気分になったのだった。


タグ:映画 音楽
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